第4話 訓練の時間
夜もだいぶ更けてきて、飯屋よりも宿泊施設近辺の方が人が多くなってきた。この店の客足もだいぶ落ち着いてきて、数組のパーティーが残った料理と酒を飲んでいるだけになっていた。
「そろそろあがっていいぞ」
厨房のギルから声がかかる。この店では、開店作業は主に俺が、閉店作業はギルが行うことになっている。
「わかった、これだけやってあがる」
最後のテーブルを吹き上げ、ふうと一息ついた。さてと、それではお言葉に甘えさせてもらって、上がるとしますか。
後はお願いしますとギルに伝え、俺は店を後にする。
ここからは俺の時間。基本的に休みなく営業しているうちでは、こうして勤め終わってからの自由時間が大切だ。
俺には一つ夢があった。それは、冒険者になること。
酒場にやってくる彼らの話を聞きながら、俺はいつも空想していた。俺もいつか冒険者になって、この世界に名前を轟かせるような人物になる。数々の戦利品と名声を手に入れ、王都の一等地に豪邸を立てるのだ。
そんな事を空想しながらにやにやと自室から木刀を取りだす。
半年かけて仕事終わりに削り出した、俺専用の木刀。それを片手に、街灯のあるいつもの少し開けた場所に出て日課の素振りを始める。
これは、ギルから教わったことだった。
危険があまりにも多いこの世界で生きていくためには、多少なりとも自衛できた方がためになる。昔プレゼントされた木刀も、そんな意図があって渡されたものだった。
だが、ギルからは冒険者になることには良い顔をされない。先ほども述べた通り、この世界には危険が多い。そんな中であえて危険な冒険者にならなくても良いというのが、ギルの言い分だった。
もちろん、そのことを軽んじているつもりはない。俺だって死にたくはないし、何よりそんなことになってはここまで育ててくれたギルに申し訳が立たない。まだ若干12歳の俺でも、そのことは理解していた。
だが、憧れというのはそれだけで辞められるものではなかった。一攫千金を狙い、酒場で1か月かかってようやく稼ぎ出せる2から3金貨を、たった一度の探索で稼ぎ出すことも夢ではない。それは俺にとってあまりにも大きな憧れであった。
ギルも、剣術を教えられる程度には戦闘の腕があるらしい。自衛のための剣術だが、きっとある程度の腕までは成長しているような気がする。
そんなギルが教えてくれた剣の振り方を、今日も繰り返し反復しながら繰り返す。
剣の腕前を上達させたいというのももちろんだが、毎日こうして剣を振るうことによってギルに本当に冒険者になりたいのだという夢が真剣なものだと信じてもらうためでもある。
上段への振り下ろしから始まり、中段への刺突。そして下段への薙ぎ払い。これをイメージ通りの型ができているか頭で繰り返しながら何度も繰り返す。
幼い頃から始めたこの基礎訓練は、どんなに酒場で体が疲れていても繰り返せる程度には体力がついていた。それに、体の動きの最適化や慣れの部分もあると思う。
ひとまずのルーティンを終え、少し体を休めた後は模擬戦の練習だ。想像上の相手との、仮の打ち合いをする。
想像するのは、やはりギル。冒険者を相手にする仕事上、空いている期間というものは比較的あり、その時はギルも俺の訓練を手伝ってくれている。その模擬戦で、俺はギルに勝てたことが1度もない。というか、一太刀も与えられたことがない。
ギルは、こと訓練においては一切の手を抜かない人間だった。それが、たとえ12歳の少年が相手だとしても。
鍛錬のための打ち込みであれば、わかりやすい攻撃や戦士が良くしてくるというパターンの2連撃をしてくれるが、模擬戦となれば話は違った。
とにかく鋭い一閃の突きと、これでもかという範囲の薙ぎ払い。とにかく、俺とはレベルの差が違いすぎることを実感させられる。
そんな大きすぎる父親の背中を想像しながら、呼吸を整え、真っすぐに正対する。
だが結局、今日も妄想の父には勝てなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます