第2話 妖怪の森に行きました。
翌日もぼくは、いつものように学校にいく。
昨日のことは、先輩とぼくだけの秘密だ。空飛ぶ絨毯に乗って、空を飛んだこと。
親にもクラスの友だちにも言えない。言ったところで、信じてはくれないだろうけど……
ぼくは、教室の自分の机に着くと、窓から外をぼんやり見ていた。
まだ、朝の8時過ぎだ。外は、朝日が眩しい。昨日見た景色とは、まるで違う。
空飛ぶ絨毯に乗って、ぼくは、先輩にしがみつくことしか出来なかった。
それは、当たり前だろう。生まれて初めて空を飛んだのだ。しかも、飛行機ではなく、空飛ぶ絨毯である。
落ちたら確実に死ぬ。風を顔に受けて、髪をなびかせた。
先輩は、そんなぼくに言ったことを思い出す。
『見てみろ。このきれいな夕日を』。髪を掻き分けながら指を刺した先には、オレンジ色の夕日が見えた。
きれいだった。美しかった。こんなにまともに、しかも、こんな近くで見たのは、初めてだった。
ぼくは、空を飛んでいることも忘れて、沈んでいくオレンジ色の夕日をただ見詰め続けていた。
『この世界にきて、こんなにきれいなものは見たことがない。あたしは、この夕日の色が好きだ』
夕日の色を浴びて、オレンジ色に輝く先輩の顔を見ながら、ぼくもそう思った。
あの時の先輩の顔は、とてもきれいだった。輝いて見えた。その後、何事もなかったように屋上に戻ってきたぼくは、かなり感情的になっていたらしい。
『きれいなものを見せてくれて、ありがとうございました』と、素直にお礼を言って、頭を下げた。
先輩は、そんなぼくを見て、満足そうに笑いながら、ぼくの手を握り『これは、あたしとお前だけの秘密だぞ』と言った。ぼくは、何度も頷いた。もちろん、約束は守る。その後、ウチに帰っても、そのことばかり考えていた。
きれいな夕日。オレンジ色に輝く先輩の横顔。握られた暖かい手の感触。
すべてがウソのようで、ホントのことだ。
明日も放課後になれば、先輩に会えることを楽しみに、その日は就寝した。
そして、今日もこれから授業が始まる。早く放課後にならないかと、そればかり考えていた。
一時間目の授業が始まった。英語である。ぼくは、英語が好きだった。将来は、英会話も勉強して世界旅行に行きたい。
そんなことも考えていた。ぼくは、先生の黒板の板書を見ながら、ノートに写していた。
そのときだった。いきなり、教室のドアが勢いよく開けられた。
ビックリした生徒たちはもちろん、先生も開けられたドアを見詰めた。
「千葉ーっ!」
「せ、先輩!」
そこにいたのは、先輩だった。どうして、この教室に? ここは、一年生の教室で、今は授業中だ。
先輩だって、授業中のはずだ。しかも、二年生の先輩が、一年生の教室に来るなんて、あり得ない。
「おい、行くぞ」
思わず、立ち上がったぼくに先輩が叫んだ。
突然の乱入者に、クラスの生徒たちもなにが起きたのかわからないという顔をしている。
しかも、学校でも有名な美人の女子生徒だ。誰も止める人はいない。
そして、ズンズンとぼくに向かって歩いてくる。机と机の脇をすり抜けるように歩いてぼくの前に立つと、両手を腰に当ててこういった。
「行くぞ、ついてこい」
「ついて来いって、今は、授業中ですよ」
「何をいってる。これから、魔法部の活動時間だ」
そう言うと、ぼくの手を掴むと、強引に連行していく。
「ちょっと、ちょっと、待ってください、先輩」
ぼくが抵抗しても、そんなのまったく構わない。
そして、教卓で呆然としている先生の前に来ると、先輩は言った。
「すみません、先生。千葉を借ります」
そう言って、ぼくを引き連れて教室を出て行ったのだ。
そんなぼくを唖然として見送る先生の顔は、何が起きたのかわからないという表情だった。
廊下に連れ出されたところで、やっと手を離してくれた先輩は、ぼくに向き直ってこういった。
「今から、行くぞ」
当たり前のように言った。しかも、爽やかな笑顔で……
「いいですか、先輩。今は、授業中ですよ。いくら、部活動と言っても、放課後まで待ったほうがいいですよ」
