先輩は、魔女。

山本田口

第1話 魔法部に入りました。

 ぼくの名前は、千葉秀一。15歳の男子です。この春、見事に志望の高校に合格して、晴れて高校一年生になった。

自分で言うのもなんだけど、ぼくは、中学生の三年間は、ずっと勉強ばかりしていた。

おかげで、成績もトップクラスを維持することが出来て、志望校にも合格できた。

その分、友だちらしい友だちもなく、クラブ活動もほとんどしてこなかった。

だから、高校生になったら、クラブ活動にも積極的に取り組み、友だちをたくさん作って、青春を謳歌しようと思っている。もちろん、勉強もする。ぼくは、大学進学が希望なのだ。なので、この高校に入りたかった。

 ぼくが入学したのは、帝丹高校という私立の学校だ。進学率が高く、大学の合格率も高い。希望を胸に膨らませ、ぼくは、入学したのだった。

 ぼくの家族は、父と母に妹の四人家族です。

父も母も、頭がよくて、どちらも大学の教授をしている。その反動なのか、二つ年下の妹は、勉強よりも運動のが好きで、スポーツ万能だった。高校には、スポーツ推薦で入学する予定らしい。

なので、長男のぼくにかかる期待は大きかった。だから、ぼくもがんばって勉強一筋に、今日まで生きてきた。

マンガやアニメなど、見たことはない。クラスメートたちが、アイドルだとか、新作アニメだとか流行ってるマンガで楽しそうにしているのを横目で見ながら、ぼくは、参考書を見ていた。

 友だちの話についていけず、気がついたら、クラスで浮いた存在になっていた。

それでも、ぼくは、気にしなかった。特に、いじめられることもなかったので、一人静かに勉強できた。

そのおかげで、友だちの話には、まったく付いていけなかったが、淋しいとも思わなかった。だから、高校の三年間は、楽しい青春を過ごしたかったのだ。

 そんなぼくに興味を持った女の子がいた。それは、一つ年上の先輩だった。

それが、まさか、魔女だったとは、このときは、夢にも思わなかった。


 入学式も終わり、新入生歓迎会とクラブ活動のオリエンテーションもすんだ。

一週間以内に、どこかのクラブに入らないといけない。高校生になると、勉強だけではダメなのだ。

一流大学に行くには、成績も良くないといけないが、クラブ活動も積極的に取り組まないと内申書に響く。

推薦入学を狙っているぼくとしては、どこかのクラブに入らないといけない。

 と言っても、どこに入るかが問題だった。

ぼくは、妹と違って、運動が大の苦手だ。中学三年間の成績は、トップクラスだった。しかし、体育の成績だけは、お世辞にもいいとはいえなかった。

一年間の行事の中で、体育祭は、胃が痛くなるくらいイヤだった。

なので、体育会系のクラブは、問題外である。

 かといって、文科系ならいいかというと、そうでもない。

吹奏楽部や合唱部、演劇部など、体育会系文化部と言われるのも無理だ。

だからといって、美術部や生物部は、まったく興味がない。早い話が、センスがないのだ。

 となると、どこにするか? それが、今の悩みのタネだった。

例えば『将棋部』『手品部』『落語研究会』『漫画同好会』も、趣味ではない。

だから、どこにするか、それが問題だ。しかし、一週間以内に、どこかに入らないといけない。

クラスメートたちは、すでに仮入部をしたり、早くも正式に入部して練習している人もいる。

 この高校は、進学校だが、クラブ活動も熱心で、いわゆる野球部や陸上部、テニス部やサッカー部など体育会系の部活動も流行っている。文科系にいたっては、すごく細かく、趣味レベルのようなクラブも多かった。

