第33話 英気を養った後に知らされる決勝の相手
「まだ焼けない〜?」
「焦らされるなぁ〜」
与一、輝羅の2人が熱を帯びた鉄板の上で焼かれる肉の前で、そわそわと落ち着かない様子を見せている。
「こういうのは完璧な焼きじゃないと美味しいお肉にならないから」
拘っているみたいで神奈は肉の表と裏をトングでじっくり焼いており、彼女の目はマネージャーとしての仕事をしている時より真剣に思えた。
「んっ……よし、美味しい」
「「いただきまーす♪」」
神奈が焼き具合を確かめ、試しに一枚食べれば焼き加減が絶妙で肉の美味しさが伝わる。
大丈夫と言う妹の言葉を受けてから双子の兄2人は手を合わせ、一斉に焼き上がった肉を皿に乗せて食べていく。
「焼き加減最高〜♡美味しい〜♡」
「柔らかさあってジューシーだぁ〜♡」
2人とも焼肉の美味しさを堪能し、肉の焼ける音と香りに食欲を刺激され続けたせいか、何時にも増して食べる勢いが凄かった。
神奈も食べながら次の肉を焼き始めている。
「試合の後に食う焼肉ってやっぱ美味いなぁ〜」
「ビビンバも追加で……!」
違う卓で楽斗や影二達が焼けた肉を食べており、それだけでは物足りず追加のメニューを次々と注文。
「ちゃんと赤身肉や米も食っとけよー」
「アスリートにとって食事は大事ですからね」
竜斗は主に赤身肉を中心に米も食べて、体の事を考えての食事。
それを後輩の若葉は見習い、竜斗と同じメニューと量を平らげていた。
「(ふう〜、食べ放題にしておいて良かったぁ……そうじゃなかったら私の財布が氷河期を迎えていたかも……)」
今日の試合で東王を倒し、初の都大会決勝進出を決めた桜見サッカー部に対して、遊子から褒美に焼肉へ行こうと提案。
自ら言い出した事だが、腹を空かせた中学生の食べっぷりを目の当たりにすると、普通の焼肉屋だったら財布の中身が空になってたかもしれない。
冷や汗をかきつつ遊子も大盛りのライスをお供に、ロースやカルビといった肉を堪能する。
「試合後の焼肉どハマりしそうだって〜、神過ぎる〜♡」
「イタリアだと試合後に何を食ってたんだー?」
「炭水化物の摂取でパスタとか多めかなぁ。1週間に1回のペースでピザも出たりと、あれも美味しかったね〜」
幸福の真っ只中にいる与一を違う卓から見ていた霧林から、イタリアでどんなの食べてたのか問われた。
それに輝羅は当時の食事を思い出しながらも、肉を食べる手を止めない。
「ああそっか、試合後の炭水化物とかすっけぇ大事だからなぁ。イタリアだと米じゃなくてパスタなのか」
「そればっかりだと飽きるからリゾットとかも出て来たよー。パンチェッタのリゾットとか美味しかったよね♪」
「輝羅兄さん、それ好きで次に食べられるの何時なんだろってなってたし」
兄妹でイタリアでの思い出話を食べながら語ると、ふと楽斗は気になる。
「あれ、意外とイタリアじゃドリアとか食べないんだなぁ。リゾット派が多いんだ?」
「イタリアにドリアは無いよー、あれは日本発祥だからー」
「え、無いのか!? イタリア料理と思って食ってたけど、思いっきり日本食だったのかあれ」
「そうだよー、ついでにナポリタンも無いからねー?」
勉強の苦手な与一だがイタリアに関する知識は色々持っていて、知らなかった楽斗へ事実を伝えていく。
「はぁ〜……流石に肉もご飯もビビンバも食べてシメに冷麺も食べたから……お腹いっぱい……」
影二は結構食べたようで、満腹な腹に軽く触れていた。
「あ、肉とライス追加で」
そこに竜斗が追加の肉や米を頼み、これを見た影二を驚かせる。
「僕も真似したいけど……もうデザートぐらいしか入らない〜」
真似して竜斗と同じ量やメニューを食べ続けた楽斗だったが、彼の胃袋までは真似出来ず満腹状態を迎えてしまう。
「竜斗……大食いファイターなれそう……!?」
影二からすれば竜斗にサッカー以外の可能性が見えていた。
こんな風に色々喋り、食事でお腹を満たしながらも交流を深めたりと、時間はすぐに過ぎ去っていた。
部員達は満足行くまで焼肉を堪能すれば、その日は解散となる。
☆
「うーん、焼肉食べたせいか調子良い〜♪」
試合の翌日、サッカー部にて与一や試合に出場したメンバー達は、軽めのメニューで体を動かして調整する。
「デザートのメニューも豊富だったからなぁ〜。バニラアイスにミルクレープやチョコレートパフェとか〜」
昨日の焼肉の余韻が離れないのか、与一と輝羅は揃ってまた同じ店に行きたいと望んでいた。
「都大会の決勝は王坂になりそうか?」
「総合力が東王と同じぐらい高いから……多分上がって来ると思う……」
霧林が決勝の相手は何処になるのかと、柔軟運動しながら予想をしていると影二も小声で参加。
2人とも王坂が勝ち上がって来ると予想する。
「決勝の相手が決まりました」
