第2話「龍の咆哮と、砂漠のリスポーン地点」

 それは落下を錯覚した直後の事。


「砂の味がする」


 目が覚めた瞬間、舌の上にざらっとした感触。

 鼻に入るのは、焦げた鉄と土の匂い。


「……うぇ、これ、口の中全部サハラ砂漠かよ……」


 思わず吐き出す。

 乾燥した風が頬を叩くたび、皮膚が切れそうだ。

 喉も痛い。水もない。クーラーもない。人権もない。


 視界に映るのは――赤黒い空と灰色の大地。

 太陽があるようで、ない。

 世界全体が、どこか“壊れかけのポストアポカリプス”みたいだ。


「……マジで異世界……。いや、死後の世界? もうどっちでもいいけどさ……」


 ため息が漏れた。

 思えば、オフィスでいつも愚痴ってた「異世界転移してぇ」ってやつ、

 本当に叶っちゃったら笑えねぇんだな。


 スーツにこびりついた砂を払う。

 シャツは汗と砂でバキバキ、ボタンは焦げてる。

 靴底は溶けて歪み、ネクタイはどこかの熱風に吹き飛ばされていた。


「……俺の“唯一の社会人装備”が……。

 ついにドレスコードすら違反かよ……」


 あまりの理不尽さに、乾いた笑いしか出ない。

 とりあえず周囲を見渡したけど、当然、人影なんてない。

 音も、生き物の気配も、まるでゼロ。


 ――静かすぎる。


 だからこそ、最初の“ドン”が、やけに鮮明に響いた。


 地面の下から、腹に直接くるような衝撃。

 続いて、ドン、ドドドン――と連続音。


「……地震? いや、違う。これ……足音だ……」


 振動がどんどん近づいてくる。

 まるで山が動いているような――


「……え、山が動いてる……?」


 いや、違う。

 山じゃない。


 頭上では、裂けた雲から赤い稲妻が走る。

 遠くに黒い影が揺れている。


 ぼやけた視界の向こうで、何かが“蠢いた”。



 最初はそう見えた。

 でも、目を凝らした瞬間――息が止まった。


 ただ、その目には敵意も慈悲もなく、

 “世界を観測する者”のような無垢な光だけがあった。


 胸の奥の光――《創生核》がかすかに共鳴する。


「……おいおい、いきなりラスボス規模とか聞いてねぇぞ……」


 息を飲む。

 風が鳴る。砂が舞う。


 巨大な瞳が、確かに“俺”を映した。


 そして、世界が――目を覚ます音を立てた。

 

 白銀の鱗が、荒れた空を反射して光る。

 巨大な翼が一度羽ばたくだけで、地平線が霞む。

 そのたびに砂嵐が生まれ、熱風が体を叩いた。


「……でっっっか……!? 

 映画とかのドラゴンなんて、あんなの“ペットサイズ”じゃん……!」


 人間のスケール感なんて、もう通用しなかった。

 ただ、存在そのものが“災害”。


 ――そして、そいつが俺を見た。


 黄金の瞳が、ゆっくりと細まり、

 その声が、頭の中に直接響いてきた。


『――貴様、何者だ。』


「……え?」


 音じゃない。脳の奥に直接響く。

 低く、重く、心臓の鼓動と共鳴するような声。


『この地は神々に棄てられし墓場。

 人の身でここに立つ者など、本来おらぬ。答えよ、人の子。貴様、何者だ。』


「えっ……と……会社員です!!」


『……かいしゃいん? 職種か? 神職の一種か?』


「違う違う! 書類とコーヒーで世界を回してた一般人!」


『……理解不能だ。だが、その胸の光……貴様、何を得た?』


 胸の奥がドクンと脈動した。

 熱が走り、白い光が滲み出す。


「な、なんか光ってる!? やばい! オフスイッチどこだこれ!?」


 光は脈動し、視界の前に青白いウィンドウが浮かんだ。


《起動確認――創生核オンライン》

《対象:徳島 栄次郎》

《アクセスレベル:初期》

《基本構文:創造/解析/修復》


「……すげぇ、“それっぽいUI”出た……!?」


『創造の光……人の身で、それを……。』


「いや、俺も説明ほしいんだけど!? “取扱説明書”どこ!?」


 すると、ウィンドウの端に小さく新しい文字が出た。


解析構文アナライズ発動可能》


「……アナライズ……? 分析、か……」


 直感で、俺は目の前のドラゴンに手を向けた。


「《アナライズ》!」


 光が弾ける。視界が一瞬で情報の奔流に飲み込まれた。


《対象:龍神王ヴァルザグレアス》

種族:古代龍/生存体

階位:神域級

属性:炎・風・時

好物:静寂

現在の状態:退屈中


「……退屈中!? 理由それ!?」


 光が消えた瞬間、巨大な瞳が細められた。

 竜じゃなくて龍なのか……神様だからなのかな?


『……貴様、我を視たな。

 我が名を、我が力を、ただの人の身で覗き見た。』


「え、いや、あの、それは……なんか自動で……!」


『久方ぶりだ。

 我を“見抜く者”など、千年は現れなかった』


 龍の喉が鳴った。

 それが笑い声だと気づいた時には、もう遅かった。


『よかろう。貴様が“創る者”か、“壊す者”か――試してやろう』


「えっ、いや、待って、テストとか聞いてない!!!」


 翼が広がる。

 空が鳴り、砂が爆ぜ、風が吠えた。


 次の瞬間、龍が咆哮した。


 それは音じゃない。衝撃だった。

 耳が割れそうなほどの圧。体が吹き飛び、地面を転がる。


「ぐっ……おおおおおおい! いきなり試験開始かよ!!」


 地面に手を突いて立ち上がる。

 足元に広がる亀裂、風圧で舞う砂。

 視界の端でウィンドウがまた開いた。


《緊急提案:創生構文・発動を推奨》

《質問:創りたいものをイメージせよ》


「えっ、そんな無茶ぶり!? いきなり“創れ”って!?

 俺、得意なのは“エクセル関数”くらいだぞ!?」


 龍が再び翼を広げる。

 熱風が襲いかかる中、俺は叫んだ。


「くっそ、やってやるよ!! 異世界初日から試験だなんて、上等だ!!」


 掌に光が集まる。

 熱い。けど、不思議と怖くない。


 胸の奥の《創生核》が鼓動し、光の粒が舞い上がる。


 とにかくなんでもいいっ。身を守る何かが作れれば――いや、創るんだっ!


「――創れ、《シールド》ッ!!」


 閃光が弾け、眩い半透明の壁が展開した。

 龍の咆哮がぶつかり、火と風が壁を削る。


「うおおおおっ……! ヤバい、ヤバい、でも……!」


 確かに感じた。

 恐怖よりも、少しだけ――“生きてる”感覚。


 砂嵐の中で、俺は歯を食いしばりながら笑った。


「――神様、あんたらの“廃棄物”、まだ壊れてねぇぞ……!」




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