第20話 ルヴェルの亡霊
戦いの翌日、森の霧が薄れ始めたころ。
リオンたちは、黒焦げた跡が点々と残る村の跡地――ルヴェルへと足を踏み入れた。
「……ここが、ミナの村……」
イリスが呟く。
焦げた家々、崩れた井戸、風に舞う灰。
まるで時間が止まったような静寂。
ミナは口を押さえ、膝をついた。
「父さん……母さん……」
震える声。
彼女の瞳に、かつての笑顔が蘇るようだった。
リオンは黙って近づき、そっと肩に手を置いた。
「……ミナ。無理に思い出さなくていい。」
「ううん。ちゃんと見たいの。……逃げてたら、前に進めない。」
イリスが光の魔法で瓦礫をどかす。
そこから、焦げた木製の札が出てきた。
《獣人解放を――》
文字は途中で焼け落ちていた。
「やはり、反聖王派と見なされたのね。」
イリスの声が硬くなる。
リオンは唇を噛みしめた。
「それだけで……村ごと消すのか。」
沈黙。
ミナの指が、土の中の何かを探るように震えていた。
「……あった……!」
小さな石のペンダント。
割れた面に、獣人族の古い紋章が刻まれている。
「父さんが作ってくれたの。
森の心臓を守る石って。」
リオンがその言葉に反応する。
「森の心臓……?」
「うん。村の奥にある祠に、古い石碑があって……」
彼女の言葉を遮るように、風が吹いた。
灰が舞い上がり、奥の森から低い唸り声が響く。
「リオン……これ、ただの風じゃない!」
イリスが構える。
次の瞬間、黒い靄が村の中央に集まっていった。
それはやがて、人の形をとった。
黒い煙の中に、鎧の残骸と焦げた翼。
「……お前たちは……まだ……ここに……」
ミナが息を呑む。
「まさか……父さん……?」
その声に、霧の中の亡霊がゆらりと動いた。
「……ミナ……逃げろ……心臓を……守れ……」
「心臓……またそれか!」
リオンが叫ぶと、霧の亡霊がこちらを向く。
その瞳孔のない目が、まっすぐにリオンを射抜いた。
「……創造の……子……」
リオンの体がびくりと震える。
「お前……俺を知っているのか!?」
「……この森の……主が……お前を待っている……
心臓の封印が……解ける時……世界は――」
そこまで言いかけて、黒い霧が弾けた。
断末魔のような叫びが風に溶け、跡形もなく消えた。
沈黙。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
イリスが静かに呟く。
「……あれ、死者の魂じゃない。
拒絶の霧に取り込まれた残滓よ。」
「拒絶の……霧?」
「ええ。
生命と魔力を同化させ、虚無に変える。
――つまり、神の拒絶は生者も死者も区別しない。」
ミナが涙を拭き、強い目で祠の方を見た。
「……それでも、行きたい。父さんが守った“心臓”を確かめたい。」
リオンは頷いた。
「行こう。あの言葉が本当なら、ここに何かがある。」
祠は森の最奥にあった。
倒れた木々の間に、石の柱と崩れかけた祭壇。
その中央に、淡く光る石碑が立っていた。
「これが……森の心臓?」
イリスが指先で触れようとした瞬間――。
リオンの胸の奥で何かが共鳴した。
(……来る。)
光が爆ぜる。
石碑の文字が空中に浮かび上がった。
《創造の記録 第零頁》
《神、最初の世界を創り、拒絶された。》
《そしてその欠片を、創造の子へ託す。》
リオンの瞳が光を映す。
頭の奥で、遠い声が響く。
――創れ。滅びを超える世界を。
「リオン!」
イリスの声で我に返る。
目の前の石碑に、光の紋章が刻まれていた。
「これは……スキル文字?」
「いや、違う。」リオンは呟く。
「これは……世界構文だ。」
その瞬間、光がリオンの手に吸い込まれた。
痛みではない。
だが、確かに何かが体の奥へ刻まれていく。
《創造:記録解読(コード・アーク)》を取得しました。
脳裏に文字が走る。
それはこの世界の根幹を成す創造の言語そのものだった。
イリスが震える声で言う。
「リオン……あなた、今……世界の書に触れたのよ。」
リオンは拳を握る。
「……神が創ったものを、人が解読する。
そういう時代が来るんだ。」
ミナが小さく笑った。
「父さん、きっと喜んでる。
だって、守った意味があったんだもん。」
リオンは彼女に微笑み返す。
そして振り返り、祠の奥の暗闇を見つめた。
「この心臓が眠っていた理由……
きっと、神も恐れたんだろうな。」
イリスが静かに頷く。
「ええ。創造の言語を解く者が現れることを。」
その夜。
焚き火の明かりの中、リオンは手の甲に浮かぶ光紋を見つめていた。
「……俺は、どこまで創っていいんだろうな。」
イリスが微笑む。
「どこまででも。あなたの信じる限り。」
「でも、それが誰かを傷つけるなら?」
「創造も破壊も、同じ手で行うものよ。
問題は――どんな意味を与えるか、じゃない?」
火の粉が夜空へ舞う。
ミナはその隣で、小さな声で祈りを捧げていた。
「父さん、母さん……
私、もう泣かない。
この人たちと一緒に、未来を創るから。」
リオンは静かに目を閉じた。
その胸の奥で、新しい力が脈動していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます