第17話 アルバイト先にて②

「お待たせしました」

 今日もカフェでアルバイトだ。夏休みだと何となく混雑しているような気がする。限定メニューのマンゴーパフェ目当てのお客さんが次々とやってくる。


 私も少し慣れてきて体力もついたと思う。最近はやりがいも感じるようになってきた。「美味しかった、ご馳走さま」と言われるとこちらまで元気になれる。


「いらっしゃいませ」

 入り口に向かうと……はるくんと笹谷さん、そして同じサークルの人と思われる男女がいた。

「奈々ちゃん! 来たよ」とはるくんが嬉しそうに言う。


 私は彼に「ありがとう」と笑顔を見せて、「4名様、こちらへどうぞ」と案内した。

 サークルの帰りのようだ。みんな1年生っぽいけど、私よりも大人びている。


「ご注文はお決まりですか?」

「おすすめってある?」

 はるくんまでおすすめを聞いてくるのか、と思ったけど……そう言われて照れくさくなる。


「季節限定のマンゴーパフェが人気です」

「じゃあそれにするよ」

「私も竹宮くんと同じがいい♪」と笹谷さんも言う。

 あとの2人も同じマンゴーパフェを選んでいた。今日はどのお客さんもこれを頼んでいる。マンゴーのオレンジは夏らしくて明るい気持ちになる。


 その後もちらりと見ると……笹谷さんははるくんの隣で彼の方ばかり見ている。どう見てもはるくんに気があるよね。だけど私は彼を信じなきゃ。


「すみませーん」

 別のお客さんに呼ばれてそちらに向かう。いけない、お店全体を見ておくことが大事だった。


 お客さん対応をしたり、片付けをしたりお会計をしていると、はるくんたちのマンゴーパフェが出来上がった。トレイに乗せて2つずつ運んでいく。


「お待たせしました、マンゴーパフェです」

「美味しそう!」

 はるくん、夢中で食べていて少年ぽいな。そういうところ、好きかも。


 けれど、次の瞬間だった。

「あ、竹宮くん……クリームついてるよ♪」

 そう言って、笹谷さんがそっとはるくんの口元を指で拭っていた。


 ――え? 何それ。

 胸がチクっと痛む。

 いつの間にそういう仲になったの……?


「梅野さん、レジお願い」

 先輩の声だ。

「あ……はい!」

 驚いてる間もなく、私はレジに向かう。頭が真っ白になりかけてうまくレジが打てない。

 それでも、どうにか落ち着いて対応できた。


「ありがとうございました」

 ふぅと息をつく。何だろう、向こうに戻りたくないな。

 そう思いながら窓の外を見ていると、背の高い男性が見えてきて――あれは。


 入り口に現れたのは、松永先生だった。

「奈々美さん……来たよ」

「先生……! どうぞ、こちらへ!」


 まるで落ち込んだ私を助けに来てくれた騎士のように、松永先生がそばにいてくれる感じがした。席に案内すると、先生は前と同じマンゴーパフェを注文してくれた。

 

「アルバイトは慣れたか?」

「はい、だいたい覚えられました」

「それは良かったな」

 先生の笑顔は私を心から癒してくれる。力が湧いてきたみたい、まだまだ頑張れそう。


「……あれから、大丈夫か?」

「え……」

「この前相談してくれたこと」


 そうだ、先生にはるくんのことを相談していたんだ。

 実はちょうど彼と笹谷さんが目の前にいるんだけど……まさかこんなところで言えるわけがない。

 それに私の友だちの相談、ということにしているし。


「ありがとうございます……多分大丈夫だと思います」

「それならいいが」

 もしかして先生、私のことを心配してくれたのかな。

 だったらどうしよう、またドキドキしてきちゃった。


 その後、先生のマンゴーパフェを運ぶと「ありがとう、奈々美さん」と言われる。それだけで今日アルバイトして良かった、なんて思ってしまう。

 

 先生と一緒にいると胸の痛みがゆっくりとほどけていく。

 だけどその奥で――何かが静かにずれていく音がした。



 ※※※



 (竹宮くん視点)

 サークル帰りに、奈々ちゃんのアルバイト先のカフェに寄った。今日彼女はいるだろうか……いた! カフェのエプロンが似合っていて可愛い。


 席につくと早速同級生たちに言われる。

「けっこう可愛いね、彼女」

「純粋そう」

 そう、奈々ちゃんは僕の自慢の彼女。じっと見ていると注文も取りに来てくれた。


「僕、奈々ちゃんのおすすめがいいな」

 彼女は顔を少し赤くしてマンゴーパフェが人気だと教えてくれた。そうやって照れている表情が好き。


 案の定、笹谷さんに「竹宮くんたら、彼女ばかり見てる」と笑われる。何ですぐにわかるのだろう。まぁいいか。

 しばらくしてマンゴーパフェを持って来てくれた奈々ちゃん。何だか大変そうだから、自分たちで取りにいくよって言ってあげたい……なんてね。


「美味しい!」

「夏って感じ」

 マンゴーがジューシーでさっぱりしていて甘味もある。夢中で食べていると、笹谷さんがスッと僕の口元のクリームを拭ってくれた。

 

 ――恥ずかしい。

 子どもみたいじゃないか。

 奈々ちゃんに見られたかな、と思っていたら彼女がいない。


 すると、入り口の方から背の高い男性が歩いてくる。

 あのぬっとした現れ方は……松永? しかも奈々ちゃんがにこやかに案内している。


 松永は僕たちの近くに座って、まだ彼女と喋っている。話、長くないか?

 そして……奈々ちゃんの頬が徐々に染まっていくような気が。僕の前で見せる表情とは少し違う、明らかに嬉しそうな雰囲気。


 何だよ。

 どうしてそんな顔してるんだよ。


「ねぇ、あの人かっこよくない?」と笹谷さんが小さな声で話す。

「かっこいいよね、イケオジだ」ともうひとりの女子も頷く。

 僕は言葉にならない悔しさで、マンゴーパフェが少し溶けかかっていることにも気づかなかった。


「……竹宮くん、どうかした?」

「あ……ごめん。何でもない」

 いけない、松永は奈々ちゃんの母親の恋人なんだから。

 きっと娘みたいに思ってるだけだ。


 ――それでも、何か嫌だ。

 彼女に近づいて欲しくない。


 だけど何故かもう遅いような気がして、僕は胸騒ぎを覚えた。

 彼女の笑顔を守りたいだけなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。

 胸の奥に、知らない痛みが生まれていた。

 

 

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