第8話 パパ、今日は部活だから
制服姿の蓮城と乙音ちゃんを前に、俺は肺の底から重たい息を吐き出した。
ここんところ、ずっとこんな調子だ。
俺がスイラン
今日の梨檎は陸上部の練習が長引いているらしく、こいつらは俺が戻るまで忠犬のように待ちぼうけを食らっていたらしい。
「……上がりな」
呆れ半分で二人をリビングへ招き入れ、昨晩作った焼き菓子を皿に乗せて差し出した。
「んんっ、美味しいです……! 懐かしいお母さんの味みたい……」
一口食べた乙音ちゃんの目からほろりと涙が溢れる。
泣くほど美味いってか。
いやぁ、やっぱ女子に褒められると照れるな。ははは。
「サイコーっす! おっさんって、こんな菓子も作れるんっすね!」
対する蓮城は、クッキーを齧りながら下品に口を開け閉めしている。
それだけならまだしも、いつの間にか俺への呼称がおじさんからおっさんにランクダウンしていた。
相変わらず礼儀のなってない野郎だ。
「お前ら、部活とかないのか?」
「……えっと」
「おっさん、答えを知ってるくせに野暮なこと聞かないでくださいよ」
人見知り全開の乙音ちゃんはともかく、お前はどんな部活でも今すぐに行けるだろ……。
ヒロインの世話もしないなら予定など皆無だろうし、とっとと趣味でも見つけて視界から消えてもらいたいもんだ。
どうせ暇を持て余して、俺ん家に入り浸ってるだけなんだろうし。
「あっ、ちなみにおっさん。俺、学園を辞めることにしました」
「……は? 退学? 本気か?」
さらりと言われた爆弾発言に、俺は思わず眉を跳ね上げた。
「だってよく考えてみたら、意味ないんですよね。俺、もう大学出てますし。いまさら学園で学ぶことなんてないんすよ。それに正直、クラスメートたちが子供にしか見えなくて。精神年齢アラサーの俺には、あの中で青春ごっこするのはキツいっす」
「蓮城さん、達観してるんですね……。でも大学には、いつ行ったんですか?」
乙音ちゃんの純粋な疑問をスルーする主人公(笑)。
まあ、転生だの何だのと事実を伝えたところで、頭の痛い奴と思われるのがオチだ。
スルーは賢明な判断だろう。
てか、こいつ、俺より若くて俺より高学歴なのかよ。
そんな奴が「子供っぽい」と見下している女を相手に欲情しかけてる俺は一体……。
いや待て、登場人物は全員十八歳以上って説明書に書いてあったはずだ。
合法だ、うん。
「……で、今から仕事を探すのか? 前世では大卒だろうが、今のお前は中卒だぞ。雇い主は見つかるのか?」
「そう、俺も思ったんっすよ。現状だとホワイトなデスクワークは無理だって。だったら学歴不問、実力主義の仕事をやればいい。簡単なことじゃないっすか」
「なるほどな。で? 何をするんだ?」
「おっさん、何かアテはないっすか?」
……いきなり丸投げかよ。
これほど他力本願な主人公、いろんなエロゲを遊んできたが、一度も見たことがないぞ。
「あるわけないだろ……。俺はキャリアカウンセラーじゃ……いや、待てよ。もしかしたら一つだけ伝手があるかもしれん」
「本当っすか!?」
俺がシフトに入っていない時間帯、スイラン姐ちゃんは以前のように一人で店を回している。
俺には父親としての責務があるため、独身時代のように馬車馬のごとく働くわけにはいかないのだ。
幸い最近は俺の料理が評判を呼び、客入りも右肩上がり。猫の手も借りたい状況のはず。
これは、ちょうどいい機会かもしれない。
「お前、料理に興味はあるか?」
「料理? 全然できないっすね」
「問題ない。俺が一から叩き込んでやる」
「本当っすか!? 俺もおっさんと同じ味が出せるように……」
「そこまで上手くなる保証はないが、少なくとも人前に出しても恥ずかしくないレベルには、俺が最短で仕上げてやる」
「やります! いや、ぜひやらせてください!」
