第4話 始まり(続き)
こういう経緯で、残ったオレ達は、早出残業は当たり前、昼飯すらながらで喰らい、という社畜に成り下がっていた。ブラック部署と蔭では揶揄されていたらしいが、それだけだ。助け舟を出す者は皆無だった。
もしかすると、以前のオレの振る舞いが原因で手助けしようと思って貰えなかったのかもしれないが、それだけじゃないだろう。今更ご丁寧に解説するまでもない。〈触らぬ神に祟りなし〉は日本人の基本姿勢だからだ。想像はつく。うっかり口出しして、ヤツが自分の部署に回されでもしたら目も当てられないからな。
こんな生活を続けていれば真っ当な思考力なぞ日々奪われていく。その夜も、ほぼほぼ着替えのためだけに自宅に帰ろうと終電に乗った。風呂に入って仮眠をとって着替えたら、始発に乗って出社だ。ただルーティンを
オレの家は、二子玉川の駅から程近いマンションにあった。大通りを一歩入ってしまえば、家に向かう道の路幅は狭く、意外に人が安全に歩く仕様で開かれた道が少ない場所だ。数十年前まで都会の田舎だったらしいから、その名残だろうか。
ともかく、歩いて帰る途中にある多摩川を超える二四六号線の橋に、人も渡れるように歩道から繋がっている坂がある。割に急な坂だし、人より自転車の往来が多い。以前のオレなら、用心して向かいの歩道の方を歩いただろうが、そちら側に移動する気力が湧かず、ほんの僅かな距離を惜しんで坂下の歩道を選んだ。そのくらい疲れ切っていた。
不運な偶然というのはどんな時にでもあるものだ。オレは、暗い坂の上から、あまり音もたてずに猛スピードで降りて来た自転車に、少しも気付かなかった。無灯火だったからかもしれないが、周囲に払う注意力が残っていなかった。
当然、自転車とオレは坂下で交錯した。つまり事故が起きた。
事故の瞬間のことはあまり覚えていなかったが、直後、自転車に乗ったおじさんがブツブツ言いながら、自転車を立てたのには、なぜか気が付いた。
『おい、オレを放置するな! 怪我してんだぞ。こらっ』
「すみませんすみません、届けたらすぐ戻ります。直ぐ届けないとサービス料がもらえませんから」
初老にみえる爺さんが、何度も頭を下げて、走り去ろうとするのに、オレは付いて行った。背負っている大型の黒いリュックから、最近多い○ーバーイーツの配達員と分かった。こんな夜中に配達とは気の毒な爺さんだなあ。サービス料欲しさに、〈救護義務違反〉という人倫に
『お、なんだ、オレのマンションじゃん。他の住人は顔を合わせたことがないから、知らんけど』
オレの話を無視して、配達員の爺さんは自転車から降りた。自分も足に怪我を負っていたらしく、びっこを引き引き階段で二階に上がると呼び鈴を押した。
「はーい。やっと来たよ。待ってたよ~」
「〇ーバーです。お届けに上がりました……今出します。ああっ、転んだからぐちゃぐちゃだ」
「えーっ!」
「ちょっとお待ちください。本社に対処法を聞いてみます」
「もう待てないから、それでいいよ、そのまま、あ、おいっ」
爺さんは、相手の言葉も聞かずに強引に扉を押し閉めると、焦ったようにスマホを取り出した。
続く
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