「何をいってんだ。今日、これから行くのは、ちょっと遠いんだ。夜までに帰ってくるには、今から行かないと帰ってこれないだろ」
「だけど、そんなことしていいんですか? 先生に怒られますよ」
「お前、あたしを誰だと思ってんだ? 昨日、言ったことを忘れたのか?」
「忘れちゃいませんよ。お姫様でしょ。魔法使いの魔女でしょ」
「バカ! 声が大きい」
そう言うと、先輩は、ぼくの唇に人差し指をチョンと付けた。
「・・・」
何をいきなりと思って、後ずさりして文句のひとつも言おうとしたが、声が出ない。
何したの? まさか、魔法を使ったのか…… ぼくの口を封じたのか、それとも声を奪ったのか?
ぼくは、口パクで抗議しながら指で口元をさした。
そんな慌てるぼくを見て、先輩は、クスクス笑っている。イヤイヤ、笑っている場合じゃない。
必死で抗議するぼくなど相手にせず、屋上に向かって階段を登っていく。
ぼくは、慌てて後を追いながら、先輩に大声で叫び続ける。でも、声は出ない。
屋上について、いつもの魔法部の部室に入ったところで、先輩は、ぼくの唇に触った。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・ 先輩、何するんですか。あっ、声が出る」
「お前の声が大きいから、消したんだ」
ぼくは、やっと声が出るようになって、先輩に改めて抗議する。
「何てことするんですか。ホントに声が出なくなったら、どうするんですか」
「そんなわけあるか。あたしの魔法は、そんなことしないから安心しろ」
そう言って、にこやかにぼくの肩をポンポン叩く。
ぼくの気も知らないで、先輩は、ホントに恐ろしい。
「さて、それじゃ、行くか」
「行くって、どこに行くんですか?」
「今日は、妖怪の森に行く」
ぼくは、一瞬にして、頭が真っ白になった。
「今、なんて言ったんですか?」
「お前は、耳があるのか? 妖怪の森に行くって言ったんだ」
先輩は、そう言いながら、またしても、ロッカーから昨日の空飛ぶ絨毯を呼び出した。
「あの、先輩、妖怪の森って何ですか?」
恐る恐る聞くと、先輩は、早くも絨毯の上に乗ると、ぼくを手招きしながら言った。
「妖怪が住んでる森だよ。それより、さっさと乗れ」
また、それに乗るのか…… ぼくは、覚悟を決めて絨毯に乗った。
そして、昨日のように、先輩の後ろにピッタリ付くと、腰に手を回した。
「先輩、失礼します」
「まったく、いつになったら、一人で乗れるようになるんだ」
先輩は、女子だから、後ろから抱きつくなんて、ホントはやってはいけない。
だけど、しがみついていないと、振り落とされるので仕方がない。
「それじゃ、出発」
そう言うと、昨日と同じく、不思議な呪文を口走ると、扉が開いて、そのまま青空に飛び出した。
「先輩、もう少し、ゆっくりお願いします」
ぼくは、しがみ付きながら耳元で叫ぶ。
「だから、しゃべると、舌を噛むぞ。静かにしてろ」
一気に上空まで上がったところで、やっと速度が落ちてきた。
先輩の髪が風になびいて揺れているのが確認できた。
「お前は、妖怪って信じてるか?」
「信じてません。だって、妖怪って、架空の生き物でしょ」
「人間は、そういうな。だけど、ホントはいるんだよ」
「まさか……」
「だから、それを見せてやる」
「それが、魔法部となにが関係あるんですか?」
「当たり前だろ。お前みたいな普通の人間に妖怪が見えるわけがないだろ。それが出来るのは、あたしが魔女だからよ」
魔女って、そんな力もあるのかと、感心してしまう。
「ところで、どこにあるんですか?」
「もうすぐだ」
やっと落ち着いたぼくは、下を見る余裕も少しは出てきた。
下を見ると、高層マンションやビル郡が見える。下を走る電車や車もおもちゃのように小さい。
歩いている人たちなど、蟻のようだ。そんな都会も、すぐに過ぎて、次第に緑の森が見えてきた。
景色が一変して、田舎の森林地帯が見えてきた。学校から出てきて、まだ、30分も飛んでないのに、こんなに遠くまで来るなんて、この絨毯は、ドンだけ早いんだ??