そこにタブレットを持った神奈がやって来て、部員達はグラウンドに集まっていく。
「決勝の相手は──柳石中学です」
「!?」
神奈から告げられた決勝の相手は、部員達の予想した中学とは違う。
王坂は柳石の前に敗れてしまったようだ。
「王坂が負けた……柳石って今年そんな強かったのか?」
「というか柳石どんなチームだ……!?」
部員達の間にも驚く者が続出していて、王坂が勝ち上がると見た者が多かったらしい。
「柳石中学は過去に全国大会にも出ていましたが、近年は全国どころか関東大会出場も遠ざかって都大会止まり。中には堕ちた古豪と噂する者もいるぐらいです」
「堕ちたはずが上がって来たんだねー。余程すっごい力を付けたのかな?」
「おそらく彼の存在が大きいかと」
古豪の上がって来た理由を考える輝羅に神奈がタブレット画面を見せた。
「あれー、この人はー……」
輝羅と共に与一が画面に映る人物を覗き込むと、つい最近会った顔が映っている事に気づく。
「あいつ……今は何処の学校とか言ってなかったけど、此処だったのかよ」
同じように画面を見る竜斗の前には柳石のユニフォームを纏う、桜見の公園で出会った古神星夜の姿が映っていた。
「(星夜さん……! サッカー辞めたって聞いたけど、また始めたんだ……)」
部員達も神奈からタブレットを受け取ると皆が星夜の姿を見る中、若葉は彼に対して他と違う驚きを持つ。
「ワカバ、彼と知り合いっぽい感じがしたけどー?」
「え!?」
急に与一から陽気に肩をポンと叩かれ、若葉の方は何で分かったんだと驚く。
答えは簡単、与一が若葉の心を読んで分かったからだ。
「確かに同じチームでした……柳FCで僕は主にベンチで試合は全然出れなかったですけど星夜さんは本当、スターって感じで凄かったんですよ」
「それは俺も見てて知ってる。小学生離れしたシュート、ドリブル、パス、それに守備と全てにおいてレベルが違ったからな」
当時、天才小学生として騒がれ、星夜に注目が集まっていたのは若葉だけでなく竜斗も知っている。
「けど、あの人は言ってたんです──」
「今のサッカーは熱くなれないし、つまらなくて長続きしそうにないから辞める」
これがチームを卒業する日に言った彼の言葉で、星夜はサッカーを辞めた。
「敵無しの無双状態だから、張り合い無くて面白く無いってなっちゃったんだろうねぇ。傲慢な天才って感じかも」
「まぁ……気まぐれで読めない所があったりと、チームを振り回す所もありましたからね……」
まだ会っていない楽斗としては星夜に対して傲慢なイメージが膨らみ、若葉も苦笑する。
「けど色々なスポーツを経験したりと、古神の身体能力は間違いなく規格外。でなきゃ王坂を倒すまでは行かないだろ」
「奢ってくれた良い人だったけどなぁ〜。戦わなきゃいけないのかぁ」
腕を組んで真剣に対策を考える竜斗の隣で、与一は彼と会った時を思い出す。
自分の過去の栄光を話していた時、心が冷めていた事を。
その彼の心が熱く、自分達に向かって来るのだとしたら、かなりの強豪になるかもしれない予感がしていた。
☆
「──次の相手は桜見となった」
柳石中学の部室で監督や選手達が決勝に向けて、ミーティングを開始。
各自が真剣な顔つきで桜見の対策を話そうとした時。
「ちょっと待て、古神はどうしたんだ?」
「あ、あいつまた……!」
監督の表情が厳しい物へと変われば、チームのキャプテンである小島康家(こじま やすいえ)が長い茶髪を揺らしながら部室から飛び出していく。
そこから真っ直ぐフィールドへ向かうと、彼の姿はあった。
「星夜! ミーティングだって!」
「興味無い」
センターサークルでボールをひたすらリフティングする星夜に、小島の大声が響き渡る。
「桜見についての情報も要注意も頭に入ってるし、わざわざ狭い部屋で確認し合うまでもないよ」
「いや、お前は分かっててもだなぁ──」
「それより僕は次を凄い楽しみにしてるんだ」
小島が更に言葉を口にしようとした時、遮るように星夜はリフティングを続けながら言う。
「やっと僕と張り合えるような相手、それが2人も居るからさ」
その言葉と共に右足で高くボールを蹴ると、落ちて来た所に左足をハイキックするように高く上げ、無人のゴールマウスへシュート。
30m程の距離だったが、弾丸のような速さで勢い良くネットに突き刺さっていく。
星夜の頭には与一、輝羅の双子の顔が浮かぶ。
────────
与一「焼肉最高〜♪」
輝羅「全国制覇とかしたら、また食べられるかなぁ〜?」
神奈「それは先生のお財布次第だと思うよ」
与一「じゃあ全国制覇して、また焼肉でー♪」
輝羅「目的の一番が焼肉になってきてるねー、次回は神童の居る柳石中学との戦いになるよー!」
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