第34話 神在律の発動

 聖王院の白塔――

 その頂上に広がる祭壇は、今や空そのものと繋がっていた。


 黄金の魔法陣が塔を包み、幾千の光の帯が天へ伸びる。

 夜空は裂かれ、無数の古代文字が星のように瞬いていた。


 リオンたちはその下層、巨大な螺旋階段を駆け上がっていた。

 空気は熱を帯び、魔力が肌を焼くほど濃い。


 「……息が詰まる……!」

 ミナが顔をしかめる。

 「魔力の濃度が高すぎる。普通の人間なら意識を失うわ。」

 アーテルが答える。


 リオンは息を整えながら前を見据えた。

 「構うな。上に行くぞ。」


 その声は、焦燥と決意の入り混じったものだった。

 今、この瞬間にもヴァルドの儀式が進行している。

 間に合わなければ、世界そのものが書き換えられる。


 塔の最上層。

 そこでは枢機卿ヴァルドが神在律の中心に立っていた。

 祭壇の周囲には十二の石棺が浮かび、その内部から銀の液体が流れ出している。


 それは魂の素子――かつて神が人に分け与えた創造の欠片。

 それらが空中で渦を巻き、ヴァルドの体に吸い込まれていく。


 「神在律、展開率八十パーセント。」

 マリアが低く報告する。

 「聖印反応、全系統安定。これで……我らは神の領域へ。」


 ヴァルドの口元が歪む。

 「これが神の理。愚かな人間どもが信仰に縋り、腐り果てた世界を支配してきた偽りの創造主を――我が手で、再構築する。」


 祭壇の光がさらに強まり、天と地を繋ぐ柱が出現する。

 その中心に、淡く青い球体――創造核が浮かび上がった。


 それはかつてリオンが手にした、世界の理の源。


 ヴァルドはその前に立ち、静かに手を伸ばす。

 「来たれ、創造主の魂よ。我が身を器とし、この世の理を再び正せ。」


 同時刻。

 リオンたちは最上層の扉を前に立ち止まっていた。

 扉には聖王の紋章が刻まれ、強烈な封印魔法が走っている。


 ゼロが目を閉じ、額に手を当てた。

 「この封印……拒絶の波動だ。僕なら、解けるかもしれない。」


 「危険じゃないの?」

 ミナが言う。

 ゼロはかすかに微笑んだ。

 「危険じゃないことなんて、もうないさ。」


 彼は手を伸ばし、封印陣に触れた。

 その瞬間、金色の稲妻が走る。

 だがゼロは眉一つ動かさず、掌から黒い光を放った。


 「――拒絶核解放。」


 封印陣が軋むような音を立てて砕け散る。

 リオンは剣を抜いた。

 「行くぞ!」


 扉が開かれ、まばゆい光が彼らを包んだ。


 そこに広がっていたのは、現実を超えた光景だった。

 床も壁も消え、空間そのものが金と白の光で満たされている。

 中心には巨大な魔法陣、そしてその中央に――ヴァルド。


 彼の体はすでに人のものではなかった。

 背には六枚の翼、頭上には光輪。

 皮膚は金属化し、目は白く輝いている。


 「……ヴァルド!」

 リオンが叫ぶ。


 ヴァルドはゆっくりと振り向いた。

 「ようやく来たか、創造主の後継者よ。」


 その声は人のものではなく、

 まるで大地そのものが語っているように重かった。


 リオンが剣を構える。

 「お前の目的は何だ! なぜ世界を壊す!」


 「壊す? 違う。」

 ヴァルドは笑う。

 「私は救うのだ。神の不完全な創造を、完全なる神在律へと戻す。」


 「それが救いのつもりか!」


 リュシアが杖を構え、アーテルが双剣を交差させる。

 ミナは詠唱を始め、ゼロは静かにリオンの隣に立った。


 ヴァルドが手を掲げる。

 「ならば証明しよう。この力こそ、神の意志であると!」


 光が炸裂した。

 空間が歪み、黄金の刃が無数に降り注ぐ。


 「避けろ!」

 リオンが叫ぶ。

 仲間たちは散開し、魔法と剣撃が交錯する。

 だが、ヴァルドは微動だにしない。


 その身体はあらゆる攻撃を拒絶していた。

 「神在律・絶対理式――無限防壁。」


 アーテルの一撃が弾かれる。

 「チッ……防御の概念そのものを固定してやがる!」


 リュシアが呪文を唱え、封印陣を展開する。

 「リオン! 一瞬だけ、あの障壁を開くわ!」


 リオンは頷き、剣を握り直した。

 「行くぞ、ゼロ!」


 「了解。」


 二人の声が重なり、黒と白の光が交錯する。

 「――創造拒絶融合・レプリカ・ディヴァイン!!」


 リオンの剣が閃光を放ち、ヴァルドの障壁に突き刺さる。

 瞬間、神在律の陣が軋みを上げた。


 ヴァルドの目が見開かれる。

 「まさか……創造と拒絶を同時に扱うだと!?」


 リオンは歯を食いしばる。

 「お前の理屈なんか、知るか!俺は――仲間と、この世界を守る!!」


 光が弾け、空間が崩壊を始める。

 ヴァルドの姿が光の中に包まれ、

 リオンたちは爆風に飲まれた。


 ――そして。


 光が収まった時、リオンは瓦礫の中に倒れていた。

 視界の端に、崩れた白塔が見える。

 仲間たちも意識を取り戻しつつあった。


 「……終わったのか……?」


 リュシアが呟く。

 だがその瞬間、空から声が響いた。


 『終わりではない。これは始まりだ――創造主の子よ。』


 空が割れ、そこに浮かんでいたのは――

 ヴァルドではなかった。


 それは、純白の翼を持つ存在。

 神在律そのものの具現。


 リオンの心臓が跳ねる。

 「まさか……神在律が、意志を持ったのか!?」


 アーテルが呟いた。

 「……ヴァルドの儀式、成功してしまったのね。」


 空の光が強まり、世界が再び揺らぐ。

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『無能と呼ばれた少年は、追放の果てに全てを写す――スキルコピーで始める英雄譚』 夢見叶 @yuuki180

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