 この日も、どこにしようか、とりあえず、見学でも行ってみようと思いついて、

放課後になって、一つずつ見て回ろうと思った。

特に目的があるわけでなく、ただ見て歩くつもりで、教室を出て、一階に降りた。

 この学校は、一階が昇降口と玄関があり、職員室、校長室、保健室があるだけで

学生の教室は、二階から上にある。二階が一年生の教室。三階が二年生で、四階が三年生の教室と美術室、音楽室、視聴覚室、化学実験室など、文科系の部室があった。

 ぼくは、一年生だから、二階から階段を降りて一階に向かった。

階段を降りると、正面の廊下に突き当たる窓際に、一人の女子生徒が目に入った。

なにをするわけでもなく、通り過ぎる生徒たちをただみているだけのようだった。

足を組んで、腕組みをしながら、目の前を通る生徒たちを見ている。

 ぼくは、さして興味なく、一階の廊下に降り立った。

そのときだった。その女子生徒と目が合った。すると、彼女が大股で歩いてぼくの前に立ち塞がった。

「お前、もう、どっかに入部したのか?」

 いきなり言われて、ビックリしたぼくは、声も出ない。

「どこかのクラブに入ったのかと聞いてるんだ」

 もう一度言われて、自分のことかと気がついたぼくは、首を横に振った。

「だったら、お前、魔法部に入れ」

 目の前の女子生徒は、左手を腰に当て、右手を差し出し、人差し指をぼくの目の前に突き出していった。

ウチの高校の制服は、男子はチェック柄のズボンにブレザー。女子もチェック柄のスカートにブレザーである。

唯一違うのは、一年生は、赤いネクタイ。二年生は、青のネクタイ。三年生は、緑ネクタイである。

見れば、彼女は、青いネクタイをしているので、二年生だということがわかる。

なので、一年先輩なことだけは、理解できた。

「おい、黙ってないで、なんか言え」

 先輩は、そう言って、一歩踏み込んだ。ぼくは、一歩退く。

「特に、決めてません」

「よし、それじゃ、お前は、今日から魔法部に決まりだ」

 先輩は、そう言うと、ニッコリ微笑んだ。

よく見れば、可愛い子だ。肩まで伸びた黒髪がキラキラしていて、二つに縛っている。前髪が眉毛をギリギリ隠して、パッチリ二重の目が輝いている。

鼻筋が通り、ピンク色の唇がとても可愛い。制服のスカートから伸びた二本の足は、白くて長い。テレビのアイドルといってもいいくらい美人で可愛く見えた。

 でも、ぼくは、アイドルタレントには、さして興味がない。

その上、中学三年間は、勉強一筋だから、女子とも縁がない。

 そんな可愛い女子と面と向かっていると、恥ずかしくなって俯いてしまった。

「それじゃ、行くぞ。ついてこい」

 そう言うと、先輩は、先に立って、階段を登っていく。

ぼくは、固まったまま動けなかった。どうしたらいいのかわからないのだ。

異性に声をかけられたことは、片手で数えても余るくらいしかない。

そんなうぶなぼくは、いきなり初対面の可愛い女子の先輩から話しかけられて、どうしていいのかわからなかった。

「おい、早くしろ」

 階段の途中で振り向いた先輩は、まるで、男子のような口振りで言った。

それでも動けずにいるぼくを、いきなり手を掴むと、階段を登っていった。

「ちょ、ちょっと……」

「男のくせに、グズグズしてるんじゃない」

「イヤ、あの、先輩、どこに行くんですか?」

「決まってるだろ。屋上だ」

「屋上?」

 先輩は、ぼくの手を掴んだまま、階段を登っていく。

階段を降りてくる生徒たちを掻き分けて、駆け上がっていった。

 ぼくはといえば、情けないことに、二階に駆け上がった頃には、すでに息が上がっていた。

運動が苦手なので、当然のように、運動不足である。階段を走って登るなんて記憶にない。駅の階段だって、走って登ったことは、ただの一度もない。

そのぼくが、階段を走っているのだ。

「ちょ、ちょっと待って…… 先輩、ちょっとストップ」

 息も絶え絶えで前を行く先輩に声をかけたが、声がかすれて聞こえていない。

三階に登りついたころには、膝がガクガクしているのがわかった。

しかし、先輩は、さらに四階の階段を登っていく。ぼくの手を掴んだまま……

 そして、やっと屋上に着いた。屋上の踊り場についた先輩は、そこでやっとぼくの手を離した。

「ハァハァ…… ちょっと先輩……」

「だらしがないぞ。それでも男か」

