第39話 鉱石活用



「すぐにノーザンラントへ来てください」



 荒地が徐々に優良な耕作地になっていくのを見届けたかったところだったのだが、助けて欲しいと言われたのですぐに戻る事となった。


 俺を呼びだしたのは採掘場を担当しているケルンだ。



 この男元商人のくせに経済以外の事も分かっていて、師匠であるハーゲンに負けず劣らず多才な男である。


 ともかく、本部へ向かうとナルドと共にケルンが地図を見ながら議論していた。



「おお、ハヤト。貰った土地は上手く活用出来たみたいだな」


「ハーゲンさんのおかげですよ。それより一体何が?」


「ああ、ケルンの話を聞いてやってくれ」


「忙しい中お呼び立てしてしまい申し訳ありません。採掘場の件です」



 採掘場。


 噂では相当鉱石は取れていて、問題はなさそうに感じるが。



「問題は二点、一つは採掘場の壁を補強して欲しいと思いまして」


「壁の補強ですか?」



「君は採掘場の壁を見た事が無いのかい?」


「すいません。あまり採掘場には行かないので」


「そうか。採掘は順調に行われている。順調すぎる……と言っても良いかもしれない。要するに広く穴が空きすぎてるんだ。僕も鉱山については詳しくないが、祖父が鉱山崩落の話を聞かせてくれたことがあってな。ケルンに確認したら補強が足りないかもしれないとなったんだ」



「うーん、そういう所の補強となると木の方が良さそうですね。デフに頼んでその辺り調達してもらいましょうか。ついでに補強もお願いしましょう」


「ああ、頼む」



「それでもう一つの問題とは?」


「まずは最近新たに採掘場で出てきたこれを見て欲しい」



 ナルドが出してきたのは若干白さが入っているがほぼ透明に近い綺麗な石だ。


 六角柱に固まった綺麗な石……というかこれ教科書で見た事あるな。



「石英ですよねこれ」


「石英? 白石だろ?」



 そうか、これここでは白石って呼ばれてるのか。



「白石……ですね」


「うん、貴重な鉱石である事は確かだ。なにせ鋼鉄ですら傷つけてしまう程だからな」



 あー……確かにこれ硬かったよな。



「ただ、これだけで武器を作っても衝撃に対して割れやすく、脆く加工しづらいので鉄鉱石やその他鉱石を上手く用いて武器にしてはどうかと考えているのです」


「へえ」


 よくわからないけど合金的な感じ?


 なんか専門的な話になってきたけど、俺そういうの言われても分からないよ。



「ですので、これを活かせる職人がいれば……」


「ああ、そういう事ですか」



 人探しかぁ……、でも俺そんなあて無いけどなぁ。



「そんな職人どこにいますかね」


「ノーザンラントにいるぞ」



 ナルドが当たり前のように言い出した。



「え、職人ですか?」


「ああ、里から出てきたっていうドワーフがこの街には住んでる」



 マジか、この街って結構人材豊富だよね。



「じゃあその人に仕事お願いしたら良いじゃないですか」


「……といきたい所なんだけどな、そのドワーフは家に引き籠ってて全然外に出てこないんだ」


「え?」



 前振りが長いせいで依頼が分かりづらかったが。


 要するに俺にそのドワーフが外に出てくれるようにお願いしてくれ、と言うのがケルンの依頼だったらしい。



 とりあえずナルドと一緒にそのドワーフが住む家に来た。



 早速扉を叩くと扉が小さく開いた。


 そこにいるのは背は低いが筋肉盛り盛りの青年だ。


 ドワーフなら武器や防具作りでいい仕事をしてくれそうだが、決して家から出てきてくれない。



「帰ってください!」



 叫ばれた。ていうか怯えてないか。



「あの、お話だけでも聞かせてくれたりしませんか?」



 出来るだけ怖がらせないように話すとドワーフの青年は閉めようとしたドアをもう一度少しだけ開いた。




 そのまま話を聞くと、このドワーフは、ハイフという名前で、若いながらも腕は確からしく、師匠に合格を貰った。それならばと自分の力を試してみたくて里を出たらしい。


 そして、鉱石で盛んなノーザンラントに来て実力を発揮しようと思ったのだが、トラウマがそこにあって怖くて外に出られなくなったそうだ。



 


