第3話 消えた魔法部。
猫娘の小屋を後にしたぼくと先輩は、妖怪の街をぶらぶら歩いている。
歩いていると、あちこちから声がかかる。もちろん、全員、妖怪です。
先輩は、気軽に声をかけたり、話をするが、ぼくは、かなりビビっていた。
そんな時、ぼくのお腹が盛大に鳴った。
「すいません」
先輩にも聞こえたようで、恥ずかしくて思わず謝ってしまう。
「そういや、もう、お昼よね。お前、お弁当はどうした?」
「教室に置いてきたままですよ」
何しろ、授業中に、有無を言わさず連れて行かれたので、カバンも置いてきてしまった。
「んじゃ、メシでも食うか」
先輩は、そう言うと、道端にあるお店を見て歩いていた。
そのウチの一つのお店の前で足を止めるとその中に向かって声をかけた。
「お~い、小豆あらい、いるか?」
「わしを呼ぶのは、誰じゃ?」
中から声が聞こえて、小さなおじさんが出てきた。
ボロボロの半ズボンを履いて、上半身はベストを着ている。
頭は、見事に剥げているが、口髭が見事に長い。大きな二つの目に小さな鼻と口の
小さなおじさんだった。この人も妖怪なんだろう。
「誰かと思ったら、魔女っ娘じゃないか。久しぶりじゃな」
「アンタも元気か?」
「この通り、ピンピンしとるわい」
「それならいい。悪いが、腹が減ってるんだ。なんか食わせてくれるか?」
「大福でよければ、いくらでも食って行け」
「ありがとよ。おい、昼飯は、大福だ。ここのは、うまいぞ」
そう言って、ぼくを前に引き出した。
「おやおや、珍しい。人間の子供じゃないか」
「あたしの子分だ。よろしく頼む」
「お前さんの子分が人間の子供とは、こりゃ、驚きだ。おい、わしは、小豆あらい。よろしくな」
「ハ、ハイ、こちらこそ。ぼくは、千葉秀一と言います。よろしくお願いします」
ぼくは、丁寧に頭を下げた。
「挨拶はいい。中に入んな」
そう言って、小豆あらいという妖怪に言われて、ぼくと先輩は、店の中に入った。
奥に和室があって、そこに通された。丸いちゃぶ台があるだけの質素な部屋だった。
少しすると、ちゃぶ台に大福がてんこ盛りに盛られたお皿を持ってきた。
「ほれ、食え」
「いつもありがとよ」
「このくらい、どうってことない。気にすんな。お前さんには、命を助けてもらったんだ、これくらい、させてもらわないと、妖怪の名が廃るってもんじゃ」
そう言って、おじさんは、お茶を入れてもくれた。
「うん、うまい。この大福は、いつ食っても、うまいな」
先輩は、両手に大福を持って、ムシャムシャ食べている。
「どうした? 甘い物は、嫌いか?」
「イヤ、むしろ好きです」
「だったら、食ってみろ。頬っぺたが落ちるぞ」
先輩に言われたぼくは、手を伸ばして、一つ手にした。そして、一口食べた。
「お、おいしい!」
先輩が言う通り、頬っぺたが落ちた。もちろん、ホントに落ちたわけではない。
中の餡子が程よい甘さで、つぶ餡がほのかに香ばしい。さらに、もちもちした白いお餅が柔らかくてたまらなくおいしかった。ぼくは、夢中で、二個、三個と食べてしまった。
「うれしいのぉ・・・」
「どうかしたか?」
口元に白いお餅の粉をつけながら、先輩が聞く。
「わしは、人間が、うまい、おいしいと言ってくれるのが、うれしいんじゃ。
それに引き換え、ここの妖怪どもは、わしの大福の味が、まったくわかっとらん」
「そうなのか? この大福のうまさがわからないとは、情けない奴らだな」
先輩は、モグモグ口を動かしながら言った。
「ホントにおいしいです。こんなおいしい大福は、食べたことがありません」
「そうかい、それはよかった。たくさん食べな」
おじさんは、うれしそうに笑いながら言った。
ホントに、こんなにおいしい大福は食べたことがなかった。
甘い物は好きだけど、そんなに食べられるものではない。
なのに、この大福は、いくらでもたべられる。事実、お腹が空いていたのもあるが、
ぼくは、6個も食べてしまった。お腹一杯だ。そして、渋いお茶がたまらなくおいしい。先輩も、口元を白くしながら、おいしそうに食べている。
でも、いくつ食べてるんた? 確実に、10個は食べているが、もしかして、大食いなのか?
