第18話 嫉妬と違和感

「は? クリームを指で? 何それ、ありえなくない?」

 電話口ですみれちゃんが驚いて声をあげる。私は、この前のカフェでのはるくんと笹谷さんのことを相談していた。


「普通そういうことってないよね? あそこまで仲良くなったのかなって」

「いや、その女が勝手にやってるだけかもよ? わざわざ奈々美に見せつけるようなことをするなんて」


 そうか、笹谷さんの一方通行の可能性もあるんだ。何だか嫌だなぁ。

「竹宮くんはモテるからね……奈々美も大変だ。3年も続くなんてすごいよ」

「そうだね、気づいたら3年経ってた」

「マンネリってないの?」


 まさに今がマンネリ気味かもしれない。松永先生に揺れている私、笹谷さんと一緒にいるはるくん……少しずつ何かがズレているような気がする。


「……マンネリってどうすれば抜け出せるんだろう」

「それがわかれば苦労しないわよね。そうだ、あたしもさぁ、竹宮くんのいるジム行きたい!」

「え? 来てくれるの?」

「うん、もしかしたら筋骨隆々のイケオジとの出会いがあるかもしれないでしょう?」


 すみれちゃん、さすがだ。もう次の出会いに向けて動こうとしている。相手がイケオジになってるけど。

「嬉しい、じゃあいつにしようか?」

「えーとねぇ……」



 ※※※



 数日後、私はすみれちゃんと待ち合わせをしてジムに向かった。暑さのピークで汗が吹き出してしまいそうだ。


「へぇ……ここに竹宮くんがいるんだ。緊張してきたわ」

「3階がフロントだよ」

 私たちはフロントで受付を行なってから、ロッカールームに向かった。すみれちゃんは爽やかな水色のウェアを着て、髪をひとつにまとめていた。


 2人でマシンエリアの方に行く。

「あたし、ランニングマシンぐらいしか知らないんだけど」

「私もだよ」

 そう言いながらランニングマシンのところに歩いていくと、はるくんが来てくれた。


「奈々ちゃん、いらっしゃい。あれ、菊川さん?」

「竹宮くん久しぶり! あたしも運動したくて来ちゃった」

「嬉しいよ。ほんと久々だな」


 はるくんはすみれちゃんにマシンの使い方を教えていた。私は隣でウォーミングアップを始めている。

「よーし、走るぞー!」とすみれちゃんのやる気も十分だ。


 私たちの足音が室内に響く。息が上がるたび、胸の奥にたまったものが少しずつほどけていくようだった。

 15分ぐらい経ったので、少し休憩することにした。


「はぁーもう疲れちゃった」

「わかる」

「しかも筋骨隆々のイケオジいないし」

「ハハハ……」

 

 私たちが水分補給をしていると、「竹宮くーん!」という甘い声が。もしかして。


「笹谷さん」

「こんにちは竹宮くん♪」

 今日の笹谷さんは前とは違うピンクのウェアにポニーテールで、華やかだ。はるくんと一緒にいると美男美女ということで、周囲の人にもちらちらと見られている。


「奈々美、あれって例のクリームの人?」

「うん……いつも来てるみたい」

「手強そうね」

 すみれちゃんが鋭い目で笹谷さんをじっと観察している。それに気づいたようで、笹谷さんはこちらに向かってくる。


「梅野さんこんにちは。お友達?」

「うん、中学の同級生」

「初めまして、菊川です」

「笹谷です、よろしくね」


 笹谷さんはランニングマシンで軽く走り始めた。はるくんに手を振っている。

「あんなに可愛い子がサークルにいたら好きになりそう」

「やっぱり? はぁ……」

「奈々美、元気出しなって。そうだ、スタジオプログラム見に行こ!」

 

 気を紛らすために、私たちはステップ台を使ったエクササイズのプログラムに参加することにした。

 すると「私も行くわ」と笹谷さんも来た。


 ステップ台を色々なやり方で登り降りするだけなのに、だんだん息が上がってくる。一方で笹谷さんは、終始涼しい顔をしていた。

 

 プログラムが終わり、すみれちゃんが「ふぅー意外と大変だぁ」と言いながら水を飲んでいる。そして同じく休憩をしている笹谷さんに話しかけていた。

 

「笹谷さんは、竹宮くんと同じサークルなんだっけ?」

「そうよ」

「竹宮くんと卓球の対戦するの?」

「うん、毎回コツを教えてもらってるの。彼って卓球のセンス抜群だから、尊敬しちゃう」


 “彼って”という言い方に、胸の奥がひやりと冷えた。

「それに彼の言葉はわかりやすくて……優しいし」

「へぇ……」

 まるで惚気ているような言い方に、すみれちゃんも呆気に取られている。


 そこに「お疲れ様」とはるくんが歩いてきた。私が話そうと思ったら、笹谷さんがはるくんの腕を両手で掴んで笑顔になっている。

「竹宮くん、今日は何時に上がるの?」

「5時だけど」

「じゃあさ、終わったらご飯いこ?」


 ――え?

 どうしてそうなるの?


「あ……そうだな。奈々ちゃんも行く?」


 そして笹谷さんからの誘いは断らないんだ……。


 私ははるくんから目を逸らしてしまう。

「今日は無理だから……」とだけ言ってロッカーに戻った。


 はるくんは何とも思わないんだろうか。

 笹谷さんから食事に誘われても。

 信じたいのに、心が追いつかない。

 私はもう……耐えられないよ。



 ※※※



 (竹宮くん視点)

 今日は奈々ちゃんと菊川さんもジムに来てくれた。いつも通り、笹谷さんもいて彼女に夕食に誘われたんだけど……奈々ちゃんの様子が何だかおかしい。顔をそむけてロッカーに戻ってしまった。


「じゃあ後でね、竹宮くん♪」

 そう言って笹谷さんがマシンの方に行く。

 僕も見回りに行こうと思ったら、菊川さんが呆れた顔でこっちに来た。


「ちょっと竹宮くん……それはないわよ」

「え? どういうこと?」

「どうして笹谷さんの誘いに乗るのよ、奈々美はずっと気にしてるんだよ?」


 僕と笹谷さんはただのサークル仲間だ。それ以上の関係はないのだけど。

「笹谷さんとは何ともないんだけどな」

「竹宮くんがそう思っていても相手はわからないよ? それに奈々美と笹谷さん2人ともって……」


 そうか。奈々ちゃんと笹谷さん、ジムで仲良くしてそうな気がしたけど、まだ数回しか会ってなかったしな。


「じゃあさ、松永が奈々美を夕食に誘ってて、奈々美が『はるくんも一緒にどう?』って言ったらどうする?」


 それは――微妙だな。

 先生としてならありだとは思うけど、もし松永が奈々ちゃんと仲良くしていたら……そう考えると胸が苦しくなってきた。


「確かにそれは困るかも……奈々ちゃんの気持ちを考えるべきだった」

「でしょう?」

「笹谷さんに断ってくるよ」


 そして僕はもうひとつの違和感を覚える。

 

「……どうしてそこに松永が出てくるの?」


 菊川さんがハッとした表情になった。

「あ……いや……何となくよ! 特に深い意味はないから。じゃあね」

 彼女もロッカールームに向かう。


 何だろう……見えないところで松永が奈々ちゃんに近づいてきているんじゃないかと思えて、僕の心はざわめいていた。


 

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