 息を切らして、体を曲げて、両膝に手を置いて肩で息をしているぼくを見降ろす先輩は、息一つ切らしていない。すごい体力だ。

しかし、ここは、屋上に通じる踊り場で、目の前にはドアがあるだけだった。

担任の話では、生徒が勝手に屋上に入ってはいけないことを思い出した。

屋上に行くときは、職員室からドアの鍵を借りてこなければいけない。

 なのに、先輩は、当たり前のように、ドアに手をかけると、普通に開けたのである。

「えっ!」

 ビックリしたぼくは、思わず声が出てしまった。

「なにしてる、行くぞ」

「ちょっと待ってください。屋上には、勝手に入っちゃいけないんじゃないですか?」

「何を言ってる。魔法部の部室は、屋上にあるんだから、しょうがないだろ」

 先輩は、そう言うと、またしてもぼくの手を掴むと、ドアを開けて屋上に踏み出した。初めて降りた屋上は、何もない、ただ広いだけだった。

しかも、この日は、空は、青空が広がり、白い雲がゆっくり漂っていて、とてもいい天気だった。

 ぼくは、そんな広くて青い空を見上げて、気持ちいい空気を吸っていた。

「なにしてんの、こっちよ」

 先輩の声に振り向くと、屋上の隅に、プレハブ小屋のような、掘っ立て小屋がポツンとあった。

ぼくは、先輩の後について行くと、そこには『魔法部』と、下手な字で書いてある紙を見た。

「これが、部室ですか?」

「そうよ」

「そうよって……」

 信じられなかった。この学校は、クラブ活動にも熱心だ。どこの部活の部室も、それなりの教室で、こんなボロい小屋で、それも、野外の屋上だなんて、とても信じられない。

「そんなとこに突っ立ってないで入りなさいよ。ここは、お前の居場所になるんだから」

 先輩はそう言って、ぼくを中に招き入れた。

しかし、中に入って、また驚いた。部室だというのに、テーブルと椅子が二つあるだけの、殺風景な部屋だった。

広さは、ぼくの部屋より少し広い程度だ。部屋の中を見渡して、そう思った。

「立ってないで、座ったらどうだ」

 先輩に進められて、ぼくは、椅子に腰を下ろした。

しかし、先輩は、女子なのに椅子には座らず、テーブルに座って足を組んだ。

可愛いのに行儀が悪い。それなのに、先輩は、まったく気にしていない。

「あの、それで、魔法部ってのは?」

「その前に、お前の名前は?」

 話を遮られて、先輩の質問に、ぼくは、ハッと気がついた。

そういえば、お互いに名乗っていなかった。

「ぼくは、一年二組の千葉秀一です」

「あたしは、二年三組の、魔宝野マコよ」

 珍しい名前だなと思った。しかし、さらに続いた一言は、度肝を抜いた。

「あたし、魔女なの」

「ハイ?」

 その一言は、信じられない台詞だった。これが、先輩と初めて会った日の出来事でした。


 帰宅して、自分の部屋に入ると、ベッドに横になった。

そして、今日のことを思い出す。あれよあれよという感じで、結局、魔法部とか言う謎のクラブに入部してしまった。

先輩の口車に乗ったというか、言われるままに入部届けにサインしてしまったのだ。

今日は、それだけで解放されたけど、また、明日もあるのだ。

放課後になって、顔を出さなかったら、なにをされるかわからない。

相手は、本物の魔女なのだ。魔法を使えるだけに、黙ってバッくれたら、なにをされるかわかったもんじゃない。

 それにしても、まさか、本物の魔女に会えるとは思わなかった。

まして、可愛い女の子だ。言葉遣いは乱暴だし、男みたいだけど、見た目が可愛いだけに、つい、言われたことに頷いてしまう。

 つい数分前のことを思い出すと、信じられないことの連続だった。

『あたしは魔女なの』といわれて、驚いているぼくに、椅子に座るように進めた。

言われるままに座ったぼくの前に、先輩は、水の入ったペットボトルを置いた。

『水でも飲んで、落ち着け』といわれて、喉がカラカラだったぼくは、キャップを空けて一口飲んだ。

冷たい水で、いくらか落ち着いたぼくは、部屋の周りを見渡した。

部室の中は殺風景で、このテーブルと椅子しかない、とても部室には見えなかった。

 そこで、ぼくは、あることに気がついた。この水は、どこから持ってきたのか?

先輩と階段を登ったときは、何も持っていなかった。ペットボトルがスカートのポケットに入るはずもない。

部室には、冷蔵庫のようなものもない。それじゃ、この水は、どうしたんだ?