蓮城はガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、暑苦しいほどキラキラした瞳で俺を見つめてきた。
無駄に熱い。無駄に画になる。さすがは一応主人公だ。
「よし。そうと決まれば、明日の放課後『翠晶堂』へ来い。ネットには定休日って書いてあるが、店長のスイラン姐ちゃんがいるから心配するな。乙音ちゃんもついでにおいで。美味しいものをご馳走してやる」
「はいっ、ご一緒させてもらいます!」
***
「いらっしゃーいだヨ!」
翌日。三人揃って『翠晶堂』の暖簾をくぐると、スイラン姐ちゃんが出迎えてくれた。
今日はいつもの極彩色チャイナドレスと派手なメイクではなく、地味な灰色のセーターに黒縁メガネ。
図書館の司書にいそうな、落ち着いたお姐さんといった風情だ。
……もっとも、地味な服の上からでも主張の激しい胸部装甲は、乙音ちゃんといい勝負だが。
「よう、スイラン姐ちゃん」
「お休みなのに仕事熱心だネ、誠」
「この店には繁盛してもらわないと、一従業員としての俺の給料に関わるからな」
ほんと頑張ってるから給料を上げてくれ。
「おじゃましまーす」
俺に続いて、蓮城が店内に足を踏み入れる。
「おー、イケメン! 噂通りだね! 待ってたヨ!」
……別にこいつがイケメンだなんて伝えた覚えはないんだが。
まあ、これがスイラン姐ちゃん得意のリップサービスってやつだろう。
俺が来るまでこの店が潰れなかったのは、これを目当てに通っていた数少ない男の常連客たちのおかげだ。
「……は、はじめまして」
スイラン姐ちゃんは、気恥ずかしそうに縮こまる蓮城を、舐め回すような視線で頭のてっぺんから爪先までじっくりと値踏みする。
……もしかしてガチなのか?
ねーさんから、捕食者の危ないオーラを感じる。
「……お邪魔します」
最後に入ってきた乙音ちゃんは、遠慮がちに目を伏せていた。
「わー! 美人さんだネ! それに、おっぱいでかい! 誠の知り合い、みんなすごいヨ! 芸能学校の子たちかナ?」
挨拶代わりのセクハラと容姿褒めに耐えられず、乙音ちゃんは林檎のように顔を赤くした。
「お……おっさん……」
蓮城が俺に耳打ちしてくる。
「あの人……す、すげータイプなんだけど……」
「……ま、マジか」
精神年齢は近しいかもしれんが、この世界での実年齢は一回り以上……下手すりゃ二十は離れてるぞ。
「助言する。やめておけ。あれは地雷だ」
見た目は知的な美女だが、中身はてきとーそのものだ。
ろくに料理もできないくせに、「儲かるって親戚に聞いた」というあやふやな動機で開業。
おまけに営業許可証もなければ、行政への届出も一切していないという無法地帯っぷりだった。
俺がすぐに気づいて保健所へ頭を下げに行き、最低限の講習を受けさせていなければ、今頃この店には黄色いテープが貼られていただろう。
「スイラン姐ちゃん、今日の目的は蓮城のバイト面接ってことなんだが、何か聞きたいことはあるか?」
「採用でいいヨ!」
「いや、一つぐらい彼のことを知っておくべきだろ? 過去の実務経験とか、趣味とか学歴とか……」
「イケメンは即採用! 目の保養! 誠、研修は頼んだヨ!」
「……了解」
清々しいほど適当だな。知ってたけど。
……まあいい。俺も元からそのつもりだった。
「乙音ちゃん、俺と蓮城で料理を作るから、スイラン姐ちゃんと適当に話して待っててくれ」
「は、はい」
「乙音ちゃん、こっち行こーネ! おねーさんと女同士の話をしヨ」
「……わ、わかりました」
いきなり抱きついてきたスイラン姐ちゃんの指が際どい箇所に滑り込み、乙音ちゃんは「あふっ」と艶っぽい声を漏らす。
すまん、乙音ちゃん。
人見知りなお前に、セクハラ店長の相手を任せちまって。
少しの間、耐えてくれ。
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