第三部
第38話 領土割譲
ウェルス公国との和睦が成立した。
賠償として金と領土が割譲されたのだが、このローファス伯爵領にも若干だが領土が割り振られた。
テイズ高原の更に奥の荒地の辺りだ。
要らない……と言いたい所だが、貰った手前使わないわけにはいかない為、早速俺はハーゲンを連れてきた。
「この土地を活かせたらと思うのですが、ハーゲンさんはどう考えますか?」
そう、今回ハーゲンを連れてきたのは商人として知識の多いハーゲンの意見を聞きたかったからだ。
「ここですか。ふむ……地図はありますか?」
俺は即席で机を作ってから地図を広げた。
「確かここは地滑りが多い土地でしたな。向こうは段々になっていて畑を作るのにも適していないと言われていましたよね」
「そうですね。ただでさえウェルス公国の西端でルグナ王国と面していますから、いつ戦になるか分からない場所で土地を活かす気も無かったのでしょう」
「勿体ないことです。見てください。荒地とは言うものの手入れが中途半端なまま時が経ってしまったというだけで、土地は決して悪くないのです。土ばかりというわけではなく、草は生えています。根を張れるだけの栄養が土にはあるのです」
言われて見ると、確かに草は生えている。
「私の予想ですが、恐らくこの辺りには地下水の水源が存在しているのです」
「地下水ですか?」
「はい、高原の下に湿地があるでしょう? 川が無いのにおかしいと思いませんか? 雨水の水はけが悪いというだけじゃ、ああはなりません。ならば近くに水源があると思っています」
なるほど、言われてみればそうかもしれない。けど、
俺は地面を踏む。土は硬く水を含んでそうにない。
「はは、表面は確かに硬いですな。しかし硬いのはそこだけです。地滑りを起こすという事はその下は水を多く含み、地盤が緩く動きやすいという証左です」
「ではここはどうするのが良いと?」
「水田にしてはいかがかと思います」
「水田ですか」
「まずこの辺りの表面の硬い土を深く掘り起こします、そして段々になっている土地をまっすぐに整地して地滑りの可能性を無くすのです。土の栄養が豊富で地下水が存在しているのであればきっとここは良い耕作地になります。砦が近いですが、更に周囲に監視塔でも作ればより守りやすくなるかと」
「分かりました。では地表付近の土と監視塔は俺がこれから魔法で何とかします」
「では私は地下水の調査と耕作人員の確保を致しましょう」
俺らは早速仕事にとりかかった。
耕作地にするべく土を掘り起こしたり塔を建てたりしていたのだが、仕事自体は順調だ。
基本的に高原の砦で寝泊まりしている。
兵士はキラキラした目で見て来るが、俺は大体砦の長といるから話しかけてこない。
だが、昼とか砦から兵士が俺へご飯を持ってきてくれたりする時。
その時の反応がまあ……恥ずかしい。
「ハヤト様! 昼食を持ってきました」
「ありがとうございます」
受け取って食べようとするのだが、兵士は砦から出ていて他の目が無いから俺に握手を求めてきたりする。
「自分はウェルス公国戦では草原の方の砦にいて活躍を見てました、凄いです」
「ああ、ありがとうございます」
「ハヤト様と一緒に戦えて光栄です!」
「どうも」
とまあ、こんな感じで、一時的に俺はアイドルか英雄みたいな扱いをされている。
指揮を執ってたのはリア様とナルドだし、敵の策を看破したのもナルドだし、俺は直接戦っただけで多分、俺よりナルドの方が活躍してる感あるけどね。
兵士の中ではたまに俺を全能みたいな扱いをしてくる人もいるが。
正直俺は政治も兵の指揮も作戦を立てたり看破することも、経済を上手く動かすことも出来ないのになぁ……と思ってる。
昔泣いた時と違って守りたいと思った人を守れる力を手に入れられたし、全能じゃなくてもそれで充分かなぁ……とは思っているのだが。
ともかく。
今日も今日とて監視塔を作った後、ご飯を食べていると、一人の中年男性がやってきた。
疲れた顔をしている。空腹らしく、今にも倒れそうだったから俺の昼食を分けてやると、感謝しながら食べ始めた。
――で、このおっさん誰?
