第5話 始まり(続き)

 オレが見ている前で、爺さん配達員はスマホで少し遣り取りすると自転車に乗って別の方向に行ってしまった。他にも事故があったのか救急車やパトカーの音が鳴る中、オレとの接触事故が大事になることに怯えたように、関わらないのが一番とそそくさ逃げ出したのかもしれない。あるいは別のルートからちゃんと店に戻るつもりだろうか? やっぱ、逃げ出したとみた。


 その場に残ってぼんやりしていると、扉を再び開けて顔を出したオニイチャンが、大声で叫んだ。

「ああっ、くそっ、ジジイ、逃げやがった! 説明も謝罪もなしかよ! こらあ、本社に告げ口すっぞ!」


 オニイチャンは、怒りながらスマホを開くと増々怒りが爆発した。

「あ、しかも、勝手に注文を取り消してやがる。買い置きがない状態で仕事中だから頼んだのに! 夜飯抜きになるじゃねーか。畜生っ、どうせ捨てんならぐちゃぐちゃでいいから、寄越しやがれ。腹へってんのに、食べるもん、なんもねーじゃんんん」


 そもそもなんで注文を取り消すだけの対応をいきなりしたのだろう。なぜ客に選択権はないのだろう。疑問が残る。それよりヒドクない? オニイチャンを見ている限り結論の出し方が一方的だ。せめて、注文取り消すのか食品をどうするのか相談するぐらいしろよ。空腹を抱えて自失するオニイチャンがあまりにも哀れだ。


 転んだ責任で費用負担を配達員がしなくてはいけないとかはありそうだが、取り消してもそれは同じじゃねえのか? それとも、そうすると、受け取った上で取り消せと命じる鬼畜な客がいるから、もめないための措置とか? 詳しいことはよく分からないが、夜の静寂(しじま)に消えていくオニイチャンの空腹の音と哀愁を帯びた小さな叫びを、気の毒な境遇だなあと見ていた。


 それにしても、〇ーバーの爺さんてば、オレのことも荷物のこともあれもこれも中途半端に放置プレイだ。あの様子では、ちゃんとした社会人として世の中を渡っていけるようには見えない。白髪頭で爺さんだと思ったけれど、ああ見えて案外若いのかもしれない。それなら、世渡りが下手で配達員になったのかもなあ。爺さん、この失敗で辞めちゃうかもなあ。はああ、何とも世知辛い。


 そんな風に、とんでもない奴だと思う反面、爺さんを気の毒に思う気持ちも湧いていた。厳しい現実だ。少ないサービス料をもらおうと焦ったのに、あの状態だとお代は奴持ちに違いない。哀れだな……せめて、オレくらいは責めずにおいてやるかと、溜息をついた。はああああっ


 そこでふと気が付いた。呑気に他人を憐れんでいる場合か? オレだってさっさと明日に備えないといけない哀れな身だ。ぼんやりしても大丈夫なほど夜は長くない。早く帰宅しよう。オレの家は同じマンションの一階だから、目と鼻の先だ。自宅の前で鍵を出そうとして思い出した。そういえばビジネスバッグをぶつかったあの場に置きっぱなしにして来た。


 オレは、溜息をつきつつ事故に遭った辺りに戻った。



続く

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