結局、ぼくと先輩で、山ほどあった大福を完食してしまった。
もっとも、先輩がほとんど食べたわけだけど、それくらいおいしかったのだ。
「食ったなぁ・・・」
先輩は、お腹をポンポンと撫でながら言った。
今時の女子高生は、ダイエットを気にして、甘いものは余り食べないけど、
その点、先輩は、まるで気にする様子はない。なのに、スタイル抜群で、決して太ってはいない。
「さて、帰るか」
先輩は、腰を上げた。ぼくは、おじさんに何度もお礼を言って、お店を後にした。
すると、おじさんは、お土産に大福をたくさん持たさせてくれた。
「ただで大福を食べて、お土産まで持たせてくれて、いいんですか?」
「遠慮するな。あいつらは、そういう妖怪なんだ」
ぼくは、今日会った妖怪たちが好きになってきた。
みんな優しくて、楽しくて、いい妖怪たちだった。
「でも、どうして、みんな親切なんですか?」
歩きながら聞くと、先輩は、意味深な笑みを浮かべるだけで、なにもいわなかった。
「そのウチ、わかるさ」
そういうだけで、何も教えてくれなかった。
妖怪の街を後にしたぼくたちは、来た道を歩いて、森の中に入っていった。
そして、カッパ沼に行くと、ぼくは、先輩に魔法をかけてもらって、沼の中に飛び込んだ。
水の中を先輩に手を引いてもらいながら泳いで、元の世界に返ってきた。
帰りももちろん、空飛ぶ絨毯に乗って帰る。
ぼくは、悪いと思いながらも、先輩にしがみ付くことしかできなかった。
「どうだ、初めて見た妖怪は?」
先輩は、前を向いたまま、髪を風になびかせながら聞いた。
「感動しました。みんな、いい人たちばかりで、楽しかったです」
「だろ。妖怪は、いるだろ」
「ハイ、ぼくも信じました」
「よし、それならいい。また、連れて行ってやるからな。だけど、このことは、秘密だぞ」
「ハイ、わかってます。誰にも言いません」
「お前もいい奴だな。お前みたいな人間は、初めてだ。お前に会えてよかったぞ」
先輩は、不意にそんなことを言うので、ぼくは、返事に困ってしまった。
ぼくがいい人だなんて、初めて言われたので、恥ずかしくなる。
「さて、次は、どこに行くかなぁ・・・」
先輩は、ぼくを褒めたかと思えば、またしても、不安なことを言い出した。
そう言えば、妖怪の誰かが言っていたことを思い出した。
『あの魔女について行くのは、大変だぞ』確か、そんなことを言われた。
ぼくは、先輩の後姿を見ながら、ついて行くのは、ホントに大変だなと実感した。
だけど、ついて行こうと、このとき思った。
「先輩、これからもよろしくお願いします。ぼく、しっかりついて行きます」
「お前、なにを言ってんだ?」
先輩に言われて、ぼくは「なんでもありません」というしかなかった。
だけど、先輩は、振り向きながら言った。
「ちゃんと付いて来いよ。これから、魔女の世界と魔法の力を見せてやるからな」
そして、ぼくは、無事に学校の屋上に辿り着くことができた。
「今日のクラブ活動は、これで終わりだ。またな」
「ハイ、今日は、ありがとうございました。お先に失礼します」
ぼくは、お土産の大福を胸に抱えて、何度も先輩にお辞儀をした。
そのまま屋上を出て、教室にカバンを取りに行った。
教室に入ると、もう、誰もいなかった。すでに午後の授業は終わっていた。
ぼくは、自分のカバンを持って、教室を出た。
帰り道、お弁当を食べてこなかったことの言い訳を母親にどうするか、考えながら歩いていた。
その時、突然、頭の上から大量の水が落ちてきた。
「えっ!」
ぼくは、ビックリして上を見ると、マンションのベランダから覗いている人がいた。
「ごめんなさい。バケツをひっくり返しちゃって」
「大丈夫です。ちょっと濡れただけですから」
ぼくは、咄嗟にそう言って、足早にその場を後にした。
「やっぱり、あの人魚の言ったことは、ホントだったんだ。水に注意しろって、この事だったんだ」
ぼくは、ずぶ濡れになりながら、なんだかおかしくなって、笑ってしまった。
その日、帰宅して、母親にお弁当箱を渡した。開けたらそのまま残っているから、怒られると思った。
ところが、中のお弁当は、空っぽになっていた。母親は、いつものように、空のお弁当箱を洗い始めた。
ぼくは、なにがなんだかわからず、不思議に思っていると、母親に言われた。
「何してんの? 早く着替えてらっしゃい」
ずぶ濡れで、その場に突っ立ったままのぼくを見て、母親が言った。
ぼくは、その時、あっと思った。
「もしかして、これも、先輩の魔法?」
明日、先輩に聞いてみよう。でも、きっと、ホントのことは、言わないだろう。
それからというもの、学校に行くのが楽しくなった。
今日は、どんな魔法を見せてくれるのか、先輩に会うのが楽しみになっていた。
昨日の妖怪のことを思い出しながら、放課後になって、ぼくは、屋上の階段を上がった。
「えっ?」
屋上に出るドアの取っ手を手にしてビックリした。鍵が閉まっていたのだ。
開いてないということは、今日は、まだ、先輩は来ていないということだろうか?
