第14話

 晩御飯として出されたのは分厚いベーコンが入った野菜スープと、鶏モモ一枚のソテーに野菜サラダとパンだった。


「うまっ」


 思わず声が出てしまう。

 スープは野菜とベーコンの旨味がたっぷり溶け出していて飲みごたえがあり、野菜もしっかり煮込まれていて柔らかい。

 ブラックペッパーが効いていてピリッとしているのもたまらない。

 チキンソテーは何かのハーブとスパイスで焼かれていて、皮はパリッと、中はじゅわっといい感じの焼き加減。

 軽くかけられているソースの甘辛さも美味しさを引き立てている。

 パンも柔らかくて、スープにつけてよし、ソースをぬぐってよし、チキンソテーをのせてもよし。

 非常に美味しくて気付いたら食べ終えていた。

 がっついたつもりもないのに。

 しかも、出されたのはかなりボリュームがあった。

 特別小食というわけじゃない真菜だけれど、身体が小柄だからか体格相応の量しか食べられなかった。

 今回の夕食も到底食べきれないと思うくらいだったのに、完食できてしまった。

 それどころかまだまだ食べられそうだ。

 この身体になってからだいぶ燃費が悪くなったので、食事量が増えるというのは分かっていたけれど、これほどとは。


「これ、食費上がりそう……」


 エンゲル係数が上がってかつこれだけ美味しいと、いくらでもお金をかけられる。

 お金をかける理由ができてしまう。

 もちろん思った以上に美味しくなくてもお金はかけていただろう。

 美味しくするための努力として。

 でもそれよりは、美食にお金をかけられる方がうれしい。

 料理好きならよかっただろうけど、あいにく真菜は母に多少教わった程度で、まあせいぜい甘く見積もって人並一歩手前くらいだろうか。

 ウェイトレスに御馳走様と言って席を立ち、部屋に戻る。

 ベッドに寝っ転がりたい気持ちもあったけれど、食べてすぐは良くないと覚えていたので椅子に座って一息。

 お金を稼がなきゃいけないと考えていた。

 生活を営むために。

 もちろん必要なことなのだけれど、真菜はまだまだ「金を稼ぐ」ことの必要性と重要性を本当の意味では理解していなかった。

 日本では母子家庭だった真菜。母が大変な思いをして働いていたのは見ていたので、金を稼ぐことは大変である、と知ってはいた。

 知ってはいたが、実際に自分で働いたことはないため、それをきちんと経験したわけではもちろんない。


「明日からは仕事を探さないと……」


 当面は、ラミリアから受け取ったお金で生きていけるし、アルヘラからもかなりのお金をもらっている。

 しかしそれも、使えば無くなるもの。

 特に今の真菜は不老不死。普通に生活していこうと思ったら文字通り無限にお金は必要なのだ。

 もちろん別に、食べなくても死ぬことはない。

 食べなくても死ぬことはないが、飢餓に陥ると吸血鬼の特性が前面に出て大変なことになる

 それにプラスして、美味しいものを食べるために稼ぐ、でどうだろうか。

 考えれば考えるほど悪くないと思える。

 美味しいものを気にせず食べる。

 高級食材や珍味などの高価な食材を、財布を気にせず買える。

 その状態になるために金を稼ぐ。

 それはとてもいい目標に思えたのだ。

 目標が定まったところで、何も暇をつぶすものがないことに気付く。

 暗くなった今、窓から外を見ても明かりが減り始めている。

 空いているのは酒場くらい。ここは日本じゃないので酒を飲んでも問題ないが、あいにく真菜は酒に興味を持てない。

 つまり、外を出歩いても楽しいものはなく。

 やることが無いわけだ。

 何かそういったものを見つけるのもいいかもしれない。

 生活はいずれ安定し、そして余裕ができる。

 長い人生だ。楽しく取り組めることを探すのは絶対に必要になるだろう。


「月が、3つ……」


 空に浮かぶ月は3つあった。

 一番大きい青い月。

 青い月の一回り小さい白い月。

 そして一番小さい黄色い月。

 空を見るだけでも日本じゃないことが分かる。

 郷愁の念が、無いと言えばうそになる。

 今なら日本に戻るのもありだろう。

 ひとり残してしまった母のことを思えば、日本に帰りたい思いも強い。

 前なら日本に帰るとなったら動悸がしていたところだったろう。毎朝学校に行こうとしたら動悸がしていたのだ。

 でも今なら最大の懸念である同級生なんて何も気にする必要はない。

 しかし同時に、日本では叶わないことを抱えてもいる。日本に帰ってしまっては、恩返しができない。

 命を助けてもらって、恩を返さないうちに日本に帰るなんて、帰還の手段があっても簡単には選べない。


「……」


 いくら考えたって、答えなんて出ない。どっちの道も、真菜にとって正しいからだ。

 とりあえず棚上げして寝てしまうのがいいだろう。

 懊悩していたかつての真菜なら朝を迎えるのさえ恐ろしかったが、今ならぐっすりと眠れそうだ。

 真菜は明かりを消してベッドにもぐりこんだ。

 窓の外は現代の日本と違ってもう明かり自体はだいぶ消えているが、不思議と暗くはない。

 空気が澄んでいて星の光や月の光が良く見える。

 しかし寝るのに苦労するほどじゃない。

 目を閉じた真菜はほどなく眠りに落ちた。

 あけて翌日。

 早寝したからか日の出のころに目が覚めた

 かなり早い目覚めだったのだけれど、窓の外を見るとすでに人の営みは始まっている。

 身支度を整えて朝ごはんを食べ終えて外に出かける。

 街の中を散策しながら買い物がてら道を尋ね、たどりついたのは冒険者ギルド。

 物語の中にいくつも描写があって、ほぼ想像通りのその姿に感動すら覚える。

 いちいち建物に感動し、フロアの雑然とした騒々しさに感動し、受付嬢に感動する。

 冒険者なら、アルヘラが受け継いだ力以外何もない真菜でもお金を稼ぐことができる。

 そう意気込んだのだが。


「やあ、おはよう」


 なんでこうなったのだろうか。

 真菜が受付嬢に名前を告げたとたんにギルドマスターの部屋に案内され。

 そこにはギルドマスターと思われる若い男性と。

 昨日会ったラミリアがいた。

 

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