「ほら、アソコが見えるか?」
先輩が指を刺す方向を見ると、靄がかかった高い木に囲まれた緑の山だった。
霧で霞んでいるのか、天気はいいのに、よく見えない。
その中をぼくたちを乗せた絨毯が突っ込んでいった。
「何も見えませんよ」
「心配するな」
先輩は、そう言うと、空飛ぶ絨毯は、次第に速度を落として、着陸態勢に入った。
「着いたぞ、降りろ」
ぼくは、先輩に言われて、絨毯から降りて地面に足をつけた。
周りを見渡しても、緑の巨木に囲まれているだけで、日の光も届かない薄暗い場所だった。先輩は、空飛ぶ絨毯を丸めると、そこの木に立てかけた。
「ちょっと、歩くぞ」
「あの、絨毯をどうするんですか? そんなところに置いといたら、盗まれますよ」
「誰が盗むって言うんだ? こんなとこに入ってくる奴なんていないから心配するな」
「でも……」
「大丈夫。あの絨毯は、あたし意外には、使えないから、誰も取っていかない」
そう言って、草木を掻き分けて、先輩は歩いていく。
ぼくは、置いていかれないように、ついていくしかなかった。
こんなところで迷子になったら、遭難するに決まってる。最悪は、生きて帰れない。
今は、先輩だけが頼りなのだ。
「しっかりついてこい。迷子になったら死ぬぞ」
可愛い顔して、恐ろしいことを平気で言わないでほしい。
ぼくは、先輩に追いつくと、制服の裾をつかんだ。
「待ってくださいよ」
「まったく、お前は、体力がなさ過ぎる。しっかりしろ」
そう言って、ぼくの手を握ってくれた。柔らかくて、暖かいその手のぬくもりなど感じてる余裕はない。離されないように、必死に握ることしかできなかった。
「ほら、着いたぞ」
やっと着いたのか。ぼくは、息を切らして前を見ると、そこは、ポッカリ平地のような空き地だった。
汗だくなぼくに対して、先輩は、息も切らしてなければ、汗一つかいていない。
「見てみろ」
先輩の言われてみると、そこは、池のような沼のような、大きな水溜りがあった。
「なんですか、これは?」
「妖怪の森の入り口だ」
信じられないことをあっさり言った。
「お~い、出てこい」
先輩が、池のような沼のような湿地帯に叫んだ。
「土産もあるぞ」
すると、先輩の声が聞こえたのか、池のような沼のような水の中からなにかが出てきた。
白い丸いものが浮いてきた。次第に大きく浮いてくる。それも、一つや二つだけではない。いくつも白いものが見えた。そして、いきなり、水から顔を出した。
「誰かと思ったら、魔女か」
「あたしで悪かったな。それじゃ、これは、やらんぞ」
そう言って、スカートのポケットから、キュウリをいくつも出して見せた。
「ケケケ、そりゃ、悪かった」
そう言うと、池から上がってきた緑色の生き物は、先輩からキュウリをもらってうれしそうに齧り始めた。
「せ、せ、先輩、これは、なんなんですか?」
「見りゃ、わかるだろ。河童だ」
「か、か、か、河童……」
ぼくは、目の前にいる、緑色の謎の生き物を見下ろしていた。
頭に白いお皿を乗せて、全身が緑色の生き物。黄色にくちばし。全身を覆う、黒い斑点。下半身は腰蓑を巻いている。
背中には大きな甲羅を背負った生き物。まさしく、河童そのものだった。
「ほ、本物ですか?」
「当たり前だろ。あたしが、魔法で出したとでも思ったのか?」
ぼくは、首を横に振った。それより、河童が食べているそのキュウリは、どこから出したんだ?
