第6話 始まり(続き)

 事故られた場所に戻ってみると、いつの間にか人だかりが出来ているし、パトカーやら救急車までもいる。あれ、救急車? え? 倒れているのは、オレ? と思った途端、オレは自分が幽体離脱していたことに気が付いた。なんと、ぶつかって倒れた拍子に頭を強打していて、意識を失っていたのだ。なんてこったい。


 そりゃそーだよなー。何事もなく爺さんについて行けるから、変だとは思ったんだよ。痛くも痒くもなかったし、どうかすると、事故る前の状態より色んなものが鮮明な気がしたんだよ。ん、調子いいってか? はっ、理由が幽体離脱だったからぁ? っておい、マジですか? 正気を問うもなんも現実だし!


 春先にしては気温が高く薄着だった。冬のコートを着ていればフード付きだから、クッションになって頭を守っただろうに、全くツキのない。今日は大凶か? だけど、あれだけふらふらしていたら、身に着けていた服に関係なく受け身が取れたとも思えない。結果は同じか。はああ~どうよ。


 それにしても、幽体離脱って、ほおおー。こんな風に生身に近い感じなんだなあ。初体験にちょっとワクワクしないでもない。何よりも、ブラック残業で死にそうだったオレが、肉体的な疲労をあまり感じないのが、嬉しい。そうそう、骨まで疲労している感じだったからなあ。

『うわぁ、イヒヒッ、自分の身体を上から見るって変な感じだぞ』


「オレさん? お名前は?」

「オレさん? 今日は何日ですか」

 救急隊員から数分置きに同じ質問が繰り替えされるが、オレは意識を失ったままだから、当然答えはない。なるほど、 意識がなくても一応状態を確認するために何度も聞くのね。へええ、初めて知った。


 なんだかふわふわした感じが面白くて、オレは暫く救急車のなかで蘇生処置らしきことをされている自分を見ていた。いや、救急隊員さんマジで尊敬するわ。

『へー、ドラマで観たことある機械、実際に繋なげんだわ。って、他人事かっ』

 誰にも気づかれないことをいいことに、悠長に自分を観察していたオレだったが、救急車の運転士の大声を聞いて、慌てて体に戻ることにした。


「受け入れ可能な○○病院、後5分で着きます」

「了解! オレさん、もうすぐ病院ですよ~」

「オレさん、もう少しの辛抱ですよ~」

 折角治療してもらえるというのに、さすがに、このままでいたらどうなることやら分からないからな。うん、肉体に戻れないとかないわー。


 あ? れ? ところで、身体に戻るのってどうやるものなの? 出るのが無意識だったせいか、要領が全く分からない。身体の上から重なってみるか? それとも頭から入り込んでみるか? それとも手を繋いでみるか? あるいは……

 思いつく限り、肉体に戻れそうなことを試してみたが、戻れなかった。涙目……


 弾かれはしないが、身体に重なるだけで、体内に侵入していくような感覚がない。当然一体感が生まれるはずもなく。って、まずい……非常にまずい。救急救命室に運ばれて、更に処置されている間にもオレはあれこれ試してみた。けれど、戻ることは適わなかった。なんてこった……


「ご臨終です。〇時〇分確認しました」

 というお医者さんの厳かな声が耳に入ってくるまで、オレは何とかして元に戻ろうと試みた。無駄な努力だった。戻れたら、あんな会社、辞表を叩きつけてやると意気込んでいただけに…ああ、全くもって無念だ。


 待てよ、ということは、これは幽体離脱じゃねーな。言わずもがな、ホントに本物の幽霊ってことか? 仕事に未練が残ってるからか? あ、これが幽霊になった無念の理由? 案外恨み辛みってほどじゃないけど、どうなの? いや、十分恨み辛みのはずだけど……うーん

 オレは自分の遺体を前に首を傾げた。我ながら、絵面がシュールだあああああ



続く

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