第14話 情報漏洩
榊原グループの研究サーバーは、深夜二時過ぎにモニターが一斉に赤く染まった。
《警告:外部アクセス痕跡を検出》
《対象:Stow-Staff関連データ/灰の区画試験ログ》
緊急対応班が駆けつけると、波形データの一部が国外サーバー経由で抜かれていることが判明した。
だが奇妙なことに、暗号層の一部だけが破られ、設計情報や構造解析ファイルには手がつけられていなかった。
「部分的……しかも、波形データだけ?」
情報部の主任は顔をしかめる。
「そんな中途半端な盗み方、意味が分からん。」
翌朝、榊原本社の特別会議室には協会関係者と重役たちが揃い、空気は重かった。
重臣は冷静な声で切り出す。
「これほどの規模の情報漏洩は前例がない。協会の監督体制は、どうなっている。」
高城は汗を拭いながら答えた。
「我々のセキュリティ層は三重構造です。外部侵入は不可能なはずでした……しかし——」
「“しかし”では済まない。」
重臣の声は淡々としているが、芯が冷たかった。
監査課の七瀬理沙が静かに口を開いた。
「おそらく、内部経由です。協会か榊原、どちらかのネットワーク内で操作された形跡があります。」
会議室がざわめいた。
誰もが隣を疑う空気の中で、壮馬は椅子に背を預け、黙ってモニターを見つめていた。
指先で端末を操作し、アクセスログの断片を並べ替える。
「——通信経路、国内を経由してます。」
全員の視線が一斉に彼へ向いた。
「海外ハッキングではありません。国内VPNを使った中継。経路が不自然に短い。」
七瀬が眉をひそめる。
「内部犯行……ですか?」
壮馬は軽く首を振った。
「そこは大した問題じゃありません。」
「問題は、“何を”盗んだか、です。」
壮馬は端末の画面を指さした。
「波形データだけを狙った——つまり、目的は“比較”ですよ。」
「比較?」
七瀬が問い返す。
「設計図を盗むなら全部持っていくはずです。
でも波形だけを取るなら、すでに同じ構造を持つ側です。
要するに、答え合わせをしている。」
重臣が目を細めた。
「……黒曜重工か。」
壮馬は頷いた。
「可能性が高い。兵器転用が目的なら、うちの技術の完成度を測りたいはずです。」
重い沈黙が流れ、誰も口を開けなかった。
午後、研究棟の空気は張りつめ、技術者たちは端末を閉じ、情報部は社員の通信履歴を洗い出した。
協会の監査課が常駐し、警備員が廊下を巡回する。
壮馬だけは相変わらず机でコーヒーを飲みながらログを確認していた。
「焦っても戻らないものは戻らない。」
七瀬が隣に立ち、呆れたように言った。
「あなた、危機感ってものがないんですか?」
「ないですね。奪われたのは過去です。だったら、次を作ればいいだけでしょう。」
「……あなた、本当に人間ですか?」
「多分、“面倒くさがる生き物”です。」
翌日、榊原グループと協会の合同会議で決定が下された。
七瀬理沙が正式に壮馬の監査兼護衛として常駐することになった。
高城が説明する。
「榊原壮馬は、現時点で国家レベルの知財を保持しています。彼自身が狙われる可能性が高い。」
壮馬は腕を組み、淡々と答えた。
「大げさですね。」
七瀬は笑わずに言った。
「私の仕事は護衛です。拒否権はありません。」
その表情には、わずかに誇りと警戒が混じっていた。
同時刻、黒曜重工の地下研究本部では、鷹津隼人がモニターを眺めていた。
部下が報告書を差し出す。
「波形データ、再現率六十八パーセント。まだ不完全です。」
鷹津は煙草に火をつけ、薄い笑みを浮かべる。
「足りないな。次は回路構造を引っ張れ。あのガキ、自分で書いてやがるな……面白い。」
夜、壮馬の研究室のモニターには新しいコードが走っている。
画面には《Project S-02:Eidos》の文字。
盗まれたデータを補うのではなく、さらに“先”を作る構想だ。
青い光が画面を照らし、壮馬の顔を冷たく染める。
(退屈が敵を作り、敵が退屈を消してくれる。悪くない循環だ。)
キーボードの音が、静かな部屋に淡く響いていた。
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