いくらなんでも、スカートのポケットに、そんなに何本もキュウリが入るわけがない。まるで手品かマジックのように、いくつもキュウリを取り出すと、池から上がってきた河童たちにキュウリを渡していく。水かきの付いた手で、受け取った河童たちは、おいしそうにキュウリを食べていた。
パッと見、全部で、8匹いる河童たちは、先輩を取り囲んで笑いながら見上げていた。
「ところで、こいつは誰なんだ?」
「あたしの子分だ。よろしく頼む」
「魔女の子分て、人間の男かよ」
「まぁ、そういうな」
先輩は、そう言って、河童の頭を撫でる。
「妖怪の森に連れて行って欲しいんだ」
「こいつもいっしょにか?」
「いいじゃないか」
「しょうがないな。魔女には、世話になったしな。まぁ、ついてこい」
そう言うと、河童たちは、キュウリを食べ終えると、再び、沼の中に飛び込んでいった。
「それじゃ、行くぞ」
「待ってください。行くって、どうやって?」
「この中に入るんだよ」
「ダメですって。水着とか持ってきてないですよ。まさか、服を脱いで裸ってわけじゃないですよね」
ぼくが慌てて止めに入ると、先輩は、困ったような顔をして、顎に手を当てる。
「まったく、人間てのは、面倒だな。それじゃ、ちょっと目を閉じてろ」
「な、何をするんですか?」
「お前に魔法をかけるんだよ」
「魔法って……」
「いいから、目を瞑ってろ。すぐにすむ」
ぼくは、言われた通りにギュッと目を瞑った。いったい、自分の身に何が起きるのか、不安で一杯だった。
すると、いきなり背中を押されて、ぼくは、沼の中に落っこちた。
パニックになったぼくは、目を開けて、必死でもがいた。溺れる。このままだと溺死する。
と思ったとき、先輩が肩を叩いた。
「潜るぞ。付いてこい」
ウソッ! ぼくは、溺れてない。息もできる。先輩の声も聞こえる。服も濡れてない。どうして……
先輩に手を引かれて、足をバタつかせながらどんどん沼の底に沈んで行った。
「先輩~っ!」
情けないことに、先輩がいないと、何ひとつ出来ない自分がいた。
どこまで潜るのか、だんだん暗くなっていった目の前が、今度は、明るくなってきた。
そして、水面が近くなってきた。先輩が顔を出すと、ぼくも顔を水面から出した。
水辺に上がった先輩に手を引かれて、ぼくも丘に上がった。
「どうだ、ここが、妖怪の森だ」
そこは、まさしく、妖怪の森といっていい場所だった。
緑豊かな森林地帯。流れるきれいな川。点在する小さな家々。そして、そこを歩き回っている妖怪たち。ぼくは、唖然として、口が開いたまま固まっていた。
それに、今ごろ気が付いたけど、水に入ったのに服が濡れてない。
「あの、先輩、服が濡れてないのは、魔法のおかげですか?」
「決まってるだろ。何を今ごろ言ってんだ」
先輩は、あっさりそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
「あぁ~、待ってください」
ぼくは、慌てて後を追った。やっと追いついても、先輩について歩くのは大変だった。
それに何より、見るものすべてが珍しくて、初めておもちゃ売り場に行った子供のように落ち着かない。すると、先輩は、突然足を止めて振り向いた。
「あんまりキョロキョロするな。みっともない」
「でも、なんか、信じられなくて、目移りして・・・」
「しょうがないわね。それじゃ、あたしは、先に行ってるから、お前は、後から来い」
「そんな、一人にしないでくださいよ」