いつも先に来て、鍵を開けていると思っていたぼくは、階段を駆け下りて職員室に向かった。
屋上の鍵は、職員室に行って、先生に貸してもらわないといけないのだ。
「失礼します」
ぼくは、そう言って、職員室のドアを開けて中に入った。
ざっと見渡して、担任の先生を見つけた。
「あの、先生」
「どうした、千葉?」
「屋上の鍵を貸してほしいんですけど」
「屋上の鍵? そんなのどうすんだ。屋上になんか用事でもあるのか?」
「ハイ、屋上の魔法部の部室に行きたいんですけど」
「なんだって?」
「だから、屋上にある、魔法部の部室に行きたいんです」
「お前、なにを言ってるんだ?」
先生は、不思議そうな顔をした。そんな先生を見て、ぼくの方が、不思議に思う。
「屋上に部室なんかないぞ。それに、魔法部ってなんだ? そんなもんウチの学校にはないぞ」
先生は、当たり前のような顔をして言った。面食らったのは、ぼくの方だ。
魔法部がない? 部室もない。なにを言ってるんだ・・・
屋上には、魔法部の部室があるのに、先生は、なにを言ってるんだ?
「お前、熱でもあるのか? 帰って、寝たほうがいいぞ」
そう言って、先生は、机の作業を再開した。
相手にしてもらえなかったことにショックを受けたぼくは、職員室を後にするしかなかった。
訳がわからなかった。いったい、どういうことなんだろう?
職員室の外で、少し考えたぼくは、先輩の教室に向かった。
階段を駆け上がって、二年生の教室を目指した。
先輩は、二年二組だったはず。ぼくは、先輩の教室に飛び込んだ。
放課後なので、残っている生徒は、数人しかいない。中を見渡しても、先輩の姿はない。ぼくは、その中に残っていた、女子生徒に聞いてみた。
「あの、すみません。魔法野先輩はいませんか?」
すると、その女子生徒は、一年生のぼくを見て、フッと笑いながら言った。
「今日は、お休みよ」
「休み? 学校に来てないんですか?」
「そうよ。あの子は、しょっちゅう休むから、珍しいことじゃないけどね」
ぼくは、夢を見ているのか? 呆然としながら、お礼を言って、教室を後にした。
確かに先輩は、不登校児という問題児なのは知っている。
でも、魔法部だけは、休むはずがない。それよりなにより先生が言った、
『魔法部なんかない』と言う言葉に、大きなショックを受けた。
そんなはずはない。確かに、屋上には、魔法部の部室があるんだ。
先輩とぼくだけしかいないけど、魔法部はあるんだ。
ぼくは、もう一度、職員室に向かった。
何か言い訳を考えて、屋上の鍵を貸してもらおう。
屋上に行けば、魔法部の部室はあるんだ。
ぼくは、そう信じて職員室に戻った。
職員室に行くと、担任の先生はいなかった。そこで、別の先生に頼んだ。
「先生、屋上の鍵を貸してほしいんですけど」
「そりゃ、いいけど、屋上で何をするんだ?」
「あの、ちょっと、忘れ物をして、取りに行きたいんです」
「忘れ物? 屋上に?」
「ハイ」
「おかしなことを言うな。まぁ、いいけど、すぐに返せよ」
その先生は、忙しそうだったので、ぼくの話もろくに聞かずに、鍵を貸してくれた。ぼくは、それを片手に再び屋上に走った。
息が切れているのにも気が付かないぼくは、鍵を開けて屋上に出た。
「ウソ!」
なんと、屋上にあるはずの魔法部の部室が消えていたのだ。
「まさか・・・」
ウソだと思った。そこにあるはずの魔法部の部室がない。
昨日は、確かにあったのに、今日は、きれいに消えている。
これは、先輩の魔法なんだと思うしかない。だけど、何で、消したんだ?
