第6話:水筒作りと燻製の香り
拠点に戻った僕は、早速旅支度のための作業に取り掛かることにした。
見つけた獣道らしき痕跡。そして、錆びた矢尻。この先に人里がある可能性は高い。
しかし、どれくらいの距離があるかは全く分からない。準備を怠れば、道半ばで力尽きることにもなりかねない。
僕はまず最優先課題である「水筒」作りに取り掛かった。
川岸を歩きながら、僕は前世の知識を頼りに、目当ての木を探す。樺の木だ。白い樹皮が特徴で、防水性が高く、様々な加工に適している。この森に同じものがあるとは限らないが、似た特徴を持つ木ならあるかもしれない。
「白い樹皮、白い樹皮……」
ぶつぶつと呟きながら木々の幹を一つ一つ観察していく。ほとんどは茶色や黒っぽい樹皮の木ばかりだったが、しばらく歩くと、ひときわ目を引く一本の木が視界に入った。
その木は、幹の直径が30センチほど。樹皮の表面が紙のように薄く剥がれかけており、その下の新しい樹皮が、まるで磨かれた象牙のように滑らかな乳白色をしていた。
「これだ! きっと、この世界の樺の木に違いない!」
僕は木の幹にそっと触れてみた。しっとりと、それでいて強靭な弾力を感じる。これなら加工できそうだ。
僕は【植物操作】を使い、木の幹から樹皮をシート状に綺麗に剥がし取った。もちろん、木そのものを枯らしてしまわないよう、必要最小限の量だけを、慎重に。
手に入れた樹皮は、大きさ60センチ四方ほど。これを円筒状に丸め、重なる部分をどうやって接着するかが問題だ。
「接着剤の代わりになるもの……
再び周囲の森を観察する。松に似た、針葉樹の仲間を探す。
すると、幹から半透明の、琥珀色をした樹脂が滲み出ている木を見つけた。指で触れてみると、ねっとりと粘り気がある。匂いを嗅ぐと、鼻にツンとくる、爽やかで独特な香りがした。テレピン油の匂いだ。これは使える。
僕はその樹脂を、木のヘラで丁寧に削ぎ集めた。
拠点に戻り、僕は焚き火で集めた樹脂をゆっくりと温めた。熱すると、樹脂は粘性の高い液体に変わる。これを接着剤代わりにするのだ。
円筒状に丸めた樺の樹皮の重なり部分に、熱した樹脂を塗り込み、冷えて固まるのを待つ。さらに、底になる部分にも円形に切り出した樹皮を当てがい、同じように樹脂で接着して防水処理を施す。
仕上げに、細く裂いたツルで飲み口の周りと胴体を縛り上げ、補強と持ち手を作った。
三十分ほどで完成した即席の水筒は、見た目こそ無骨だったが、機能的には申し分なさそうだった。試しに小川の水を入れても、どこからも水漏れはしない。
容量は500ミリリットルほどだろうか。これで移動中の水分補給の問題は解決だ。僕は完成した水筒を肩から斜めに提げ、その出来栄えに一人悦に入っていた。
次に、背負子作りだ。
これは昨日シェルターを作った時の経験が活きた。太くて丈夫なツルを数本選び、【植物操作】で自在に曲げながら、梯子のような形に編み上げていく。スキルのおかげで、結び目は強固になり、歪みも少なく仕上がった。肩に当たる部分には、柔らかい葉を何重にも巻きつけてクッションにする。これで重い荷物も運びやすくなるはずだ。
そして最後に、保存食作り。
僕は魚獲りカゴで新たに捕まえた魚を、次々と処理していく。腹を開いて内臓を取り出し、中骨に沿って身を開く。いわゆる「開き」の状態だ。
これを、シェルター作りの時に余った細い枝に刺し、焚き火の上、煙がよく当たる場所に吊るしていく。
じっくりと、時間をかけて水分を飛ばしながら、煙で燻していく。
やがて、辺りには魚の焼ける香ばしい匂いと、燻煙の独特のスモーキーな香りが混じり合った、食欲をそそる匂いが立ち込め始めた。
「いい匂いだ……。これは成功だな」
煙で燻すことで、殺菌効果と防腐効果が高まり、ただの干物よりも格段に日持ちがするようになる。味にも深みが出るはずだ。
僕は完成した燻製を数本、試食してみた。
水分が抜けて身が締まり、旨味が凝縮されている。噛むほどに、スモーキーな香りと魚本来の味が口の中に広がった。塩味がないのが唯一の欠点だが、それでも十分に美味い。これなら保存食として、そして移動中の行動食として、大いに役立ってくれるだろう。
水筒、背負子、そして保存食。
旅に必要な三種の神器が、僕の知識とスキルによって、ゼロから生み出された。
僕は完成した背負子に、出来上がった魚の燻製と、予備の火打ち石、そしてあの錆びた矢尻を丁寧にしまい込んだ。
空を見上げると、太陽はすでに中天に差し掛かっている。
今から出発するには少し遅いかもしれない。今日はここで最後の一夜を過ごし、万全の状態で明日の早朝に出発しよう。
僕は自分で作り上げたシェルターを眺めた。たった二日間の拠点だったが、妙な愛着が湧いている。
「名残惜しいけど、仕方ないな」
スローライフは、人里を見つけて、安全が確保できてからだ。
僕は最後の夜に備えて、いつもより多めに薪を集め始めた。
明日から、僕の本格的な旅が始まる。期待と、ほんの少しの不安を胸に、異世界の夜は静かに更けていった。
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