すると、先輩は、そんなぼくを見下ろしながら、微笑を浮かべながら言った。

『気がついたか? お前は、カンがいいな。その水は、あたしが魔法で出したんだ』

 そういわれて、ぼくは、持っていた水を落としてしまった。

キャップを閉めて置いてよかった。先輩は、テーブルの上を転がるペットボトルを拾って、立てかけるとこう言った。

『落とすな。言っとくけど、それに毒なんて入ってないから、安心しろ』

 ぼくの思っていたことを見透かしたように言った。

ぼくは、目の前のペットボトルを穴が開くほど見詰めていた。

 それからは、信じられない話を聞かせてくれた。

自分は、魔法の国のお姫様だと言うこと。父親は、魔法の国の王様で、母親は、女王様で自分は、その娘として次期女王になる身分だということ。女王になるために、下界である、人間の世界にやってきた。

ぼくの世界の言葉で言えば、留学と言うことらしい。女王になるには、人間のことを知らなければならない。

母親も、若い頃に人間界にやってきたとのこと。まったく持って、信じがたい話だった。

 そんな話をしながらも、指をクルクル回すと、何もなかった部屋にロッカーが現れたり、本棚が出てきたり、そして、また消えたりした。

 ビックリして目が点になっているぼくの前で、先輩は、変身して見せた。

なにやら呪文のようなことを言うと、ライオンに変身して見せてくれた。

動物園で見る、本物のライオンそのままだった。恐ろしいのとビックリしたぼくは、

椅子ごと後ろにひっくり返った。そんなぼくを見て、ライオンは、先輩の声で笑ったのだ。

見かけは、ライオンなのに、声は先輩で、日本語を話すのだ。

 さらに、今度は、なんと、このぼくに変身して見せた。

そして、ひっくり返ったまま唖然としてるぼくを助け起こしてくれた。

見かけは、ぼくなのに、声は、先輩なのが、異様に聞こえた。

自分に助け起こされたぼくは、椅子に座り直した。もう、言葉など出なかった。

目の前のペットボトルの水を、がぶ飲みして落ち着くしかなかった。

 そんなぼくを笑いながら、先輩は、元の姿に戻る。

いくら信じられないことでも、目の前で見ると、信じるほかはない。

 その後、言葉巧みに入部届けに名前を書いてしまったのだった。

今日は、それで済んだけど、明日から、どうなるのかわからない。

 もちろん、ぼくは、普通の人間で、魔法など使えない。そんなぼくを魔法部なんかに入部させてどうするつもりなのか、さっぱりわからない。

聞いても『お前は、あたしの子分にしてやる。言われたことをやればいいんだ』と

言うだけで、何も詳しいことを聞かせてもらえなかった。

いきなり、初対面の人から、子分にしてやるといわれても、意味がわからない。

まして、先輩のような可愛い子に親分などと言えるはずもない。

ヤクザの世界じゃないんだから、親分、子分とか言うのは、学生のぼくとしては、返事に困る。

 そんなわけで、今日は、それだけで勘弁してもらえたからいいが、明日からが不安で一杯になる。

言うまでもないが、先輩が魔女で魔法を使えるというのは、ぼくだけの秘密だ。

クラスメートに言ったところで、信じてもらえないだろうし、バラしたら魔法でなにをされるかわからない。

 さらに、ダメ押し的に驚いたのは、解放されて部室から出たときだった。

入るときは、ボロボロのプレハブ小屋だったのに、屋上に出て、振り向いたら、立派なきれいな部室になっていた。

ドアにも、下手な字で書かれていた『魔法部』という看板が、きれいな字で書き直されている。

ぼくは、何度も目を擦って、見開いてみた。その後、ぼくは、逃げるようにして屋上から出て行った。階段を全力で駆け下りた。一階に着いた時は、息が切れていた。

そのときのことを思うと、夢ではないかと思った。でも、夢ではない。

「明日から、どうなるんだろう……」

 思わず独り言のように呟いてみた。


 翌日、ぼくは、いつも通りに登校した。

しかし、授業が始まっても、ちっとも集中できなかった。

授業どころではない。放課後のことを思うと、先生の話は、耳に入らなかった。