もう一度、先生の言った言葉が思い出す。『魔法部なんてウチの学校にない』。
そんなはずはない。昨日は、確かに屋上の部室にいた。
そして、先輩と空飛ぶ絨毯で、妖怪の街に行った。
例え学校を休んでも、部室はそのままのはずだ。
先輩は、どこに行ったんだ? 魔法部の部室は、どこにいったんだ?
わからないことだらけで、頭の上に?マークが数えきれないほど浮かんだ。
しばらく何もない屋上に立ち尽くす自分だった。
もしかして、全部夢だったとか・・・ イヤイヤ、そんなわけがない。
ぼくは、頭を振って、それを打ち消した。
しかし、いつまでもここにいるわけにもいかないので、諦めて鍵を閉めて、鍵を返しに行った。
その後、ぼくは、帰宅するしかなく、歩いて帰ることにした。
帰る途中も、なにがなんだかわからなくて、まるで、雲の上を歩いているような気分だった。
その翌日も屋上に向かった。だけど、この日も鍵は開いてなかった。
二年生の教室に行って聞いたけど、先輩は、この日も学校を休んでいた。
それを知ったぼくは、急に心配になった。先輩の身に何かがあったのでは?
ケガとか病気で休んでいるとか、心配でたまらくなった。
だけど、ぼくは、先輩の自宅を知らなかった。様子を見に行くこともできない。
試しに先輩の自宅を知らないか聞いてみたけど、二年生のクラスの人たちは、誰も知らなかった。
職員室で先生に聞いてみようかと思ったけど、一年生で男子のぼくでは、聞いても教えてくれないだろう。
先輩は、どこに行ったのか? まさかと思うけど、いきなりぼくの前から姿を消したとか?
魔法の国に帰ったとか、悪い人間に誘拐されたとか、悪いことばかりが浮かんだ。
しかし、それからも屋上の鍵が開いていることはなかった。
先輩も休んでいた。今日で、三日連続だった。もう、先輩に会えないのか・・・
魔法部には、通えないのか? 先輩に会いたい気持ちがどんどん沸き起こった。
男子と女子とか、先輩と後輩とか、そういうことではなくて、純粋に心配だった。
たった2日の魔法部のことを思い出すと、泣きそうな気分だった。
それから二日が過ぎた。今日は、金曜日だ。学校を休もうかと思ったけど、
ずる休みをするわけにはいかない。元気がないぼくを、家族は心配したけど、
重い足を引きずりながら学校に行った。
今日も、屋上の鍵は、開いてないのかな・・・
そんなことばかり考えていて、ちっとも授業に身が入らなかった。
そして、二時間目の英語の授業が始まってすぐだった。
「千葉、迎えに来たぞ」
「先輩!」
いきなり教室のドアが開いて、先輩が飛び込んできた。
ぼくは、立ち上がって、先輩の方に走った。
「先輩、今まで何してたんですか?」
「話は後だ。先生、千葉をお借りします」
先輩は、唖然としている先生や生徒たちを横目に見ながら、ぼくの腕を掴むと、教室を出て行った。
ぼくは、先輩に腕を掴まれたまま廊下を走った。
「ちょっと待ってくださいよ。どこに行くんですか? 今まで、どこにいたんですか?」
「後で話すから、急ぐぞ」
そう言って、靴も履き替えないで校庭に出た。
校庭では、体育の授業をしている生徒たちもいた。
突然、校舎から出てきた制服姿のぼくと先輩を見て、みんな驚いて見ていた。
先輩は、体育の授業をしている生徒たちの間をかき分けて、校庭のど真ん中に来ると、やっと止まってくれた。ぼくは、急に走ったので、息が切れて肩で息をしていた。身体を曲げて、両手を膝に置いたまま、顔だけを上げて先輩を見る。
「今日も、おもしろいところに行くからな」
まったく息を切らしてない先輩は、クルッと回って、ぼくを見降ろす。
スカートが翻るのが見えた。すると、先輩は、スカートのポケットから何かを取り出した。コンパクトみたいな小さな小箱だった。
