第32話 都大会準決勝 桜見VS東王5

「やられた! くそ!」


 堪えきれず与一へ向かってしまった事を深く悔いているのか、剛源の表情からは悔しさが強く出ていた。


「すいません……!」


「康太のせいじゃないよ、相手が凄かった……それだけの事だからね?」


 自分がボールを取られた事で失点したのを気にして、秋城は項垂れながら謝罪の言葉を口にする。

 その後輩を光流は励まし、メンタルケアを怠らない。


 東京王者の東王としては予期せぬ失点で、自分達が先制ゴールを決められる事は隨分と久しぶりに思えた。


 点を取られる事はあっても大抵は先に自分達が取っていたが、後半でリードを許して追い込まれる展開となる。


「(──ふぅ、時間は……10分と少し。アディショナルタイム含めたら15分前後ってところか)」


 失点に悔しさを見せていた剛源。

 それでも大きく息をすれば落ち着きを取り戻していく。


「前には出るけど攻め急ぎはするな。焦って高く上げたりしたら例のGKに取られるだけだ」


 キャプテンとして剛源は冷静にチームへ攻め方を伝える。



「(新田の疲れは少し出てきてるから、タイミングは此処か)」


 竜斗が桜見ベンチの方を見れば神奈と目が合う。


「マネージャー!」


 呼びかけながら竜斗は両手で交代だとサインで言い、それを見た神奈はベンチから立ち上がって若葉の元へ向かう。


 疲労の色が出て来た新田と若葉が交代で入り、堅山戦の時と同じく左サイドバックとして出場だ。



「此処……守りきろぅ〜……!」


 不慣れなコーチングで影二が声を出す。

 声は小さくて皆に聞こえてるのかどうか、怪しいレベルではあるが。


「皆ー、ヤミーが守ろうって言ってるから完封で行こうー!」


 そこに与一が手を叩きながら影二の分まで声を張り上げ、彼の意思をチームに伝えていた。


「竜斗──」


「おう、あいつら……目がすっげぇガチになってやがる」


 楽斗と共に竜斗は向かい合う東王の選手達を見ると、先程までの雰囲気から一変しており、一瞬怯みそうになってしまう。


 だが、これからが勝負だと感じた桜見のキャプテンと副キャプテンは互いの拳を合わせ、残り時間しっかり戦おうと無言のエールを送り合った。



「っと!?」


 中盤で剛源が和田とのワンツーで楽斗を躱し、自ら桜見ゴールへ迫る。


「中央突破! カバー!」


 ゴール前から輝羅が相手はサイドじゃなく、中央の突破を狙って来るとコーチング。

 光流が左サイドを素早く駆け上がっているが、あの動きは囮で本命は中央から上がる剛源。


 そして桜見ゴール前の秋城だ。


 剛源は右足で速いパスを蹴って来ると、一直線で秋城の元へボールが飛ぶ。


「(通さないってー!)」


 通るかと思えば与一が秋城の前に飛び出し、剛源が蹴ったシュートのようなボールを左足で蹴り返す。


「(ち……! 勘の良いチビだな!)」


 狙いを心で読まれてるとは知らずに与一を勘の良いチビだと思って、剛源は自らスローインの球を取りに行く。


 そして自らボールを持つと助走を取った。


「どらぁぁぁ!!」


 気合の雄叫びを上げればボールを思いっきり放り込み、桜見ゴール前にクロスボールが蹴られたような球が上がる。


 これを大橋が頭でクリアすると、ゴール前へ転がるセカンドに光流が向かう。


「(此処を止めないと!)」


 交代で入った若葉は光流が迫っているのが見えて、彼がボールを取ると共に目の前へ立ち塞がった。


「わわっ!?」


 ただ、初顔合わせで光流のスピードに慣れていなかったのか、若葉は光流がボールを持った途端、素早い動きをされて対応が出来ない。


 アシストを続けていた光流だが、自ら左足を振り抜いてエリアの外からミドルシュートを撃つ。


 剛源のような一直線の弾丸シュートと違い、コースをついた球でゴール左隅にボールは飛んでいた。 


 バシィンッ


 それを輝羅はシュートコースに素早く飛び込むと、正面でボールを受け止めてキャッチする。


「(良い所に蹴れたと思ったのに、あれを取っちゃうのか……!)」


 光流は内心驚く。

 良いコースに自分としては狙えたはずが、輝羅に取られてしまった事に対して。


 輝羅の方はボールをすぐには出さない。

 GKは手に持ったら8秒以内に球を出さなければならないルールで、その時間をギリギリまで使ってから蹴り出す。


 ターゲットを探しつつ、時間も使うという2つの狙いがあった。



「(後5分か……!)」


 東王の監督が右手に着ける腕時計へ目をやると、試合終了の時が近づいてるのが分かってしまう。


「DF! もっと押し上げろ!」


