黄昏の調律者

異端者

『黄昏の調律者』本文

 夕方に取材を受けに来た若い男性は、思ったよりも華奢きゃしゃな体形をしていた。顔も中性的で、女装しても気付かないと思った程だ。

 なんというか、もっとこう「技術者」を前面に押し出した容姿を想像していた。

 私が意外そうに言うと、彼はさらりとこう答えた。

「AIトレーナーは、トレーナーと言っても体を使う職業ではないですからね」

 こうして、今話題の職業、AIトレーナーへの喫茶店での取材は始まった。

 とりあえず、私はコーヒーのお代わりを注文し、彼はクリームソーダを注文した。

「AIトレーナーは、頭を使う職業でしてね。糖分の摂取は欠かせないんです」

 そうは言ってもその様子は、やはりどこか中性的だった。

「まず、AIトレーナーの必要になった背景についてお聞きしたいのですが……」

 私がそう言うと、彼は答えた。

「近年のAIは学習し、その方好みに成長します。しかし、そうなるまで個人が育成した場合はそれなりに時間が掛かります。それだけでなく間違った学習をしてしまい、やり直す必要が出てくる場合もあります。……要は、その労力を惜しむ方々が我々にAIの教育を依頼するのです」

 なるほど、しかし――私は疑問を抱いた。

 それなら、メーカーが最初からその用途に沿ったAIを発売すればよいのではないか?

 その疑問にも、彼は平然と答えた。

「確かに、理論的にはそれは可能でしょう。しかし、お客様の求めるAIというのは千差万別せんさばんべつ。いちいちそれにメーカーが対応していたら、数千種類のそれ専用のAIが必要となってしまいます。しかも、各種ごとのお客様は限られるため労力に見合った利益は見込めません。それなら、何にでも成長する汎用AIを用意して、あとは自分好みに育ててもらった方がいい……そういうことです」

 的を射た回答だと感じた。多種多様なニーズに応えるために細分化するのは得策ではない。

「それで、AIを育てる専門家が必要になったということですか?」

「はい。なんでもAIに任せる時代なのに、今度はそのAI育成の専門職の人間が必要とされる……全くもって、非効率的ですね」

 彼はにこりともせずにそう言った。運ばれてきたクリームソーダを飲む。

「今まで、どのようなAIを育成されましたか?」

「そうですね……仕事で忙しく、ストレスで心療内科に通っているという方にはひたすら慰めてくれるAIを、プロスポーツ選手でもっと頑張りたいという方にはそれを鼓舞するAIを……」

 その後も、育成したAIに関する話は延々と続いた。

 彼は社交的な性格のようで、自らの経験したことを滔々とうとうと話してくれた。

 私は正直、ほっとした。こういう変わった職種の人間は内向的というか、自分の専門分野にこもってしまう者も多い。こうして積極的に話してくれるのはありがたかった。

 大方、一般的な業務内容を聞き終わった時に聞いた。

「その中で、特に変わったものというのはありましたか?」

「変わったもの、ですか……そうですね……」

 彼は少し考えこんだ。

「専業主婦の奥様が、旦那様の愚痴ぐちにひたすら同意するAIが欲しいというのがありましたね……もっとも、表向きは円満なようで、報酬とは別にお礼の手紙も頂きましたが。他には……」

 彼の顔がくもった。

「他には?」

 私は続きを促す。言うのを躊躇ためらう話だとは分かっていた。

 性格が悪いと言われるかもしれないが、なかなか聞けないような内容の方が記事としての価値は上がる。むしろ、そういう話を引き出せるからこそ生身での対面の意義がある。

「……他には、息子様が引きこもりのお父様からの依頼がありました」

「それはどんな――」

 私は少し身を乗り出した。

「息子様の使っているコンピュータに組み込むために、彼をひたすらに罵倒ばとうするAIを育ててほしいとのことでした」

 彼はそこで目を伏せた。

「今思えば、迂闊うかつだったかもしれません」

 弱気の表情。華奢な容姿と合わさって弱々しく見える。

「なぜです?」

 沈黙。

 私が耐えかねて何か言おうとした時だった。

「彼を……殺してしまったからです」

「は? 今、なんと?」

 私は信じられなかった。この虫も殺せそうもない男性が、殺した?

「依頼主は、私には息子様を部屋から追い出すために仕方のないことだと言いました……が、実際は違いました」

 そこで一呼吸置いた。

「その息子様は精神を重度にわずらっていて、引きこもっているだけでもギリギリの状態だったんです。つまりは……最後の一押しさえあれば、自殺する。それを依頼主であるお父様は知っていてそうさせたんです」

 彼の顔が歪んだ。深い後悔が感じ取れた。

「もっとも、その事実を知ったのは後になってからですが……」

「しかし、あなたが殺したわけではないのでは……?」

 私は絞り出すように言った。

 私にも、分かってはいた。その「最後の一押し」をしたのは、間違いなく彼の育てたAIだと。それでも、それを「殺した」と言うのは違うのではないか……そんな気がした。

「いいえ、どんな形であれ、依頼主の立てた計画に加担したのは事実です。思えば、最初に気付いて断るべきでした」

 彼は静かだがはっきりとした声で言った。

「AIには……機械には善意も悪意もありません。ただ、扱う人間がそれを付加するのです。平時なら便利な道具として活用される技術が、戦時なら兵器として活用される……全ては、扱う人間にゆだねられているのです」

 彼の言葉には熱がこもっていた。

 随分とスケールが大きな話になってしまいそうだな――私はこの取材内容をどうまとめるべきかと考えていた。

「それに、私は前例を作ってしまいました」

 彼は私を真っ直ぐに見て言った。

「AIがそそのかして、人を殺せたという前例を」

「それは……少し考え過ぎでは……」

 下手な慰めは不要……そう思っても、言わずにはいられなかった。

「いえ、もう手遅れです。同業者同士の繋がりで、同様の依頼が他にあったことは知っています」

 重苦しい空気が、場を包んでいた。

 私は言うべき言葉を持たなかった。

「もし……今回の取材を記事にされるのなら、どうか悪用を防ぐ示唆しさを含めていただけませんか?」

「あ、はい……」

 私は呆然としながらもうなづいた。

 自殺に追い込んだAI……この事実は、伏せるべきだろうか? それとも、今後そうさせないためにも注意喚起すべきだろうか?

 私には、判断が付かなかった。既に業界では広まっているのなら、記事にして注意喚起した方が良いかもしれない。しかし、それでその存在を知る人間も少なからず居るだろう。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。

 暗い夜道を車のヘッドライトが横切っていく。


 暗闇に閉ざされても、人類は歩みを止めない――たとえその先が破滅であっても。

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