ようやく落ち着いたぼくは、体を起こしてそれを見た。
箱のふたを開けると、そこには、小さなカプセルのようなものが五個入っていた。
「さて、どれにしようかな・・・」
先輩は、少し考えると、赤いカプセルを指で摘まんで取り出した。
「いいか、ビックリして腰を抜かすなよ」
先輩は、そう言って、コンパクトをスカートのポケットに仕舞うと、
掌の上で赤いカプセルを転がしながら、意味あり気に笑った。
「よく見てろよ。グピラ、出てこい!」
そう叫ぶと、赤いカプセルを勢いよく空に放った。
ぼくは、その小さな赤いカプセルを目で追った。
すると、次の瞬間、そのカプセルが爆発した。そして、その中から、白い煙が飛び出して校庭を白く覆った。ぼくは、目を手で覆って、顔を伏せた。他の生徒は、驚きの余り声を上げることもできずにいた。
やがて白い煙が消えて行く。目を開けると、ぼくの目の前には、信じられないことが起きた。
「グピィ~」
「ウソォッ!」
なんと、ぼくの目の前には、巨大怪獣が現れたのだ。
ぼくは、その巨大怪獣を見上げたまま、ホントに腰が抜けた。
体育の授業中だった生徒たちは、一斉に校舎の中に走り出した。
校舎からも、何事かと教室の窓から生徒たちが覗いていた。
「ほら、立て。しっかりしろ」
先輩は、ぼくの手を取って立たせてくれた。
「な、な、何なんですか、これ?」
「あたしのペット。グピちゃんていうの。可愛いでしょ」
「ペ、ペ、ペット・・・」
ぼくは、余りのことに声が震えてまともに言葉が出てこない。
「ほら、急いで。騒ぎになるから、さっさと行くわよ」
「だから、行くって、どこにですか?」
「それは、後のお楽しみよ」
そういう、先輩は、ぼくの手を握ると、何と怪獣の口の中に入っていった。
「待ってください。そんなとこに入ったら、食べられちゃいますよ」
「大丈夫よ。グピちゃんは、肉食じゃないから。それに、飼い主のあたしを食べるわけないでしょ」
それはそうだけど、そんなの理屈にならない。騒ぎを聞きつけて、校舎から先生たちが出てきた。
「いけない。グピちゃん、行って」
「グピィ~」
口を閉じたらしく、目の前が真っ暗になった。そして、いきなり体が激しく揺れ出した。
「せ、先輩ぃ~」
「情けない声を出さないの」
先輩は、ぼくの体を揺れないようにしっかり支えてくれた。
いったい、どこに行くのか、わからないだけに不安しかない。
すると、やっと、目の前が明るくなった。見ると、先輩の人差し指が光っていた。
「これで、見えるでしょ」
先輩は、そう言って、ニコッと笑った。やっと、見えるようになったぼくは、周りを見ると真っ赤だった。そして、白くて大きな牙というか、歯がいくつも見える。
「ホントに怪獣の口の中なんですね」
「そう言っただろ」
「それで、どこに行くんですか?」
「地底よ」
「地底?」
「そうよ」
全然意味がわからない。地底って、土の中ってことだ。
「あのぼくたちは、土の中を潜ってるんですか?」
「そうよ」
ぼくは、驚きの余り開いた口が塞がらなかった。
妖怪の森に行って、たくさんの妖怪たちに会った。今度は、地底に行くという。
果たして、今度は、誰に会うんだろう・・・
「あの、それで、先輩、聞いていいですか?」
「なんだ?」
聞きたいことは、山ほどある。
「しばらく学校を休んでいたけど、何かあったんですか? 風邪を引いたとか、ケガをしたとか・・・」
「バカだなお前は。魔女が風邪なんて引くわけないだろ」
「それじゃ、ケガでもしたんですか?」
「何度も言わすな。魔女がそんなことするわけないだろ」
そう言って、光り輝く指先で、おでこをデコピンされた。
「よかった。心配してたんですよ」
「それは、悪かったな。ちょっと、呼び出されて、魔界に行ってただけだ」
魔法の国から呼び出しって、何をしたんだろう?
