第28章 地獄
季節が、音もなく過ぎていった。
入院から四か月。
リナの病室には、いつも同じ朝があった。
白い天井。滴る点滴。
酸素の管が、彼女の小さな頬に貼りついている。
「おはよう」
ユイは毎朝、リナに笑顔でそう言う。
けれど、その声の奥には、昨日と同じひび割れがあった。
シュンは何も言えないまま、カーテンを開け、
何度も見た同じ景色を見つめる。
「もう少しで、クリスマスだよ」
シュンの言葉にリナは口だけが笑顔になる
「やった……サンタさん、来る?」
「ああ。もちろんだよ」
ユイは耐えきれなくなり、席を外した。
「ママ、どうしたの?」
「サンタさんに“ちゃんと来てね”って、お願いしに行ったんじゃないかな。ほら、ママって忘れっぽいだろ?」
「ふふ。そうだね」
「あ。パパが言ったことは“しぃー”だよ?」
「しぃー」
胸が締めつけられる。
(こんな……こんなこと、いつまで続くんだ。
——治療法は、本当にないのか?)
リナは日ごとに軽くなっていった。
髪を失い、まつげが抜け落ちても、
「ママ、かぜなおったよ」と笑ってみせた。
ユイは頷き、震える手で娘の頭を撫でる。
点滴の滴る音が、季節を刻むように続いていた。
夜。
シュンがリナの寝顔を見つめていると、洗面所から泣き声が聞こえた。
近づくと——
「ううう……ごめん……ぐ……ごめんねぇ……」
必死に押し殺そうとしても、あふれ出るような嗚咽。
シュンは何も言えず、
ただ壁に背を預けて立ち尽くしていた。
おれは一体何をしてるんだ?
妻は自分を責め続け——
こんなに小さい子が…髪の毛もない
神は一体何をしているんだ?
なんで——
何もできない?
翌朝も医師の説明は、いつも通り淡々としていた。
数字が下がるたび、希望の単位も減っていく。
もう、奇跡という言葉すら使われなくなった。
クリスマスの当日、リナはほとんど話せなかった。
ケーキを用意していたのに、ろうそくの火は一度も灯らなかった。
その夜、ユイは小さなツリーに灯をともした。
光は確かにあったのに、リナの瞳はもう反応を示さなかった。
ユイは、眠る娘の手を握りながら笑った。
「ねえ、シュン……この子、ちゃんとがんばったね」
その笑みのまま、頬を濡らしていた。
シュンは答えられなかった。
何かを言えば、崩れるのが分かっていたから。
それは——静かな地獄だった。
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