「ありがとうございます。このご恩は必ずや」
「いえ、空腹ってきついですからね。ところであなたは?」
「私は南にある村で村長の補佐をしておりますトラクと申します。実は私の村で困ったことが起きていまして」
「へえ、どんな困ったことが?」
「私達は元々ウェルス公国の国民だったのですが、最近戦争で負けたせいで私の村の半分以上がルグナ王国の物になってしまったのです。私の村は農業が盛んで作った農作物を売って何とか生計を立てていたのですが土地を取られてしまったせいで農業が出来なくなってしまったのです」
「あー……なるほど。そういう事ですか」
「国に援助を求めても国は何もしてくれません。村の事は村で何とかしろと。ですがこのままでは生活が出来ません」
まあそうだよなぁ、農業で食ってきたのに土地がなくなっちゃ農業が出来ない、食っていけないってなるよなぁ……。
つって俺に何が出来るかって話だけど。
うーん、と悩んでいるとそこへハーゲンがやってきた。
地下水は約束通り見つけたし順調と思ったのだが、ハーゲンの顔は暗い。
「どうしたんですか?」
聞けばハーゲンはこの土地を耕す人員を探したのだが、ルグナ王国のそれぞれの貴族が増えた領土に人を送るために仕事のない人間をどんどん雇った為、ハーゲンが募集しても必要な人員が集まらなかったそうだ。
「申し訳ありません。私の力不足です」
「いえいえ、時期が悪かっただけですよ」
人集めの決断が遅かったか。
うーん……と悩んでから、ふと隣の男に目が行く。
「ちなみにですけど、トラクさん」
「はい?」
「村を捨てて村人全員でここに来る気はありますか?」
「ここにですか?」
「どうせ食えないのならそこにいても死ぬだけですよ? ウェルス公国も何もしてくれないならここルグナ王国で生活しませんか? 見てもらえるとわかるのですが、今ここには広大な土地があります。耕作し放題です。食事は耕作を頑張ってくれるなら砦から送るのを約束します。まあ、リア様……私の上に確認はしてみますけど」
言うとトラクは思案顔をした。
「先祖代々の土地を捨てられないとかだったりします?」
「いえ、その大事な土地は今回の戦争で奪われてしまいましたので、ですが今回の戦争相手、ルグナ王国のせいで土地を取られたのに、今度はその土地に移り住む……と言うのを村人達に私が説得出来るかと少々考えていまして」
確かに利益的には良くても心情的には難しい所はあるのか。
良い案だと思ったんだけどな。
「ともかく、私は村人を説得してきます。どうせ食えないのなら死ぬだけです。それよりは私達が生きるために移住すべきだと説得してみます」
「分かりました。では私はリア様に話してみますね」
そんなやり取りをしていると隣でハーゲンが唸る。
「ハヤト様は意外と口が上手いですよね、利益に長じておりますし、もしかして昔商人だったりします?」
「何でですか。商人だった事は無いですよ」
「では詐欺師だったり?」
「殴りますよ?」
「他国の民を勧誘ですか、平時であれば大問題ですね」
「大問題ですか?」
「ええ、平時であれば戦争の発端になりかねない事柄です」
今回の件を了承してもらうためにヒューネルに来たのだが、説明するとそんな事を言われた。
「ですけど困っている人を放っておくのは違いますし、ちょうど耕作地もありますし」
「はいはい、分かっていますよ」
リア様はクスクスと笑う。
「大丈夫です。許可します。平時であれば許可出来ませんが今回は戦争直後でウェルス公国とは和睦を果たしたばかりです。もしこれが行われたとしても相手はこれに抗議して戦争を仕掛けてくることはまずないと思います。きっと見て見ぬふりしか出来ないでしょう。時期的には非常に良いと思います」
「良かった。ありがとうございます」
「ふふ……良い領主になってきましたね」
「良い領主って俺がですか?」
「はい、気付いていないようですけどね」
リア様は楽しそうに笑った。
元荒地に戻るとすでにトラクが待っていた。
隣には老人が立っている
「こちら村長です」
「お初にお目にかかります」
「ああ、いえいえ」
「今回の件ですが、是非私達村の住人を受け入れて頂けたらと思います」
「分かりました。このハヤト、喜んでお引き受けいたします」
こうして耕作地に農業に長じた村人がやってきた。
ここがローファス家領地の中でも有数の穀倉地帯になるのは数年後の事である。
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