「屋上の鍵が開いてなくて、ビックリしたんですよ」
「あははは・・・」
先輩は、豪快に笑った。ぼくは、少しむくれて、さらに聞いた。
「それで、先生から屋上の鍵を開けたら、魔法部の部室がなくて・・・」
「当り前だろ。アレは、あたしが魔法で作っただけだから、あたしがいなかったら、消えて当然だ」
「それも魔法の力ですか?」
「もちのろんだ」
先輩は、何を当たり前なことを聞くんだという顔をして頷いた。
「それに、先生が、ウチの学校には、魔法部なんてないって言ってましたよ」
「そりゃそうだろ。魔法部なんて、最初からないんだから」
「ないって・・・」
魔法部に入れって勧誘したのは、先輩なのに、その先輩の口から、あっさりないと言われてぼくは、怒るよりも理由が知りたくなった。
「いいか、前にも言ったよな。あたしは、下界に何しに来たのか、覚えているか?」
「修業に来たんですよね。留学でしたよね」
「そのとーり。だから、あたしは、人間の助手が欲しかった。それが、お前だ」
「ぼくですか?」
「そう。お前だ。お前は、選ばれた人間なんだから、喜んでいいんだぞ」
そう言われても、素直に喜べない。
「魔法部は、あたしが勝手に作ったクラブだから、先生たちは知らないんだ」
「だけど、学校を休んでいいんですか? 勉強とか大丈夫なんですか?」
「当り前だろ。あたしは、魔女だぞ。人間のする勉強なんて簡単だ。テストの時だけ行けばいいんだ」
確かに、先輩の成績は、トップクラスなのはわかっている。
しかし、出席しないというのは、内申書に響くのではないか?
「人間の勉強なんて、魔界の学校で、全部やったから、もう必要ない。あたしが受験したら東大だって、オックスフォード大学だって、どこにでも入れる」
先輩は、自信満々で、当然のような顔をした。だからと言って、勝手に魔法部なんて作っていいのか?
しばらく先輩の話を聞いていると、急に動きが止まった。
「着いたようだな」
そう言うと、怪獣の口が開いた。
「見てみろ」
言われて怪獣の口の中から外を覗いてみた。
「・・・」
もはや、言葉が出なかった。信じられない光景が、ぼくの目に飛び込んできた。
そこは、地底王国とかではなく、恐竜王国だった。
巨大な恐竜が、動いている。歩いている。空を飛んでいる。水の中から顔を出している。
「本物ですか?」
「当り前だろ」
「だって、恐竜は、とっくに絶滅して・・・」
言い終わらないうちに、ぼくは、背中を押されて怪獣の口から、転げ落ちた。
尻もちをついたぼくは、慌てて立ち上がった。このままだと、恐竜にも怪獣にも食べられる。
「先輩、助けてください」
「ちょっと待ってろ」
そう言うと、先輩は、怪獣の口からピョンと軽く飛び降りた。
「グピちゃん、ありがとよ」
「グピィ~」
先輩は、怪獣を見上げて言った。ぼくもその怪獣を初めてじっくりと観察した。
ぼくたちをここまで連れてきた怪獣は、グピラという。通称、グピちゃん。先輩のペットだ。身体全体が少し平べったい魚のような形をしている。
四つ足歩行で、手足も平べったい形をして地面を歩く。
身体全体が、白と黒の模様がついて、顔は、まんま魚の顔をしている。
しかし、目が小さいので、ちょっと可愛い。ピンク色の唇が印象的だ。
だけど、一番印象に強く残るのは、鼻に当たる顔の真ん中に、ドリルがついている。
もしかしなくても、このドリルで土を掘りながら進んできたということらしい。
体長は、ざっと見ても、40メートルくらいはありそうだ。やっぱり、怪獣だ。
「グピちゃん、戻れ」
そう言って、手を差し出すと、巨大怪獣は、元の小さなカプセルになって、先輩の手の中に戻った。
「さて、行くか」
先日は、妖怪たちとの遭遇だった。今日は、恐竜の世界に行くらしい。
無事に生きて帰れるか、不安しかなかった。今日の魔法部のクラブ活動も命懸けだ。
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