第21話 創造の記録(コード)

 翌朝、リオンは森の奥で一人、手の甲に刻まれた紋章を見つめていた。

 《創造:記録解読(コード・アーク)》――昨日、石碑から授かった力。


 「……これは、スキルとは違う。

  だけど……どう使えばいいんだ?」


 手をかざすと、空中に光の文字が浮かび上がった。

 円環のように回転し、ひとつひとつが違う形をしている。


 イリスが後ろから声をかける。

 「また一人で実験? 危ないわよ。」

 「いや、試してみたくてさ。」

 「あなたの試すは、たいてい爆発するのよね。」

 イリスが苦笑する。


 リオンは手を動かしながら、記録を解析していた。

 「これは世界構文――神が世界を造った時に使った言語だと思う。」

 「つまり、神の設計図?」

 「たぶん。それを読む力が《コード・アーク》なんだ。」


 イリスが真剣な顔になる。

 「……リオン。

  それ、もし間違って使えば世界の崩壊に繋がるわ。」

 「わかってる。でも、これを理解しなきゃ進めない。」


 彼の目に映る光の記号が、一瞬で組み変わる。

 次の瞬間、足元の地面が淡く光った。

 「《創造:地脈視界(ジオ・ビジョン)》」


 地面の下に流れる魔力の脈が視える。

 木々の根、川の流れ、獣の命脈――すべてが線で繋がっていた。


 「……すげぇ。

  世界そのものが“生きてる”みたいだ。」


 イリスも目を見開く。

 「地脈を視るなんて、王国の大賢者でも不可能なのに。」

 「この構文を読めば、自然の法則そのものを再現できる。」

 リオンは拳を握った。

 「つまり――創造の力は、再構築の力でもある。」


 その夜。

 焚き火を囲む中で、ミナが薪をくべながら聞いてきた。

 「ねぇ、リオン。

  その構文って、どういう意味があるの?」

 「うーん……簡単に言えば、世界の命令文だ。」


 「命令文?」

 「たとえば、『火は燃える』『水は流れる』――

  そういう当たり前の現象を定義してる言葉。」


 イリスが補足するように言った。

 「つまり、その命令を書き換えられるってことよ。」

 ミナが驚いた顔をする。

 「え、それって……神さまになっちゃうんじゃ……?」

 「違う。」リオンは首を振った。

 「神の模倣じゃなく、修正だ。

  神が造った世界に、俺たちが手を加える。」


 ミナは少し考え込んでから笑った。

 「難しいことはわかんないけど……

  それで、みんなが幸せになれるならいいと思う!」


 リオンが苦笑する。

 「単純だけど……正しいな。」

 イリスも微笑む。

 「あなた、そういう言葉に弱いのよね。」


 その夜更け。

 リオンは一人、焚き火の火が消えかけた頃に立ち上がった。

 「……もう少しだけ、試すか。」


 《コード・アーク》を起動する。

 光の文字が再び浮かび上がり、頭の中に直接語りかけてきた。


 《入力:世界構文/範囲:局所》

 《命令:再構築可能領域確認》


 リオンの視界が白く染まる。

 空間が分解され、点と線が無限に広がっていく。

 まるで世界の骨格を覗き込んでいるようだった。


 (これが……世界の仕組み……?)


 その中で、一つの異物が見えた。

 他の構文とは違う、黒い文字。

 《拒絶:侵食中》


 リオンが息を呑む。

 「……拒絶の構文が、もう世界の根にまで……!」


 つまり、神造遺物ノクス・ブリンガーが発する黒霧は、

 単なる兵器ではなく――世界を書き換える力そのものだった。


 「創造と拒絶……。

  どちらも、同じ言語を使ってるのか。」


 思考の中で、声が響く。

 ――そうだ、創造の子。


 リオンが振り返ると、光の中に白い影が立っていた。

 輪郭も定かでない、けれど確かに人の形をしている。


 「……誰だ?」

 ――我は原初の創造者。

   神と呼ばれたものの、失敗作。


 リオンの心が震える。

 「神の……失敗作?」


 ――創造は完全ではなかった。

   拒絶はその裏面。

   神は自らの不完全を恐れ、二つを分離した。


 「じゃあ、拒絶も神の一部ってことか。」

 ――そう。

   ゆえに、お前が触れた構文は“原初”に繋がる。


 「なぜ俺なんだ? 俺はただの追放者だ。」

 ――追放とは、創造の最初の形。

   すべての新世界は、拒絶”から始まる。


 その言葉とともに、影がゆっくりと消えていった。

 残ったのは、ひとつの光の文字。


 《継承:創造神系統 第壱段階》


 リオンの体に新たな力が流れ込む。

 彼の手がわずかに震える。

 「これが……創造神系統……」


 まるで宇宙の構造を覗き見るような感覚。

 すべての物質、命、運命――それらの根が視える。


 「この力、扱い方を間違えたら……世界が壊れる。」


 焚き火の赤が彼の横顔を照らす。

 「でも……壊さなきゃ、創れないものもあるんだろう。」


 翌朝。

 イリスとミナが眠っている間に、リオンは一枚の石板を取り出した。

 《創造:記録転写》

 石板の上に光の文字を刻み、昨日見た構文を写し取る。


 「この力を記録しておかないと……俺がいなくなった時のために。」


 リオンは静かに息を吐いた。

 遠くで鳥の声が響く。

 森の霧は晴れ、朝日が差し込んでいた。


 「創造の記録、第一章――

  拒絶と創造は、同じ根を持つ。」


 その言葉を書き残し、リオンは剣を腰に戻した。

 これからの旅が、ただの逃避ではなく、

 世界の真実を暴くものになることを悟っていた。


 その頃、王都。

 聖王院の大聖堂では、アルバがひざまずいていた。

 「報告いたします。

  創造の子、世界構文への接触を確認。」


 白衣の聖王が、ゆるやかに立ち上がる。

 「やはり……覚醒したか。」

 隣に控える少女が一歩進み出た。

 漆黒の髪、金の瞳――その存在はどこか神々しかった。


 「私が行こう。

  創造の子と拒絶の間に立つ者として。」


 聖王は微笑む。

 「よかろう、アーテル。

  ――黒の巫女よ、彼を試せ。」


 アーテルが小さく頷き、翼のような黒布を翻して姿を消した。


 リオンは、遠く離れた森の中で、その名を知らずにいた。

 だが、その日から、彼の運命は再び大きく動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る