「大丈夫だよ。妖怪たちは、お前に悪さなんかしないから。この先をずっと行くと、
でかくて大きな木が見えるから、そこに掘っ立て小屋があるから、そこで待ってるから、ゆっくり来い」
そう言って、先輩は、また歩いて行ってしまった。
ぼくは、一人で取り残されてしまった。心細いが、物珍しさのが勝ったので、
周りの景色を見ながらゆっくり歩き始めた。
「お前、人間だろ」
「うん」
「珍しいな、ここに人間が来るなんて」
そう言って、話しかけてきたのは、一本足のカカシだった。
呼ばれて返事はしたものの、改めて見て、ぼくはビックリして後退った。
「あ、あの、あなたは・・・」
「おいらは、呼子。案山子の妖怪だよ」
見れば、まんま案山子だ。一本足で、着物を着て、両手は左右に横に伸ばしたままで、頭に藁の傘を被って、大きな目と口から飛び出た白い歯が特徴的だ。
「お前、あの魔女の知り合いか?」
「そ、そうだよ」
「ふぅ~ン、気を付けろよ。あの魔女と付き合うのは大変だぞ」
そう言って、一本足でピョンピョン飛びながら言ってしまった。
「なんだったんだ、今の・・・」
ぼくは、唖然としていると、今度は、流れる川から水が飛び跳ねた。
見ると、きれいな透き通る川に魚が泳いでいた。
コイやフナが泳いでいるのが見えた。その中に、一際大きな金魚が泳いでいるのが目に入った。
その金魚が飛び跳ねると、自ら飛び出して、ぼくの目の前まで泳いできた。
「おい、人間。気を付けなよ。お前は、水に落ちるぞ」
「ハァ?」
「あたいは、人魚のアマビエ。あたいのヒラメキは当たるんだからね」
そう言って、人差し指をぼくの前に付き出した。
見れば、ピンク色の尾ひれが可愛くてきれいだ。薄い緑色の鱗がついている上半身は、人間みたいで確かに小さな人魚に見える。でも、水から出ていいのか?
「あの、人魚さんも妖怪なんですか?」
「当り前でしょ。あたいをなんだと思ってるのよ。とにかく、水に気を付けるのよ」
そう言うと、また、川の中に入って泳いで行ってしまった。
ぼくは、人魚の言ったことを思い出しながら、川から離れて道を歩き始めた。
しかし、歩き始めると、またしても声がかかった。
「そこの兄ちゃん、寄っていかんか?」
呼ばれて振り向くと、お店らしい店先の縁側で、お酒を飲んでいるおじいさんがいた。
腹掛け一枚だけを身につけた、赤ん坊らしいが、どう見てもハゲたおじいさんだ。
「一杯やらんか」
そう言って、徳利をぼくに差し向けた。
「イヤ、ぼくは、まだ、未成年だから、お酒は・・・」
「堅いこと言うな。この酒は、うまいぞ」
そう言って、お酒を進めてくる。ぼくは、遠慮しながら後退ると、店の中から今度は、白髪のおばあさんが出てきた。
「こらぁ、このクソじじい。子供に酒をなんか飲ますんじゃない」
そう言って、ツルツル頭をパチンと叩いた。
「すまんな、少年。このじじいなんか、相手にしなくていいから」
「どうも、ありがとうございます」
ぼくは、助けてくれたおばあさんにお礼を言うと、今度は、着物を着たきれいなお姉さんが出てきた。
「どうしたの、おばば」
ビックリして、そのお姉さんを見ると、ぼくに気が付いたらしく、いきなり首を伸ばしてぼくの体に巻き付いてきた。
「あ、あ、あの・・・」
「あら、何を驚いてるの。私は、ろくろ首よ」
首に巻き付かれて、ぼくの顔の真ん前まで近寄ってそう言った。
「ろ、ろくろ首って、あの、もしかして妖怪さんですか?」
「そうよ。あなた、魔女のお友だち?」
「ハ、ハイ・・・」
