第13話

「いらっしゃい。あら、お嬢さんひとり?」


 時刻は夕方手前。

 宿屋の食堂を兼ねると思われるロビーは閑散としており、カウンターに若い女性が立っているだけだった。


「うん。部屋空いてる?」

「空いてるよ。一泊銅貨5枚ね。朝食は料金内だけど、夕食とお湯は別料金だよ」


 なるほど。

 銅貨1枚1000円とすると、5000円か。

 日本のビジネスホテルくらいの値段である。

 まあ、空調がついていてシャワーにトイレも部屋にあることを考えると、日本では安ホテルでもこっちでは高級ホテルと同等の設備になるだろうけど。

 その基準からすると5000円はちょっと割高。でもまあ、それは世界が違うからと考えれば当然の話。


「とりあえずこれで泊まれるだけ」


 金貨を1枚取り出して女性の前に置く。


「えっ? 20泊もするつもり?」


 20泊ということは10万円。

 金貨1枚は大体10万円相当と見ておけ良さそうだ。

 とすると、銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨は1枚で1万円というところだろうか。

 非常に大金を持っていることが分かるのだけれど、日本に比べて使い道が浮かばない。

 必然的に無駄遣いも今のところしようがないわけだ。


「うん、しばらくこの街にいるつもりだから」

「そっか。じゃあハイ鍵。3階の6号室だよ」

「ありがと」


 鍵は凹凸がついた木製だ。

 36と記載されている。3階の6号室という意味だろう。

 文字が問題なく読める。

 これも魔法の力のおかげだ。翻訳の魔法を自分にかけているので、文字は問題なく読める。

 何なら会話が問題ないのも翻訳魔法のおかげである。

 魔法様様だ。

 とはいえ翻訳魔法も永続効果があるわけじゃない。

 消費魔力は少なく、効果時間もかなり長いが、それでも一定期間でかけ直す必要はある。

 そのうち魔法が無くても会話できるように手を打とうとは思っている。


「晩御飯はどうする?」

「あ、うん。食べるよ」

「はいよ、鉄貨8枚ね。あたしはここの女将のアンネよ。何かあったらあたしに言ってね」


 晩御飯の分も支払いを終え、鍵を持って階段を上がる。

 ぎしぎしときしむ階段を上がって3階に辿り着き、部屋の鍵を開けて入室した。


「なるほど、こんな感じかぁ」


 部屋にはベッドとテーブル、それから椅子が一脚。引き出しがついた腰の高さくらいの棚がひとつあり、そこにランプが置かれていた。

 まずベッドは綺麗。

 触れてみるとちょっと固いけどまあ許容範囲内。

 椅子とテーブルはデザインは簡素だけれどつくりはしっかりしていて普段使いには不自由しない。

 棚は引き出しが3段。一番上の引き出しが鍵付きだ。ルームキーで施錠できた。

 これが異世界の宿屋のスタンダードか。

 この宿屋に空調は無い。

 とはいえ真菜は温度調整機能がついたローブを着ているので問題はない。

 この時期は暑くも寒くもなく過ごしやすいみたいだが、冬や夏の概念があると大変だ。

 空調に慣れ切った現代日本人の真菜が空調無しで過ごす。

 ローブを着ている時はいいけれど、寝るときは身軽で寝たい。

 するとこのローブを脱いで寝ることになるのだけれど、暑さと寒さに耐えられるかどうかが分からない。


「あ、魔法で調整すればいいのか」


 そうだ。

 適温にする魔法を使えば、空調なんて不要だ。

 何せ真菜自身が空調の代わりをできるのだ。

 この部屋にずっと引きこもっているなんてことはないだろうから、滞在中だけ魔法を使えばいい。

 そう考えると空調を理由に、高級宿に移ることはないかもしれない。

 寝具が合わない可能性もあるのでまだ分からないけれど、眠れない日は自分に眠りに落ちる魔法をかければいいので、寝付きという意味では問題なさそう。

 まあそれも、今夜寝てからだ。

 ローブを脱いで椅子にひっかけて、腰のベルトも外して法衣だけになった。

 この法衣だけれど、軽くて薄いのに透けず、エンチャントゴリゴリにかかっていて超高性能。単純な耐物理性能でも、鋼鉄の鎧をはるかに上回るようだ。

 それでいて肌触りも極上で、さすがアルヘラといったところ。

 これでかなり身軽。

 さっそくブーツを脱いでベッドに寝っ転がる。

 寝心地は悪くはない。

 ちょっと固いだけで、許容範囲だと感じたのは間違っていなかった。

 何より清潔だし。これが安宿になると虫がいたりとか、下手するとシーツの下は藁だったりするらしいから。

 寝っ転がりながら考える。

 同時にこの宿に居続けるかどうかも、この20泊のうちに決めるつもりだ。

 寝っ転がった感じこれでも十分寝られそうだけれど、もっといいベッドがいい、と思ったら移動を考えるかもしれない。

 空調だって、いちいち魔法を使うのが面倒だと感じたら、それが決め手になる可能性だってある。

 高級宿屋でもいいが、家を買ったり借りたりなど、色々と選択肢がある。

 しかしそれは、この街を拠点にすると決めてからの話。

 悪い街だとは思っていない。

 むしろいい街だと思っている。

 でも、まだ判断なんてできない。

 20日過ごしてみればある程度は分かるだろう。

 お金ならたくさんある。

 金貨は8枚持っているので160日泊まれるし、それより上の白金貨もある。

 金貨10枚で白金貨1枚だとしても、1枚100万円だ。

 だとすると閃剣姫と騎士を救って300万だが、それが高いか安いかも、この街で活動することで分かることだろう。

 もっとも、家を借りるにしても信用とかいろいろあるだろうことは中学生だってわかる。

 だから、色々と基盤を整えるために動いていたら、なんだかんだと20日なんてあっという間じゃないかと思う。

 ボーっとそんなことを考えているうちに居眠りしてしまっていたらしい。

 階下から漂ってくるいい匂いで目が覚めた。

 嗅覚もよくなっている。

 さすがに犬とか程じゃないだろうけれど。


「もう晩御飯かな」


 外を見るとすっかり暗くなっていた。

 真菜はベッドから降りて伸びをする。

 ベルトをつけてローブを羽織り、晩御飯にありつくために部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る