 3バックのDFに対して監督から上げろと指示が出て、3人が高い位置に向かっていた。

 1点負けているので守りに入る理由など何も無い。

 同点ゴールを狙う為、後ろのスペースが空く事も覚悟しての攻撃的守備だ。


『(輝羅、相手DFさっきより上がって来てるよー)』


『(向こうは負けてるし、そう来るだろうね。同点狙うには失点リスク背負わないといけないだろうし)』


 相手DFが先程より高い位置に来たのは双子も気づき、プレーが止まったタイミングでテレパシーが行われる。


『(だったら此処は王者の心をへし折る為に、とどめを刺そうか♪)』


『(了解、楽にさせてあげようー♪)』


 与一、輝羅の2人とも悪巧みをしていて、このまま逃げきるのではなく追加点を狙う。


 それが勝つ為の最適な道程だと迷いは一切無い。



「はぁっ……!」


 再三左からの突破を見せていた光流だが、此処に来て息が乱れて動きは鈍くなってくる。

 リードされている精神的な面もあってか、普段の試合よりも今日は疲労が重く、のしかかっていた。


「(不味い、普段より光流に頼ったせいか限界が来てる……)」


 光流のスタミナが限界近いのは剛源も見ていて分かり、左から突破する為に彼を動かし過ぎたツケが回る。


「(なら、狙いは──)」


 ボールを要求しようと剛源は右手を上げると、パスを受けて前を向く。


 するとセンターサークル付近にも関わらず、剛源の右足は振り抜かれて桜見ゴールへ飛ばされた。


 大きくボールが上がると、そこから下へ向かって落ちる。

 時間も残り少ないので一か八か、剛源はドライブシュートによる超ロングシュートを放つ。


 上からなら与一のブロックに阻まれる事は無いだろうと。


「(良いシュート持ってるじゃん!)」


 鋭く落ちてゴールマウスを捉えて来る球に、輝羅は垂直に高く飛べば両腕をボールへ伸ばす。


 バシィィンッ


 ボールをキャッチする音がすれば、輝羅の両掌には球が収まっていた。

 奇襲のロングシュートも見破り、完璧なキャッチングを魅せる。


『(与一、行くぞ!)』


『(何時でもどうぞー♪)』


 テレパシーのやり取りから輝羅は右足のパントキックを蹴った。


 ボールは味方と相手の間をすり抜け、何時の間にか上がっていた与一に渡る。


「! 寄せろぉ!!」


 それを見た剛源の脳裏に過ぎる与一のドリブル、あれが再び来るとプレスへ向かうよう叫ぶ、


 だが、すぐに与一は右足のパスを左サイドに出していた。


 左には交代で入った若葉の駆け上がる姿が見えて、全速力で与一のパスに向かう。

 DFがラインを高く上げた事で、後ろのスペースはガラ空きだ。


 若葉はDFの裏へ抜け出すが、ボールは前方を飛びながらも左のタッチラインを割ろうとしている。

 これではパスが通らず失敗となってしまう。


「!?」


 追って走る若葉も間に合わないと思った時、彼の目が見開かれる。


 ボールがラインギリギリでバウンドすると、前へ跳ねる事なく真上へ上がっていたのだ。


「 (何だあれは!?)」


 ゴール前にいるGK大岸も驚愕していて、会場が信じられないボールの動きを目撃する。

 その中で若葉が取ると、ボールを軽く前へ蹴り出しながら走るようなドリブルで進む。


 スピードに特化した『ラン・ウィズ・ザ・ボール』と呼ばれる種類のドリブルだ。


 このまま若葉は大岸と一対一になり、大岸は前に出てシュートコースを狭めに行く。

 それを見た若葉が左足の甲を使ってボールを蹴り上げた。


 フワリとGKの頭上を超える柔らかい球を蹴った『チップキック』が、吸い込まれるようにゴールマウスへ入る。


 ダメ押しのゴールが決まると若葉の元へチームメイト達が集まり、得点を決めたヒーローは手荒い祝福をされていく。


「(終わった……!)」


 土壇場で点差を広げられ、剛源は腰に手を当てると天を仰ぐ。


 その瞬間に試合終了の笛がフィールドに鳴り響いていた。



 桜見2ー0東王


 竜斗

 若葉


 マン・オブ・ザ・マッチ

 神明寺与一


 ────────

 与一「勝ったー! やってくれたねスーパーサブ♪」


 若葉「僕というより与一先輩のパスがエグいです! 何でそんなパス出来るんですか!?」


 与一「練習次第で君も出来ると思うから、頑張りなさい若人よー♪」


 竜斗「お前も充分過ぎる若人だろうが」


 輝羅「そんな訳で次回は都大会の決勝進出祝いに皆で焼肉行きまーす♪さらに次に戦う相手も明らかに!」


 与一「 焼肉!? カルビとかタン塩とかロースに美味しいの沢山あるから食べようー♪」

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