福音
相談無料の看板が目に止まる。
「おや、いらっしゃい。何か失くしたのかな?」
迎え入れてくれたのは三十路ぐらいの男だった。
ヘラヘラした顔とボサボサの髪はとてもじゃないけど探偵には見えなくて大丈夫かなと思ったけど。
別にいいかと促されるまま自分の探しモノについてゆっくりと話し始めた。
周りが当然のように進学の将来を見ている中、私だけが見えないままでいた。
思春期特有の不安や戸惑いのせいで、とかじゃなく、家庭環境的な意味で。
両親は困っている人を放っておけない性分で、騙されても笑って許してしまうようなお人好しだった。
幼い頃はなんて優しいな人達なんだと尊敬していたけど、それが自分達の生活を省みない自己犠牲だと理解した瞬間から純粋にそうは思えなくなった。
ーー大学に行かせてやるだけのお金が無い。
その言葉はお前の将来の選択肢はとうの昔に見知らぬ誰かに与えたと告げられているように聞こえた。
怒りはなかった。恨みも悲しみも。
親子として生活するうちに慣れてしまっていたんだろう。
それでもやっぱり、納得はできなかった。
「私は失くした将来のために仕事を探してるんです」
一人で生きていかなきゃいけない。
じゃないと私は両親の自己犠牲の材料にされる。
そのために必要なのは住む場所と働く場所。学歴や年齢に左右されず受け入れてくれるとこ。
そんなの簡単に見つかるわけがない。わかっているから解決は求めていなかった。
誰かに聞いてもらいたかった愚痴を、相談は無料なんでしょと言い張ってお金を払わずに帰るつもりでいた。
「あぁ、だったらうちで働きなよ」
だからその言葉は予想外で。
「僕も丁度人手ほしかったところだし」
咄嗟に反応できないぐらいの福音で。
「お互い探しモノが見つかってよかったね」
私は失せモノ探し専門の探偵見習いって将来を見つけた。
懐かしい夢を見て目を覚ます。
この探偵事務所に初めて足を踏み入れた日のこと。
もしあの時帰されていたら私の将来はどうなっていたんだろうか?
なりふり構わず別の仕事をやってたんだろうか?
考えてはみるけど答えは出ない。それだけ今の仕事と自分に満足している。
チラッと、未だに寝息を立てている生首の少女、エリスに視線を向ける。
警戒心抱かず見ず知らずの相手に家庭事情ペラペラ話すなんて、自分もエリスのこと言えないなと笑ってしまう。
当時はそれだけ切羽詰まっていた。藁にもすがる思いだった。
きっと私を見つけた時のエリスもそうだったのだろう。
相談と言い張るつもりだった愚痴を聞いてくれた夢の中の男も、こんな気持ちだったんだろう。
「……体、見つけてあげるからね」
そんな気がした。
十一月三日。夜明け前。
エリスを起こさないよう静かにタバコを買いに行った。
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