温度

「ちょっともがみ。臭いが髪につくのだわ」

「えっ、あぁ、ごめん」


 ソファーに座らせっ、乗せた? 存在に文句を言われて換気扇の下まで移動する。

 手にはタバコと灰皿。ファンを回せば紫煙が上へ上へと吸い込まれていった。


「肩身狭いなぁ私の家なんだけど」


 煙を目で追いかけながらぼやいても仕方ない。

 部屋の片隅に置かれたありふれた事務机と書類棚。

 依頼人の話を聞くために作られたそこそこいいテーブルとソファーで作った応接室。

 ここは私の家だけど同時に探偵事務所でもある。


「このソファー悪くないのだわ。気に入ったのだわ」


 今そこにはお客様が来ている。

 いや、私が拾って持って来た。


「ほんとに生きてるのね」


 吸い終えたタバコを灰皿に押し付け簡素な間仕切りの内側に戻る。


「それで今日一日歩き回ってみたけど何か感じた?」


 いくら家主が私でも探偵である以上依頼人の意向は優先すべきで。


「まったくぜんぜんなにもなしなのだわ」


 相手がしゃべる生首でもそれは変わらなかった。


 体があれば肩甲骨ぐらいまでありそうな銀髪と青い瞳の生首は自らをエリスだと名乗った。

 私達が住む世界とは違う場所で生きる、頭と胴体が別々でも生きれる『デュラハン』と呼ばれる種族の十二歳。

 人外でも楽しめそうな催しをこっちでしているなと興味本位でやって来て、ハロウィンのイベントに参加したら仮装の人混みに飲まれて体とはぐれてしまった、と。


「自分の体が近くにあると何か感じる、ってのは確かなのよね?」

「確かなのだわ。ビビッ! とくるのだわ」


 聞いてもないのにペラペラ話されたのが昨日の朝。

 騒ぎになる前にと咄嗟に抱えて持ち帰った事務所で改めて聞いても荒唐無稽すぎて、正直。


「ビビッ! かぁ……抽象的すぎる」


 自分が狂ったのかと思ったけど、私の妄想にしてはファンタジーすぎる内容。

 触った時に伝わってきた温度、質感。

 行動を共にして深めた親睦がこれは現実なのだと拒むことを許してくれなかった。


「でもまぁ、そのビビッ! と目撃情報頼りに探すしかないよなぁ今のとこ」


 変わった職種の変わった分野が私の生業。前任の探偵の下で見習いをしてた頃からずっとそう。

 自分に危害が及びかねない曰く付きの箱やヤクザの小指と比較すれば幾分かマシだとベッドも兼ねているソファーに体を預ける。


「なんだかもがみ落ち着いてるのだわ」


 視線を動かせばエリスの青と目が合う。


「あたしみたいな存在普通驚かない?」

「それエリスが言っちゃう?」


 まさか本人から言われると思ってなくて笑ってしまう。

 別の世界からの存在と出会うなんて経験初めてだし全然まだ困惑してる。

 それでも落ち着いてるように見えるのは、多分。


「失くしたモノがあって、探してほしくて、報酬くれるって言うなら。探偵の私にとっては種族問わず依頼人ってだけよ」


 ただ単に厄介と奇妙に慣れているだけであった。



 十一月二日。夜。

 生首の少女エリスから『自分の体を探してほしい』という依頼を受け捜査を始めた。

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