第12話 査定と影

朝、メールの受信音で目が覚めた。

協会からの公式通達——件名は《共同研究承認:榊原グループ × 探索士協会 技術部》。


プロジェクトコード:MA-GS01

研究内容:非致死型攻撃補助魔導具の社会実装に関する基礎検証

主任技術責任者:榊原壮馬


俺は小さく息をついた。

(やっぱり“非致死”がつくか。まぁ、無難だ)


もう一通。

送り主は父——榊原重臣。

文章は短い。


「壮馬、正式承認おめでとう。

 本社での査定と発表、楽しみにしている。」


……不器用な祝福だ。

文章からも硬さが伝わってくる。

返信は後でいい。コーヒーの香りが冷めないうちに、今日の準備を済ませる。


 


《榊原グループ 東京本社・技術開発棟》


午後三時。

技術部長から「監査課と協会の査定が入る」と呼び出しを受け、俺は本社のガラス張りの会議室に通された。

大きな結界枠とセンサーが設置された室内。

すでに数名のスーツ姿が席に着いていた。


「榊原壮馬さんですね。」

一人、声をかけてきた女性がいた。

黒髪を束ね、薄い眼鏡越しにこちらを見る瞳は冷静そのもの。

「監査課の七瀬理沙です。今日は安全審査の立ち会いを担当します。」


「どうも。爆発はしませんから安心してください。」

「それが怖いんですよ。あなたの“しません”は、だいたい常識を飛び越えるので。」


淡々とした声。皮肉でもなく、事実を述べているだけの調子だった。

隣には探索士協会の高城主任。軽く会釈してきた。

「さぁ、始めましょうか。」


 



会議室の照明が落ち、魔力センサーが起動。

俺は携行ケースから《Stow-Staff(蓄魔杖)》を取り出し、中央の結界内に立った。


「では、装填から。」

三種の魔法——《Flare-S》《Shock-Burst》《Wind Slice》。

それぞれを順に杖へ封刻していく。

結晶層の光が、低く脈打った。

計測担当の研究員が声を上げる。


「装填完了、二分五十六秒。通常モデルの半分以下です!」


七瀬がモニター越しに目を細めた。

「安定率97.8……。封刻の偏差が見えません。どういう構造です?」

「螺旋コイルを逆相で交差させてます。波形を“記録”するように。」

「記録?」

「保存じゃなく、再現。——詠唱者が違っても同じ結果が出せる。」


空気が止まった。

高城が小さく「……それは、実質的な魔法転写だ」と呟く。

七瀬の指が動きを止める。

「それが事実なら、法的には“個人固有魔法”の定義から外れます。再現可能技術……」

「だから“非致死”に限定しています。」


沈黙。

結界内の杖が青く光り、静かに火を吐いた。

一発、二発、三発——遅延0.2秒、誤差±4%。

会議室に小さな拍手が起きた。


「見事だ、榊原くん。」

高城が笑みを浮かべる。

「これが正式に社会実装されれば、防衛分野での用途は計り知れない。」


七瀬は腕を組んだまま、無言でデータを見つめていた。

そして小さく呟く。

「……あなたみたいな人、放っておく組織はありませんよ。」

「放っておいてくれる組織があればいいんですけどね。」

「残念ながら、あなたの技術は“利権”の香りがします。」


 



査定は成功。

社内では「榊原二十歳、協会との共同研究を主導」とニュースが流れた。

誰かが拍手し、誰かが嫉妬を飲み込み、誰かが笑っていた。

俺は静かに名札を外して、エレベーターに乗る。


七瀬が同じ階で降りながら、振り返った。

「次の試験、現場で行う予定です。——そのときも、私が同行します。」

「了解しました。面倒は嫌いですが、退屈はもっと嫌いなんで。」

「ふふ、そういう人ほど、よく巻き込まれますよ。」


 



自宅の部屋。

ノートPCを開くと、見慣れないアラートが出ていた。

《外部アクセス試行:国外サーバーからの不正通信を遮断しました》


時刻は午後11時47分。

アクセス対象——【Stow-Staff_internal_waveform.dat】。

発信元——暗号化経路、不明。

国内では使われていない通信プロトコル。


(……早いな。やっぱり、目をつけられたか。)


榊原グループの内部ネットは堅牢だ。

それでも“狙われる”なら、すでに誰かがこちらを観察している。

別企業か、国外の研究機関か。

魔導具技術は軍事にも応用が利く——その世界では、倫理も境界も曖昧だ。


窓の外、都心の夜景がきらめく。

ビルの灯が星のように並ぶ中、ひときわ高い塔の明かりが揺らめいて見えた。


(企業間の技術戦争か。……まぁ、悪くない暇つぶしになりそうだ。)


机の上、蓄魔杖が微かに青く光った。

その輝きの奥に、誰かの“視線”が確かにあった。

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