第5話 迷宮
ギルと住む集合住宅に戻り、訓練で出た汗を井戸水で流すと、とてもさっぱりした気持ちになった。
熱く火照った体に、くみ上げた水の冷たさが心地良い。
どうやらギルはまだ戻ってきていないようで、俺は一人部屋でごろんと横になった。
ギルが返ってくる時間はいつもまちまちだった。俺が鍛錬を終えたときにはすでに返ってきているときもあったし、酒屋を上がるタイミングで一緒に帰ることもあった。客商売とはこんなものだと、ギルは言っていた。
今日はエルモが話していたように大規模なクエストが終わったタイミングだったらしく、客足もいつもより多かった。この案件のために足を運んできた新顔の冒険者もいたものだから、いつもは平行して行う閉店作業にあまり取りかかれなかったのかもしれない。
俺は傍らにあった本を手に取る。そこにはもうすでに何度読んだかわからないが、それはこの大陸の名前の由来にもなったエリンディルの冒険譚だった。
かつて人類はこの大陸の東にだけ住んでいた。それをエリンディルという英雄が開拓しながら西へと人類の生存権を広げていくという話だ。
この話は幼い頃から何度も聞かされた。文字を読む練習にもなるからと、この地方では多くの子どもたちがこの話を聞いている。
ただ、それも昔の話だ。今となれば人類はこの大陸のどこにでもいるし、開拓されていない場所はすでになくなってきている。今や西側のほんの少しの部分だけを残すのみだ。
だが、それとは違うものが一つある。それは、迷宮の存在だ。深層までが踏破されている場所は数えるほどしか無く、酒場でエルモが話していた『大森林』も踏破されていない迷宮の一つだ。
その迷宮が大森林と言われているのには理由がある。とにかく全体が広いのだ。学者が大きさを測ろうとしたこともあったらしいが、どうやら何らかの魔法の力が働いているらしく。外で見るよりも中の方が大きくなっているらしい。
だが、人類が全く手が出せないかと言われるとそんなこともなく、浅い部分はすでに地図が出回るほどには探索できている。エルモら一行も多分そのあたり、それかほんの少し地図から先に行ったところに冒険してきたのだと言っていた。
そして、迷宮には莫大な宝が眠っている。古代の技術が詰め込まれた魔道具に、金銀財宝の山、または人間に富を与えてくれるモンスターの素材。そんなわくわくするものがそこには眠っている。
だが、人間もかなりの損失を受けている。迷宮で出てくるモンスターは自然に生息している魔物とは比較にならないほど攻撃性が高く、非常に危険な存在だ。また、冒険者といえど常に迷宮にいるわけではなく、地上に出てきた魔物や、そもそも迷宮を住処としていない低級の魔物を討伐したりしている。
そんなわけで、人間と迷宮は持ちつ持たれつの関係で成り立っていた。
――――――
暫くすると、ギルが返ってきた。
「おかえり」
「ただいま、ちょっと閉店作業に時間がかかってな」
と言いながら、愛用の喫煙セットを取り出す。洗練された手さばきで火ををつけると、ぷはぁ、とでも効果音を付けそうな大げさな演技で煙を吐き出した。これが彼のルーティンだった。一仕事を終え、自室に帰り、煙草を嗜む。これが彼の一日だった。
「どうだ、剣術の方は」
とギルが聞いてくる。
「かなり仕上がってきたんじゃないかな。上段が上手くなってきてさ――」
なんて、俺の訓練の調子を確認するのもルーティンの一つか。
「明日、訓練が終わったら、久しぶりに訓練に付き合ってやれそうだ」
それは嬉しい提案だった。想像上の模擬戦とは違う、本物の指導。それが受けられるのはやはり頼もしい。
「ありがとう。じゃあ明日よろしく頼むよ」
そう言い残し、俺は本格的に寝るべく布団へと横になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます