第33話 枢機卿ヴァルドの計画

 白塔の最上階、静寂に包まれた円形の広間。

 巨大な聖印が床に刻まれ、淡い光が脈動していた。

 その中心に、枢機卿ヴァルドが立っていた。


 彼の周囲には、十二の石棺が並んでいる。

 棺の中には、半ば機械化された聖職者たちが眠り、

 その胸には拒絶の印が刻まれていた。


 ヴァルドは杖を静かに掲げる。

 「……再創造計画、最終段階に移行する。」


 低く、重い声が響く。

 彼の前に立つのは、黒衣の女――マリア。

 その瞳はどこか愉悦を含んでいた。


 「ようやく、ですね。創造主の力が器に揃いつつある。」


 ヴァルドは頷いた。

 「拒絶体・第零号がリオン・カイルと融合した。予定より早いが、結果としては好都合だ。創造と拒絶――二つの理が、ようやく一つに揃った。」


 マリアが微笑む。

 「では、次は再構築……世界を神の手に戻す時。」


 ヴァルドは天井を見上げた。

 そこには、黄金の巨大魔法陣が広がっている。

 幾千の符号が組み合わされ、

 中心には古代語でこう刻まれていた。


 ――神在律・リゼルフィア。


 それは、かつて世界を生んだ最初の理。


 「だが、その理を扱えるのは神のみ。」

 マリアが低く言う。

 「あなたは……どうやって神を再現するつもりなのです?」


 ヴァルドは静かに目を閉じた。

 「簡単なことだ。神を作るのではない。創造主の魂を、奪い取る。」


 マリアの目がわずかに揺れた。

 「……リオン・カイルを、ですか。」


 「そうだ。」

 ヴァルドの瞳が赤く輝く。

 「創造主は世界に秩序を与えたが、同時に拒絶をも生んだ。その不完全な理を、人の手で完成させる―それが我ら聖王院の使命だ。」


 「しかし、それは神への反逆では?」

 「反逆などではない。」

 ヴァルドは口元に笑みを浮かべた。

 「神の代わりに、我らが神となるのだ。」


 一方その頃、リオンたちは王都の地下にある旧修道院跡に身を潜めていた。

 崩れた壁の隙間から、微かに陽光が差し込む。


 ゼロが膝を抱え、静かに座っていた。

 その瞳は、どこか遠い記憶を探しているようだった。


 「……俺の中に、たくさんの声がある。」

 ゼロが小さく呟く。

 「命令、祈り、嘆き。まるで、俺が誰かの記憶そのものみたいで。」


 リオンは頷く。

 「お前は拒絶体でありながら、創造主の欠片を持ってる。もしかしたら、お前の中に神の記録が残ってるのかもしれない。」


 「神の……記録。」


 リュシアが眉をひそめた。

 「でも、そんな危険な実験、聖王院の誰が許可を――」


 「筆頭枢機卿ヴァルド。」

 アーテルの声が遮った。

 「奴が全ての黒幕よ。」


 「知っているのか?」

 リオンが問う。

 アーテルは小さく頷いた。


 「昔、聖王院にいた頃に噂を聞いた。ヴァルドは神在律を再現しようとしているって。でも、それには創造核と拒絶核、両方の力が必要だった。だからこそ、あなたを――リオンを狙ってる。」


 リオンの拳が握り締められる。

 「つまり俺は、奴らの鍵ってわけか。」


 ミナが心配そうに見つめる。

 「どうするの……? このままじゃ、また狙われるよ。」


 リオンは立ち上がった。

 「行くしかない。ヴァルドのところへ。」


 リュシアが息を呑む。

 「まさか、乗り込む気!?」


 「そうだ。奴が何を企んでいるのか、確かめなきゃならない。……それに、もし再創造が始まれば、世界そのものが壊れる。」


 アーテルが腕を組む。

 「無茶はいつものことね。けど――賛成よ。」

 ミナも頷く。

 「ボクも。だって、リオンは放っておけないもん。」


 ゼロがゆっくりと立ち上がった。

 「僕も行く。僕の中にある“神の記憶”が、きっと鍵になる。」


 リオンは微笑んだ。

 「ありがとう、ゼロ。」


 リュシアが苦笑する。

 「まったく、あなたってほんと無鉄砲。」

 だがその声には、確かな信頼が宿っていた。


 夜。

 一行は聖王院の白塔を遠くから見上げていた。

 塔の最上階には、黄金の光が揺らめいている。


 リオンが低く呟く。

 「……あそこに、ヴァルドがいる。」


 ゼロが目を閉じ、静かに集中する。

 「感じる……強い拒絶の理。それに混ざって、創造核の波動も。」


 リオンの目が見開かれる。

 「創造核が、あそこに?」


 「おそらく、ヴァルドが再構築に使うつもりなんだろう。」アーテルが言った。

 「創造核を媒介にすれば、世界そのものの法則を上書きできる。」


 リュシアが震える声で言う。

 「そんなことをしたら……この世界が滅ぶ。」


 リオンは剣を握りしめた。

 「だから止める。今度こそ。」


 ゼロが隣に立つ。

 「もし僕が暴走したら……そのときは、迷わず斬って。」


 「馬鹿言うな。」

 リオンは微笑んだ。

 「お前はもう拒絶体じゃない。俺の仲間だ。」


 その言葉に、ゼロの瞳がわずかに震えた。

 そして、静かに頷いた。


 白塔の頂、ヴァルドは黄金の魔法陣の中で杖を掲げていた。

 「――来るがいい、創造の継承者よ。」


 彼の唇に笑みが浮かぶ。

 「全ては神在律の再現のために。」


 床の聖印が輝きを増し、塔全体が唸りを上げた。

 その中心に、巨大な目が開かれる。


 ――世界そのものを見下ろす、神の瞳。

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