第3話 始まり(続き)
すまんね、暗い話が続くけどさ、オレがなんでこんな風になってしまったのか知って欲しいんだよね。で、どこまで話したっけ? そうそう、ブラック上司の怒りの矛先についてだったな。うん、そんなことで、アイツは概ねオレに怒りを向けることで溜飲を下げているようだった。
部内で二番手の立ち位置なのだから仕方ないが、たとえ怒鳴られているのがオレだけであっても、他のメンバーに悪影響がないわけもなかった。冷静に考えれば、皆の前で怒鳴りつけるという行為がもたらすことに思いが至らないなんて、上長として経験不足としか思えないが、当時のオレはやり過ごすことで精一杯だった。
そして、衆人環視の中での罵詈雑言に、誰もが、次第に意見を出すことを懼れて尻込みするようになった。誰も好んで矢面に立ちたいはずもなかった。オレがいなければ、別の部下が罵声を浴びた。やがて、部下同士での意思疎通や擦り合わせもしなくなっていった。同時に業績も右下がりに落ちて行った。
当然の帰結であろうな。
オレより若い連中は、アイツを見限ってさっさと辞めていった。だけど、オレや既婚の古参の数人はまだ企業名に執着していた。既婚者や家を買った者はともかくも、オレは、未婚で背負うモノも少ないのだから、さっさと決断すればよかったのにな。それまでの苦労が惜しかったんだ。暫く我慢すればその地位に上がるのはオレのはずだからという期待を捨て切れなかった。
だけど、いつの間にかそういう野望は霧散していたし、アイツの怒りの矛先は、元々仕切って順調に部を回していたオレに、完全に集中した。そらそーだ、上からは業績不振と優秀な若手が辞めていったことを責められた上、人員不足から仕事量が激増していて、お世辞にも仕事が上手く回っているとは言えなかったのだから。
「遅い。〇日までに上げろと言ったはずだ」
「他部署への連絡を忘れている。ありえない」
「先方に会合の変更した日付を確認してないのかよ。幼児でも出来るわ」
「業績が下がるのはオマエのせいだ」
初期の人格を否定するような罵声にプラスして、仕事の出来不出来や、自分が忘れたことの八つ当たりまで、オレにぶつけるようになった。怒鳴られている状態に慣れ過ぎて馬耳東風で何の効果もなくなっていたし、そもそも何度も中断する仕事に、やる気は摩耗していった。
しかも、無言で過ごす日などありもせず、どんどん非人間的な発言はエスカレートしていった。
「納期が守れないなら死んじまえ」
「言われたことも出来ないなら生きてる価値がねえ」
……これほどやる気を削ぐ言葉もないかもしれない。
けれど、人間は、心の平穏なしには生きていけない。暴力は振るわれなくとも、言葉による虐待はやがて人の心を疲弊させてしまう。対処方法は、逃げるか隠れるか、あるいは撃退するか。多分色々あるんだろうが、その時のオレは、既に抵抗できないくらい病んでいた。
ゆえに、心を閉ざし無感覚になることを選んだ。我慢は何も生まないと分かっていたにも関わらず。オレは、生きているのだか死んでいるのだか分からない状態で、毎日を過ごしていた。否、やり過ごしていた。アイツの上長に訴えるとか、ハラスメント委員会を頼るとか、なぜか考えつきもしなかった。
今考えると、一種の洗脳状態だったんだろうな……
人員不足でも、部署への仕事の配分は変わらない。本来、上司として上に交渉していれば量を減らすことも可能だろうに、プライドだけは人一倍のアイツは、この体制のままでどうにかして押し切ろうとした。何しろ、過去にオレがちゃんと回していた実績があるのだから、オレに対する敵対心もマイナスに働いていたのだろう。
続く
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