 そんな日に限って、時間は、早く過ぎるらしい。あっという間に、放課後になった。クラスメートたちは、早速、入部したクラブに向かった。

一人取り残されたぼくは、諦めて屋上に向かうしかなかった。

 思い足取りで階段を登り、四階の踊り場までたどり着いた。

屋上に通じるドアに手をやる。果たして開いているだろうか? 鍵が閉まっていたら入れない。

昨日のことは夢だと思って帰ればいい。ぼくは、どちらかといえば、開いてないことを祈りつつ、ドアノブを回した。

しかし、残念なことに、ドアは、開いたのだった。ここまで来て、行かないというわけにはいかない。

ぼくは、ドアを開けると、屋上に一歩踏み出した。目の前には、昨日見たときと同じ、きれいな部室が見えた。

部室の前にたつと、一度、大きく息をしてから、ドアをノックした。

そして、ゆっくりドアを開けると、テーブルに座って足を組んでいる先輩と目があった。

「来たな。待ってたぞ」

 相変わらず行儀が悪い。魔法の国のお姫様というのは、実は、ウソなのかもしれない。

「こんにちは、先輩」

「よし、それじゃ、行くか」

 先輩は、そう言って、勢いよくテーブルから降り立った。チェック柄のスカートがふわりと翻る。

「行くって、どこにですか?」

「ちょっと、散歩だ」

「散歩ですか?」

 わけがわからないぼくに、先輩は、ゆっくり近づくと、両肩をポンと叩きながらいった。

「お前、高いところは、苦手な方か?」

「えっ、イヤ、別に大丈夫ですけど」

「そうか、それならよかった」

 先輩はそう言って、ニコッと笑った。笑顔が素敵で可愛すぎる。それに、顔が近い。

「なにを赤くなってる?」

 照れて赤くなっているらしいぼくを見て、先輩は、さらに不思議そうに首を傾げて笑っている。

「それじゃ、行くとするか」

 そう言うと、先輩は、クルッと振り向いた。

「シャランラァ~」

 またしても不思議な呪文のようなことを口走ると、昨日まではなかった、縦長の掃除道具入れのようなロッカーの扉が開いた。そして、中から、なにかが出てきた。

真っ赤なそれは、ぼくたちの足元に転がるように出てくると、ゆっくり広がった。

それは、丸まっていた絨毯だった。だいたい、畳一畳ほどの大きさだった。

「乗れ」

「ハイ?」

「乗れって言ってんだ」

 またしても意味がわからない。乗れといわれても、どこに乗るんだ?

まさか、絨毯に乗れというのか? ぼくは、どうしていいかわからないでいると、いきなり手を掴まれた。

「早くしろ」

 先輩に手を引っ張られて、絨毯の上に倒れた。

「先輩、あの……」

「これから、空の散歩に行くぞ」

「空の散歩?」

 意味不明なことを言うと、またしても先輩は、呪文なようなことを言った。

「アブラカタブラァ~」 

 そう言うと、足元に広がった絨毯がゆっくりと持ち上がってきた。

「ちょ、ちょっと、先輩……」

「開けゴマ」

 先輩がそう言うと、部室のドアが勝手に開いた。ここのドアは、自動ドアではない。

ドアが開くと同時に、ぼくたちを乗せた絨毯は、部室から飛び出したのだ。

「せ、せ、先輩……」

 絨毯の上を転がるぼくの手を先輩が掴んだ。

「危ないから、しっかり掴まってなさい」

 そう言って、ぼくの両手を掴むと、自分の腰に回した。

「落ちても知らないからね」

 先輩は、そう言うと、指を空に向けてあげた。すると、絨毯がものすごい勢いで上昇したのだ。

「せんぱ~い!」

「しゃべると、舌を噛むわよ」

 先輩は、言いながらも楽しそうだった。

ぼくは、先輩にしがみついているだけで精一杯だった。

「お前、高いところは、大丈夫じゃなかったのか?」

「高すぎますよぉ……」

 ぼくの高いところは、遊園地のジェットコースターまでだ。

学校の校舎より高いところは、レベルが違いすぎる。

 いったい、ぼくは、どこに連れて行かれるのだろうか……

無事に帰って来られるのだろうか…… 生きて、ウチに帰れるのだろうか……

そんなことを考えていた。

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