第5話:朝のルーティンと旅支度
小鳥たちの賑やかなさえずりで、僕は目を覚ました。
シェルターの隙間から差し込む朝日が、キラキラと舞う埃を照らし出している。身体の節々が痛むかと思っていたが、意外にもそんなことはない。厚く敷き詰めた枯れ葉が優秀なクッションになってくれたおかげか、実に快適な目覚めだった。
「……朝、か」
シェルターから這い出すと、ひんやりと澄んだ朝の空気が肺を満たした。夜の間に燃え尽きた焚き火からは、まだ白い煙が細く立ち上っている。森は夜の静寂が嘘のように、生命の活気にあふれていた。
無事に、異世界での最初の夜を乗り越えた。その事実が、じわじわと腹の底から込み上げてくる安堵感と達成感に変わっていく。
「さて、と」
まずはステータスの確認だ。昨夜はMPだけでなくHPまで消費してしまった。果たして回復しているだろうか。
僕は心の中で「ステータスオープン」と念じた。
【名前】ハヅキ・キノシタ
【年齢】24
【種族】人間(ヒューマン)
【職業】なし
【レベル】1
【HP】10/10
【MP】15/15
【スキル】
・植物操作 Lv.1
「よかった、全回復してる」
昨晩では減少していたHPが、満タンの10に戻っている。MPは昨日の探索で少し消費していたが、そちらも当然のように全回復していた。
「そうか……! スキル使用で消費したHPは、疲労みたいなものなのかもしれないな」
つまり、モンスターに攻撃されたり、怪我をしたりといった「外傷」によるHP減少とは違い、スキルで無理やり生命力を前借りした分の消費は、一晩ぐっすり眠ることで回復する、ということらしい。
これはとてつもなく大きな発見だった。
MPが尽きても、HPを1か2くらいなら、緊急時に躊躇なくスキルを使うことができる。行動の選択肢が格段に広がった。
僕は小川で顔を洗い、喉を潤した。冷たい水が、まだ少しぼんやりとしていた頭をすっきりとさせてくれる。
さて、朝食だ。
僕は昨日仕掛けた魚獲り用のカゴを確認しに、川の中を覗き込んだ。すると、昨日と同じくらいの大きさの魚が、なんと四匹もカゴの中でもがいている。
「すごいな、これ。入れ食いじゃないか」
この小川は、魚が豊富らしい。これなら当分、食料に困ることはなさそうだ。
僕は魚を手早く処理し、昨日と同じように串焼きにしていく。焚き火を起こすのも、二度目となれば手慣れたものだ。火打ち石で火花を散らし、火口に火を移し、ふーっと息を吹きかけて炎を育てる。この一連の作業が、なんだかとても楽しく感じられた。
焼きたての魚を頬張りながら、僕は今後の行動について考えを巡らせていた。
この場所は、水も食料も安定して手に入る、素晴らしい拠点だ。シェルターも作った。このままここに定住し、畑でも作って自給自足のスローライフを送る、という選択肢も悪くないかもしれない。
……いや、ダメだ。
確かに魅力的ではあるが、問題が山積みだ。まず、塩がない。このままでは味気ない食事を続けることになるし、何より、塩分不足は生命に関わる。服も今着ているもの一着きりだ。いずれはボロボロになるだろう。それに、夜に聞こえた獣の遠吠えも気になる。今は焚き火でやり過ごせているが、もっと大型の、火を恐れない魔物のような存在がいないとも限らない。
「やっぱり、人里を探すべきだよな」
結論はすぐに出た。
目標は、人間が住む村や街を見つけ、文明的な生活基盤を確保すること。
そのためには、ここを離れて移動を開始する必要がある。
「となると、旅の準備が必要だ」
まず必要なのは、水を運ぶための「水筒」。そして、食料や道具を持ち運ぶための「カゴ」か「袋」だ。
僕は食べ終えた魚の骨を焚き火に放り込みながら、周囲の植物に目をやった。
水筒になりそうなもの……。ヒョウタンのような実がなっていれば最高だが、残念ながら見当たらない。竹のような植物もない。
「……待てよ。植物そのものじゃなくて、樹皮を使うのはどうだ?」
樺の木の樹皮は、防水性が高くて燃えやすいことで知られている。前世の知識だ。その樹皮をうまく加工すれば、簡易的な器や袋を作れるかもしれない。
この森に樺の木に似たものがないか、探してみる価値はありそうだ。
次に、荷物を運ぶためのカゴ。これは昨日作った魚獲りカゴの応用でいけるだろう。丈夫なツルを編んで、背負える形にすればいい。いわゆる
そして、食料。移動しながら魚を獲れるとは限らない。保存食が必要になる。
「干し魚、かな」
魚を開いて、焚き火の煙で燻しながら乾燥させれば、燻製になって保存性が高まるはずだ。幸い、魚は有り余るほどいる。
「よし、決まった。今日の目標は、旅の道具作りと保存食作りだ」
やるべきことが決まると、身体に力がみなぎってくる。
僕はまず、背負子を作るためのツルを探しに、少しだけ森の奥へと足を踏み入れた。
昨日見つけたツルよりも、もっと太くて丈夫なものが欲しい。
【植物操作】を使い、邪魔な下草をかき分けながら進んでいく。MPの残量を気にしつつ、効率的に探索を進める。
「ん……?」
しばらく歩いていると、僕は地面にある不自然な痕跡に気がついた。
それは、道と呼ぶにはあまりにも心許ないが、明らかに他の場所とは違って下草の生え方がまばらで、地面が踏み固められているように見える場所だった。幅は50センチほどで、まるで獣が日常的に通ることでできた「獣道」のようだ。
「獣道か……。辿れば、水場や縄張りに繋がっている可能性があるな」
注意深くその痕跡を辿っていく。しばらく進むと、僕はさらに奇妙なものを発見した。
道の脇にある木の幹、地上から1メートルほどの高さに、何かで削られたような、深い傷跡が残っていたのだ。傷は三本。鋭い爪で引っ掻いたように見える。
しかし、その傷の断面は、やけに滑らかだった。まるで、鋭利な刃物で付けられたかのように。
「爪痕……じゃないのか? だとしたら、斧か何かの……?」
だとしたら、これは獣道ではなく、人が通った道の名残なのかもしれない。
期待と不安が入り混じった気持ちで、僕はさらにその道らしきものを進んでいった。
すると、視界の先に、キラリと何かが光を反射するのが見えた。
僕は警戒しながら、ゆっくりとそれに近づく。
それは、地面に突き刺さるようにして立っていた。
柄は朽ち果てて失われているが、錆びついた金属の穂先が、それが「矢」であったことを示していた。
間違いない。人工物だ。
「人が……近くにいる、もしくは、いた……!」
この矢は、僕がこの世界で初めて見つけた、文明の痕跡だった。
僕は錆びた矢尻をそっと引き抜き、手のひらに乗せた。ひんやりとした鉄の感触が、僕に希望と、そしてかすかな緊張感を与えていた。
この道の先には、一体何が待っているのだろうか。
僕は矢尻をポケットにしまい、決意を固めた。
この道を、進もう。
その前に、まずは万全の準備を整えなければ。
僕はやるべきことを再確認し、足早にシェルターのある拠点へと引き返し始めた。
背負子、水筒、保存食。そして、もしかしたら必要になるかもしれない、自分の身を守るための「何か」を。
僕のサバイバルは、新たな目標を得て、次の段階へと進もうとしていた。
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