第13話 現場試験:灰の区画で

探索士協会から正式な通達が届いたのは、週明けの朝だった。

《共同研究試験実施要項:灰の区画》

都内近郊の旧型ダンジョン跡。長年封鎖され、魔素濃度の変動が激しい。

危険度は低いが、魔力干渉のテストにはうってつけ——つまり、実地試験に選ばれるには最適の場所だ。


同行者のリストを見て、壮馬は目を細めた。

協会側からは高城主任と技術補佐が二名、榊原グループからは自分とデータ記録員が一人。

そして監査課——七瀬理沙。


「またあなたですか」とメールに書きかけて、やめた。

どうせ現場では会う。文字で皮肉を打つほどの熱量は、もうない。


父・重臣からも短いメッセージが届いていた。


『現場は不確定要素が多い。無理はするな。』

いつも通り、優しさが文章に乗らない。

「大丈夫だよ、父さん。理論の中でしか動かないから」

そう呟いて、壮馬はデータ端末を閉じた。




灰の区画は、都心から電車で一時間。

元は地下商業施設だったという巨大空洞の入口は、金属フェンスで囲まれている。

薄い灰色の霧が漂い、光が歪んで見えた。

榊原の記録員が装備をチェックしている間に、七瀬が声をかけてくる。


「……本当に軽装で行くつもりですか?」

「はい。スーツは動きにくいんで」

「ここ、温度変化もありますけど」

「汗をかく方が不快なんです」


あきれたように肩をすくめる七瀬を横目に、壮馬は杖の保護カバーを外した。

青白い結晶が淡く光り、呼吸をするように魔力を吸い込んでいる。

今回の改良点は明確だ。

《自動冷却循環》《逆相スイープによる残滓除去》《連射間隔警告UI》。

いずれも前回の実験で得たデータを踏まえた調整だ。


「結界は起動済みだ」

高城が腕の端末を確認しながら言った。

「環境濃度、平常。開始まで三分。」

壮馬は頷く。

「では——実験を始めます」




封刻の音はない。

ただ杖の内部に、淡い光の流れが生まれた。

魔素が吸い込まれ、結晶層の深部に層を描く。

七瀬が息を呑む。

「……本当に静かですね」

「理想は、何も起こらないことです」

6分後、放出。青白い光弾が空間を滑るように進み、壁面のセンサーを正確に貫いた。

出力誤差、3.1%。


「これが“初弾”なら上出来だな」

高城の声に、壮馬は小さく頷いた。


「次、連続試験に移行します。間隔30秒。」

七瀬が腕時計をタップする。

壮馬は無言で再び魔力を流し込んだ。

——1発目、2発目、3発目。

誤差±4.2%、安定率98.6%。

「机の上と同じ結果……」

七瀬が呟く。

「理論が動かないなら、現場に出す意味がないんですよ」

「あなた、本当にエンジニアなんですか?」

「暇つぶしです」

七瀬の口元がわずかに動いた。笑ったのかもしれない。




その瞬間、警告音。

《環境魔素濃度:急上昇》

高城が叫ぶ。

「なんだこれは!? 予報にこんな値——」

センサーの表示が真紅に変わる。

空気が揺れた。灰色の霧が、渦を巻く。

ダンジョン奥の封印層から、魔力が吹き上がったのだ。


「撤収準備!」

七瀬が叫ぶ。

だが壮馬は動かない。

「待ってください。いい機会です。」

「何がだ、馬鹿なことを——」

「干渉下の安定データは、滅多に取れません。」

高城が怒鳴る。「命よりデータが大事か!」

「理論上は死にません。」


暴風のような魔力が吹き荒れる中、壮馬は杖を構えた。

「——安定半径、3.4メートル。稼働、七分零二。」

結界輪を床に投げ、同時に杖を起動する。

光が爆ぜた。

灰の嵐が結界にぶつかり、空気が軋む。

Stow-Staff の共鳴コアが熱を帯び、指先が震える。

壮馬は魔力の流れを反転させ、“逆相スイープ”を走らせた。


光が螺旋を描き、灰色の渦が溶けるように収まっていく。

音が消えた。

霧が薄れ、視界が戻る。


七瀬が結界内で息を吐く。

「……本当に、理論通りに動くんですね。」

「当然です。理論を守るために作ったので。」

「あなた、怖いくらい冷静ですね。」

「怖がると手が震えて設計が狂うんです。」




試験終了。

結果は協会本部へ即座に送信された。

出力安定率98.3%、環境修正率91%。

高城は汗を拭いながら、低く呟いた。

「助かったよ。あれがなければ全員吹き飛んでた。」

七瀬が手帳に記す。

「この技術、防御兵器としての転用も可能です。」

「副作用です。防御する気はなかったんですが。」

「それが一番怖いですよ。」


壮馬は笑った。

「攻撃も防御も、理屈は同じです。動かすか、抑えるかの違いだけ。」




夜。

試験データが協会サーバーにアップロードされたころ、

遠く離れた高層ビルの一室で、別の男がモニターを見ていた。


「——榊原の坊ちゃん、現場デビューか。」

灰皿の上に煙草の火が赤く揺れる。

「灰の区画のログ、解析に回せ。Stow-Staffの波形データ、全部抜け。」

部下の男が頷く。

モニターには黒いロゴが浮かんだ。

《黒曜重工》


「これが手に入れば、兵器開発の三年は縮む。——競争だ、榊原。」

窓の外、都市の灯が海のように広がっていた。

そこに映る青白い光は、確かに——天才の“暇つぶし”が生んだ火花だった。

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