第13話 紅蓮の再誓
――王都レグナリア、夜。
聖王院の塔を照らす月光が、白い石畳を淡く染めていた。
塔の最下層、《断罪の間》。
そこは、王国が不要と判断した者たちを沈めるための場所だった。
暗闇の中、ひとつの牢があった。
鉄格子の向こうで、女が静かに膝を抱えている。
長い紅の髪。閉じた瞳の下には、戦士の証――傷跡が走っていた。
セラ・ノア。
かつて
だが、任務失敗の責を負わされ、今は囚われの身。
扉が軋む音がした。
光が差し込み、黒衣の男が入ってくる。
「……久しいな、セラ。」
その声に、セラはゆっくりと目を開いた。
「……局長。」
バルドレインは薄く笑う。
「お前の沈黙は、懺悔か、それとも拒絶か?」
セラは答えなかった。
ただ、ゆっくりと立ち上がる。
その動作は、まだ戦士のままの気配を残していた。
「……リオン・グレイは生きている。」
バルドレインの言葉に、セラの瞳がかすかに揺れた。
「……やはり。」
「お前が止めを刺さなかったからな。もっとも、それで正解だ。」
セラは沈黙したまま、目を伏せる。
バルドレインは鉄格子の外で腕を組んだ。
「創造スキル――神話級の力。
我々の理に従わぬ存在。……だが、あれを殺すには惜しい。」
「……局長。貴方は“神政”を信じているのですか?」
「信じているさ。だが、神の意志を成すのは人だ。」
バルドレインの声は冷たい。
「人が神を支配する時代が来る。そのために、リオンが必要だ。」
「……利用するつもりですか。」
「違う。試すのだ。」
彼はポケットから鍵を取り出し、鉄格子を開いた。
「行け。紅蓮の処刑人セラ・ノア。」
セラの瞳に、赤い光が宿る。
「……再び、剣を取る日が来るとはな。」
「任務は単純だ。リオン・グレイを見つけ、導け。
その力が“破滅”か創造か――確かめろ。」
沈黙。
そして、セラは静かに頷いた。
「……了解しました。
あの少年の瞳が、まだ人であるうちに。」
夜の王都を出る馬車が、一台。
誰も知らぬうちに、紅の影が城門を抜けた。
車輪の音が遠ざかる中、セラは空を見上げる。
「リオン……。あなたは、何を掴んだの?」
月の光が、彼女の剣を赤く染めていた。
一方その頃。
ルゼルの森の奥、リオンは夢の中にいた。
――暗闇。
どこまでも続く虚無の空間。
その中心に、ひとりの少女が立っていた。
白い髪。金色の瞳。
どこか懐かしい気配を纏っている。
「……君は?」
リオンが問うと、少女は微笑んだ。
「やっと来たのね。創造の子。」
「俺のことを、知ってるのか?」
「ええ。私はこの世界の根。あなたたちがスキルと呼ぶ力の源よ。」
リオンの瞳が見開かれる。
「スキルの……源?」
少女は頷いた。
「あなたの創造は、模倣から始まった。
でもそれは、模倣では終わらない。神を越える可能性がある。」
「……神を、越える?」
「そう。
神々は世界の形を創ったけれど、
あなたは世界の意味を創り直す者。」
少女の声が、遠く響く。
「けれど、選ばなければならない。
創造は祝福であり、破滅でもある。
あなたが進む道によって、世界は変わる。」
リオンの心臓が高鳴る。
「俺は……破滅なんか望まない。」
「ならば、覚えて。――創造は、想いの形。」
光が広がり、少女の姿が霞む。
「あなたの想いが純粋である限り、
この世界は、あなたに応えるでしょう。」
「待ってくれ、君の名前は――!」
「……アウル。あなたの始まりよ。」
名を告げた瞬間、世界が崩れ、リオンは目を覚ました。
「……夢、か。」
リオンは荒い息を吐きながら、額の汗を拭う。
夜明けの光が差し込み、森が淡く染まっていた。
イリスが駆け寄る。
「リオン! よかった、目が覚めたのね!」
「どのくらい寝てた?」
「二日。ずっと高熱で……本当に心配したのよ。」
リオンは小さく笑った。
「悪い。少し、見たんだ。」
「見た?」
「世界の奥底――スキルの源。」
イリスは驚きの表情を見せた。
「そんなもの、存在するの……?」
「分からない。けど、確かに声を聞いた。」
リオンは拳を握る。
「俺の創造は、まだ始まりにすぎない。」
その頃、街道を走る黒馬の上で、セラは目を閉じていた。
風が紅の髪を揺らす。
懐から取り出したのは、古びたペンダント。
中には、笑顔の少年と幼い少女の絵が収められていた。
「……昔の私たちは、何も知らなかった。」
彼女は独り言のように呟く。
「でも今は分かる。
神の理は、守るためじゃない。壊すためにある。」
剣の柄を握る指が、白くなる。
「リオン。次に会う時――私は、敵かもしれない。」
紅い瞳が月を映し、静かに燃え上がった。
夜明け前の空。
遠く離れた二つの存在――リオンとセラ。
その運命の糸が、再び交差しようとしていた。
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