 トラウマ……。


 俺はナルドと顔を合わせて首を傾げる。



「トラウマってどういう事ですか?」


「俺が里を出る前に暴れて里をめちゃくちゃにした奴がいて、そいつがこの街にいるんです」


「そんな凶悪な奴が?」



 それは領主として放っておけないな、問題を起こす前に俺が何とかしなければ。



「ちなみにそいつの名前はなんていうんですか?」


「確かライベルっていう悪魔で」


「あ、ああー……」



 知っている奴だった。






 早速本部に呼び出すと非常にガラの悪い奴がやってきた。



「ふん、何だよ」


「君な、領主に向かってその態度は何だ」



 文句を言ったナルドをライベルが睨みつける。



「あ?」


「ま、まあ……人には機嫌が悪い時もあるよな、うん」



 ナルドが俺の影に隠れた。さっきまでの勢いはどうした。



「えっと聞きたいことがあるんですけど、ライベルはエルフの里みたいにドワーフの里も襲撃したんですか?」


「ああ、確か行ったな。雑魚しかいなかった」



「そこから来たドワーフがこの街にいるんですけど、ライベルを恐れて家から出てこないんです」


「そうか、で?」



「一度会ってもらっても良いですか? きっと会って話してみたら、怖がることは無いってわかってもらえると思うんですよね」


「…………」



 無言だが肯定と取った。



「じゃあついてきてください」





 ライベルは大人しくついてきてくれた。



「なあ、何であいつってお前の命令は素直に聞くんだ?」


「命令っていうか俺はただお願いしただけですけどね」


「同じだろ。僕が何か言ってもよく無視されるのに」



 うーん……と少し考えてから。



「一回ライベルと戦って勝てばいいんじゃないですか?」


「無茶言うなよ、僕は普通の人間なんだぞ」



 非難混じりの目で見られたけど俺も普通の人間だよ。






 早速ドワーフのハイフの家に行って説明すると凄いビビってたけど、何度も安心させる言葉で説得してようやく家から出てくれた。


 そして現在二人は目の前で向き合っていて、俺とナルドは影から見守っているのだが。



「…………」


「…………」



 気まずい……。


 ライベルは黙って見ているし、ハイフは怖くて目を横にずらしている。


 蛇に睨まれた蛙状態だ。



「これ、俺が間に入った方が良いですかね」


「一応対面はさせたんだからこれ以上は見てるだけで良いんじゃないか?」



 暫く様子を見ていると、ハイフが突然家に入ったかと思うと、一対の何かを持ってきた。


 見た限りだとあれは……。



「籠手?」


「籠手だな」



 二人で話しているとライベルの眉がピクリと動く。



「なんだそれは」


「お、俺が作った籠手です。試しにどうぞ」


「ふん……」



 ライベルはそれを手に取り付けた。軽く拳を作り振っている。



「ど、どうですか?」


「悪くない」


「良かった。それはまだ試作ですけどここの鉱石を使えばもっと凄い物を作れると思います」



 褒められてハイフは嬉しそうに笑う。



「作れるのは籠手だけか」


「いえ、籠手以外も作れますよ。家にまだあります。ただライベルさんには籠手が合いそうだなと思いまして持ってきました」


「そうか」



 暫く動かしてから籠手を返した。



「ドワーフは弱いとばかり思っていたがこんな物を作る才能があったんだな。手先が器用と噂では聞いてはいたが実際に見るとなかなか……やるじゃないか」


「は、はい! ドワーフは凄いんです!」



 ハイフが言った瞬間、ライベルがじろっと見る。



「ご、ごめんなさい。調子に乗りました」



 怯えているハイフだが、ライベルは怒ったりはしなかった。


 空を見て少し考えてから再び顔を戻す。



「里の件は悪かった。弱者から強者が生まれると俺は知っていたはずなのに見くびってしまった」


「え、えええ」


「貴様が今後作る武具、楽しみにしておこう」


「は……はい! 頑張ります!」



 ハイフが頭を下げ、ライベルがやや上機嫌に歩いてくる。


 物陰で隠れていた俺とナルドの隣でピタリと止まった。



「いい出会いだ。悪くなかった」



 ふふ……と笑ってから歩いて行った。



「ライベル笑ってましたね」


「なんかあいつの笑いってこええよ」


「偏見ですよ。彼はああ見えて理知的で普通に話も出来るし優しいですから」


「……君ってたまに訳の分からない事言うよな」




 その後、ハイフは鉱石を用いて様々な武具を作り出し、ノーザンラントに名工ありという噂が流れる事となる。

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