「ふぅ~ン、人間の友だちなんて、初めてね」
「こら、子供になにを言っとるか」
またしてもおばあさんに助けてもらって、ぼくに巻き付いてきた首が元に戻る。
「お前さんは、あの、魔女っ娘の友だちなのか?」
「ハ、ハイ、そうです」
「だったら、こんなとこでうろうろしてないで、早く行かんか」
「ハ、ハイ」
ぼくは、言われて、急いで走り出した。
何が何だかわからない。いきなり妖怪に絡まれたり、怒られたり、訳がわからない。
早く先輩のところに行きたかった。
横町の道をぼくは、走り続けた。早く大きな木のあるところに行きたかった。
すると、ようやく目の前に巨大な木が見えてきた。
見上げるほどに大きな木だった。その枝に挟まれるように、小さなログハウスのようなものが見えた。
もしかして、アレのことか? ぼくは、ゆっくり近づいた。
だけど、どうやってアソコまで行くんだ? ぼくは、木登りなんてしたことがない。
ぼくは、木の下まで行くと、声をかけてみた。
「せんぱ~い!」
何度か呼ぶと、その小さな小屋の中から先輩が顔を出した。
「遅かったな。何してたんだ。早く来い」
小屋のドアというか、簾を捲って先輩がぼくを呼んだ。
しかし、どうやって行けばいいんだ?
「先輩、そこまでどうやって行くんですか?」
「そこの木の階段があるだろ」
見ると、確かに階段らしいものが見えた。
でも、それって、ただの丸太が交互に付いているだけで、手すりも何もない。
まさか、これを昇れというのか? そんなの無理に決まってる。
「早く昇って来い」
先輩は、手招きして早く来いと言っている。
こうなれば、覚悟を決めて登るしかない。ぼくは、落ちないように足元に注意しながら両手で丸太を掴みながらゆっくり昇って行く。
やっとの思いで小屋までたどり着くと、先輩が身を乗り出して、ぼくの手を掴んで中に入れてくれた。
「まったく、世話が焼けるな」
そんなことを言われても、ぼくは、なにからなにまで初めてのことなので、しょうがない。やっと中に入ると、そこは、四畳半くらいの狭い畳の部屋だった。
ぼくは、靴を履いていることに気が付いて、慌てて靴を脱いだ。
「あはは・・・、慌てなくてもいいのよ」
靴を脱いでそこに座ると、クスクス笑っている女の子がいた。
小学生くらいの可愛い女の子だった。白いシャツに赤いスカートを履いて、
おかっぱ頭に赤いリボンをしている少女だった。
「この子は、猫娘。あたしのお友だちよ」
先輩は、そう言って紹介してくれた。
「初めまして、ぼくは、千葉秀一です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
そう言って、ニコニコしている顔は、幼さが残っていて、とても可愛い。
「言っとくけど、猫ちゃんは、化け猫だから、怒らせると引っかかれるからね」
「えっ!」
ぼくは、ビックリしてその女の子を見た。どう見ても、普通の女の子にしか見えない。この子が、化け猫なんて、信じられない。
ぼくは、目を点にして、先輩を見ていることしかできなかった。
「お茶でも飲んでゆっくりして行って」
そう言って、その女の子は、お茶を出してくれた。
ぼくは、ここまで走ってきたので、実は、喉がカラカラだった。
「いただきます」
そう言って、一口飲んだ。それは、とてもおいしいお茶だった。
「おいしいお茶ですね」
「でしょ。それ、コウモリのオシッコだけどね」
「えっ!」
ぼくは、持っていた茶碗を落としそうになった。
