第7話 パパ、朝からラーメン?
「……ん、うぅ……いい匂い……」
蓮城がリビングのソファで目を覚ました時には、時計は朝の五時を回っていた。
「よう、お待ちどうさん。俺流の特製醤油ラーメンだ」
俺はカウンター席の前に、湯気を立てる熱々のどんぶりを置いた。
琥珀色に澄んだスープに、低温調理したチャーシュー、極太メンマ、そして刻みネギが美しく浮かんでいる。
匂いにつられた主人公(笑)が、ゾンビのように這い寄ってくる。
箸を渡そうとしたが、それより早く、あいつはどんぶりに顔を突っ込んでいた。
「ちょ、待て! 熱いぞ!」
ズズズッ、ゴクッ、ガツガツッ!
蓮城は獣のように麺とスープを喉に流し込んでいく。
「ぷはぁっーーーー……!!!」
ものの数十秒で、あいつはスープまで一滴残らず飲み干しやがった。
よっぽど腹が減っていたのだろう。
「お、おじさん! おかわり!」
「あ、ああ……。次はちゃんと箸を使えよ? 原始人じゃないんだから……」
二杯目を渡すと今度は箸を使って食べてくれた。
「うめぇ……うめぇよぉ……!」
涙と鼻水を垂らしながらラーメンを啜る主人公。
まあ、作り手としては悪い気はしない。
「おはよ。……なんか、すごい美味しそうな匂い」
私服姿の梨檎が現れた。
いつものだらけた半裸ではなく、きちんとした身なりだ。
さすがに他の男がいる時は気を使うらしい。
「梨檎、お前も食うか?」
「朝からラーメンは重いかな……でも、やっぱり一口欲しいかも」
鶏油の香ばしい匂いには抗えないよな。
俺は小ぶりの茶碗にミニラーメンを作って渡した。
「ん〜っ! 美味しい! スープが透き通ってて、全然脂っこくない! 無限に食べれる!」
ツルツルと上品に啜っていたかと思うと、最後はズズッと飲み干した。
「あ、やだ。シャツに汁が飛んじゃった。ちょっと着替えてくる!」
「慌てて食うからだぞ……」
まあ、俺のラーメンを前に冷静でいろという方が無理な話だが。
「おじさん、三杯目!」
「ああ、いいぞ。だがその前に、少し俺の質問に答えろ」
「はい、何でも答えます!」
「お前、これからどうするつもりなんだ? 蓮城斗真としての人生を流されるまま過ごす気か?」
「……」
蓮城の手が止まった。
こいつの性格的に、将来のことなんてまるで考えていなかったのだろう。
「……俺、ずっと寂しかったんっすよ。一人暮らしだし、スマホには連絡こないし。とりあえず学園へ行ってみても、友人キャラの
確かに、このゲームの主人公はヒロインと零夜の絡み以外が極端に希薄だったな。
そこらへんに無視されてしまうと、原作の会話が一切発生しなくなってしまう。
「いつかイベントが起きて、ヒロインに助けてもらえるって信じてたんっす。でも、誰にも相手にされないし、金も尽きるし、何もできないし……。マジで、元の世界に帰りたいっす!」
こいつ、俺以上に転生先の人物に適応失敗してるな……。
情けなさすぎて、逆に同情が湧いてきた。
「お前、本当に『スイート・アップル』のプレイヤーか?」
「そうっすけど……。俺はライト層なんで、乙音ルートを一周しただけで満足しちゃったっすね」
「マジか……もったいねぇ……」
やっと愛しのエロゲーについて語り合える同志が現れたと思ったのに……。
とんだニワカ野郎じゃねーか。
「蓮城くん、これから陸上部の練習なんだけど、一緒に行く? 住んでるの、学園の近くでしょ?」
「……んっ、ああ」
スポーツリュックを背負った梨檎が、玄関から声をかける。
さすが、うちの面倒見がいい娘。
不甲斐ないクラスメートの住居事情までしっかり把握している。
うちの娘が学校でこいつの世話を焼いてくれるなら安心できる。
……絶対に、娘を攻略させはせんけどな?
「……おじさん。俺、またここに来てもいいっすよね?」
なぜだろうか。
乙音に言われた時は天にも昇る気持ちだったのに、こいつに言われても1ミリも嬉しくない。
「腹が減ったら、いつでも来い。……だがな、さっさと自分で生活基盤くらい整えろよ? 転生者同士とはいえ、この世界の俺たちは他人なんだ」
「はい! 肝に銘じます! ごちそうさまでした!」
「おうよ」
やれやれ。
また一人、面倒なやつが増えちまった。
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