ルーネスの書

灯守 透

第1話

僕、アレン・ヴァイスは、ルーネスの中央大陸の心臓部――レオン帝国の貴族ヴァイス家の次男として生まれた。


レオン帝国は、かつて勇者レオンが仲間たちと築いた国だ。

王族は彼の血を引く者、そして貴族はその仲間たち――十の英雄の子孫。

強さこそ正義、血こそ価値。そんな優生思想が根強く残り、王族すら権力のために優秀な血を取り込むことに執念を燃やしている。


だが、この国は六国の中でも唯一、すべての種族に門を開いている。

勇者一行が多種族の連合だったことが、その思想を受け継がせたのだ。

強力な軍事力、高い技術、そして豊かな文化――どれを取っても他国の追随を許さない。


そんな帝国で、僕は南門の門番をしている。二十四歳。

首都に入ろうとする者の審査、そして外敵からの防衛が仕事だ。


南門防衛部隊は六人だけ。

他の門と比べれば笑えるほどの少数だが、この門が破られたことは一度もない。

僕が副隊長に就いてから、入国後の犯罪率はゼロを保っている。

だから人々は、僕らをこう呼ぶ――

「帝国の黒獅子」「六人の盾」と。



「アレン、それはなんだ? また妙なもん作ったのか?」


軍服の下に黒いフードを着た青年が、扉の隙間から顔をのぞかせた。

カイ・レクター。僕と同い年で、同期入隊。レクター家の三男でありながら、暗殺部隊から自ら志願してこの部隊に移ってきた変わり者だ。


「これか? 日記だよ」

僕は、机の上に置いた黒革の本を軽く叩いた。

「頭に浮かんだことを、そのまま書き出してくれる。僕の魔導具さ」


「また変なの作ったな。……そんなことより、奥でサボってないで仕事しろ」

「仕事してるって」

「嘘つけ。リディアが外で熊の獣人に絡まれてる。お前の出番だ」


どうやら僕の“忙しいふり”はバレていたらしい。

カイは説得が苦手で、いつも力ずくになる。だから僕を呼びに来たのだろう。



門前に出ると、怒号が響いていた。

三匹の熊の獣人が、肩にかかる茶髪を揺らす人間の女に詰め寄っている。

リディア・フォルネス。僕とカイより二つ上の先輩で、正義感が強く、怒ると少し怖い。


「アレン! またサボってたでしょ!」

「……たまには息抜きも必要だよ」


軽口を叩きながら、獣人たちの前に出た。

「おい、獣ども。何を騒いでいる」


リーダー格の熊が牙を見せて笑った。

「その黒い鎧……お前が南門の黒騎士か。案外、小せぇな」


「身分証を出せ」


「ほらよ。フェンラーディアの村の者だ。ギルド本部に登録しに来ただけだ。こんな人間くせぇ国、長居する気はねぇ。さっさと通せ」


ギルド――それはどの国にも属さず、全大陸に支部を持つ独立機関。

依頼を受け、冒険者を派遣し、富と名声を回す。

本部はこの帝都にある。多種族を受け入れられる国はここしかないからだ。


「悪いが通せない」


「はぁ? ふざけんな。さっきソルヴェリアの人間が通っただろうが! 人間以外を差別してんのか!」


「それは人間だからだ。ソルヴェリア人は教育水準が高く、入門目的も明確だった。

 お前らは怒鳴り散らし、威嚇し、力で押し通そうとする。――危険因子だ」


熊の顔に怒りが走る。


「他の門はこんな扱いしねぇぞ!」


「他の門はいずれ、この南門のやり方に倣うさ。……それと、熊三匹は通すなって連絡もしておくよ」


怒号。

爪が火花を散らし、三匹が一斉に飛びかかってきた。


僕は黒鋼のリヴィアタンを構える。

魔力を流し込むと、僕が視界で捉え、選択した敵の注意を惹きつける。

これは僕が十一歳のときに開発した魔導具だ。

いまや軍でもギルドでも“前衛の必需品”と呼ばれている。


さらに、オブシディアン・メイルには魔力を貯蔵し、瞬時に展開できる簡易防御魔法を内蔵している。

八歳の頃の発明だ。使い道が多すぎて危険だから、未発表のままだが。


「カイ!」


影が地を走り、三匹の獣人が一瞬で地に沈んだ。

黒い鎖が音もなく締め上げる。


カイ・レクター。

彼は十一英雄の一人――黒狼のグラウス・レクターの“影魔法”を継ぐ者だ。

今は人間の姿だが、祖先は獣人。

僕の家系、ヴァイス家の祖も同じく英雄のひとり、蛸の魚人オルム・ヴァイス。

血の濃さは失われても、才能は確かに受け継がれている。


「……お前ら、覚えてろよ! 獣人を舐めたこと、後悔させてやる!」


僕は針を一本抜き、彼らの首筋に刺した。

「三日は起きないさ」


「カイ、牢に入れといて。内軍が回収に来る」

「了解」



少し離れたところで、リディアが眉を寄せていた。

「ねぇ、アレン……本当に、このやり方でいいの?」


「いいんだよリディア。実際、国内の犯罪の大半は人間以外によるものだ」

「でも、みんながみんなそうじゃないでしょ?」


彼女の声が少し震えていた。


「確かに、例外はいる。けど統計がすべてだ。

 俺たちは外と仲良くするためにいるんじゃない。中を守るためにいるんだ」


僕は視線を彼女に戻し、穏やかに言った。

「自分を疑うな。……僕を信じろ」


リディアは少し目を伏せて、微かに笑った。

「ほんと、カイもそうだけど……リディア“さん”な?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ルーネスの書 灯守 透 @t4518964

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