そして、吐きそうになった。口を押えて顔を青くしていると。先輩と女の子は笑いだす。
「冗談よ。それは、ホントのお茶だから。猫ちゃんも、からかっちゃダメよ」
「ごめんね。そのお茶は、ここで取れた、ホントのお茶だから。でも、おいしかったでしょ」
そう言われて、ようやく落ち着くことができた。
大きく息を吐いて呼吸を整えていると、先輩が肩を叩いた。
「いいから、落ち着け」
「先輩、冗談も程々にしてください」
「わかった、わかった。悪かった」
やっと落ち着いて、小屋の中を見渡すと、そこには、何もない部屋だった。
テレビも家具も電化製品も何もないのだ。あるのは、畳まれたふとんとちゃぶ台に座布団だけだ。
「残念だけど、下駄履きくんが仕事で留守みたいなのよね。会わせたかったのに、惜しかったわ」
下駄履きくんて誰なのか、ぼくにはさっぱりわからない。
「そうなのよ。妖怪退治に行ってて、あたいは、留守番なの」
猫娘という女の子は、そう言って笑った。
女子二人に囲まれて、ぼくは、なんだか照れ臭くなる。何を話していいやらわからない。
「お~い、親父いるかぁ」
突然、簾を思い切り跳ね除けて、誰かがやってきた。
「なによ、なんか用?」
「猫娘には用はない。親父はいないのかって聞いてんの」
「見ればわかるでしょ。いないわよ。あたいは、留守番してるだけ」
「なんだよ。せっかく、いい話を持ってきたのに・・・ おや、そこにいるのは、魔女じゃないか」
やっと、気が付いたらしい、その男は、汚い灰色の服を全身にスッポリ被って、
ネズミみたいな髭を生やした男だった。しかも、何だか臭い。
「近寄るな。お前は、臭い」
「そう言うなって。風呂に入ったのは、半年前だけど、それにしても久しぶりだな」
「こっち来るな」
先輩は、鼻をつまんで、イヤそうな顔をして手で追い払う仕草をする。
「ちょっと、ネズミ、アンタなんかに用はないんだから、あっち行きなさいよ」
「いいじゃないか。久しぶりなんだから」
すると、女の子が突然変貌を遂げた。目が鋭く吊り上がり、歯を剥き出しにして、
両手の爪が伸びて、まさしく猫のような顔になった。
「あっち、行きなさい。フニャ~」
「ひえぇ~・・・」
女の子の爪で顔を引っかかれて、小屋から突き落とされてしまった。
「覚えてろぉ~」
ネズミのような男は、そう言い残して、走り去っていく。
こんな高いところから頭から落ちたのに、かすり傷一つなく、立ち上がるのは、やっぱり妖怪なんだ。
すると、先輩が、身を乗り出して右手を差し出すと、その男は、はるか遠い山の方に
すごい勢いで飛んで行ってしまった。
「うひゃ~」
叫び声がドップラ現象のように聞こえて、ついには見えなくなってしまった。
ぼくは、呆然とそのやり取りを見ていた。
「ごめんね。あいつ、大っ嫌いなのよ」
そう言って、ぼくに笑いかけたその顔は、まさしく化け猫そのものだった。
「先輩、あの人、大丈夫なんですか?」
「あの男は、死んでも死なないから大丈夫よ。明日になったら、ケロッとしてまた、やってくるから」
先輩は、サラッとすごいことを言った。きっと、魔法で遥か彼方に飛ばしたんだろう。
いくら妖怪でも、大丈夫なのか、ぼくは、心配した。
それでも、二人とも笑っている。逆に、自分でも顔が引きつっているのがわかった。
やっぱり、ここにいるのは、全員妖怪なんだ。ぼくは、改めて自覚したのだった。
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