第2話 廃村の少女
雪が降っていた。
白い粒が風に舞い、静寂の中に溶けていく。
リオン・グレイは、凍えた息を吐きながら、山道を登っていた。
王都を追われて三日。
まともな食事はしていない。足取りは重く、視界は霞んでいた。
「……はは、情けないな」
つぶやきは霧に消えた。
背負った荷袋には、干し肉が一切れと、ほとんど空の水袋だけ。
このまま進んでも、どこにもたどり着かない。
それでも、立ち止まれば死ぬ――ただ、それだけが身体を動かしていた。
夕暮れ、雪の向こうに影が見えた。
朽ちた木造の家々、崩れた井戸、そして沈黙した鐘楼。
廃村だった。
リオンは扉を押し開け、家屋の中に入った。
壁の隙間から雪が入り込み、床には焦げ跡が残っている。
かつて火災に遭ったのだろう。
「……助かった。少しは風を防げる」
薪を探して火を起こす。
燃え上がる橙の光が、ようやく身体の感覚を取り戻させた。
――そのときだった。
外で、足音がした。
リオンは反射的に剣を抜いた。
ぎこちないが、訓練で覚えた構えだ。
扉がゆっくりと開く。
「……誰?」
現れたのは、一人の少女だった。
金色の髪を三つ編みにまとめ、肩には雪が積もっている。
薄汚れた外套の下から、光を帯びた杖が覗いていた。
「あなた……生きてるのね。こんなところで何をしているの?」
「……旅の途中で、雪に追われて。廃屋を見つけて休んでたんだ」
少女は少し警戒したようにリオンを見つめたが、やがて安堵の息を漏らした。
「そう……よかった。私はイリス。この村を調べていたの」
「調べていた?」
「ええ。ここ、五年前に魔獣に襲われて滅びた村なの。
私は……その時に行方不明になった人を探してるの。」
イリスはそう言って、焚き火の前に腰を下ろした。
光に照らされた横顔は、静かで、それでいてどこか儚げだった。
「君は……スキル持ちか?」
「一応ね。治癒と光の加護を司る《癒光》のスキル。あまり戦闘向きじゃないけど。」
「そうか……」
リオンは焚き火を見つめながら、手を握りしめた。
――スキル。
その言葉を聞くだけで、胸の奥が焼けるように痛む。
「あなたは?」
イリスが問いかけた。
リオンは少しの沈黙のあと、かすかに笑った。
「俺は……無能だよ。何のスキルも持っていない」
「……そう。」
イリスの声には、軽蔑も同情もなかった。
ただ、事実を受け止めるように静かだった。
「でも、生きている。それだけで十分じゃない?」
「……そう言えるのは、強い人だけだ」
イリスは微笑み、焚き火の光に照らされた瞳が金色に輝いた。
「あなた、優しいのね」
「そんなことはない。むしろ、俺は弱い」
静かな夜が二人を包み込む。
やがて、雪が止み、火の粉が舞い上がった。
夜半。
不意に、地鳴りのような音が響いた。
イリスが目を開け、杖を握りしめる。
「……魔獣の気配。近い。」
「魔獣……?」
外に出ると、月光の下、黒い霧が揺れていた。
その中から、獣のような唸り声。
次の瞬間、灰色の
「まずい、ここにいたのか!」
イリスが詠唱を始める。
「――《癒光の障壁》!」
光の壁が広がり、狼の爪を弾いた。
だが、衝撃でイリスは後退し、膝をつく。
「くっ……!」
「イリス、下がって!」
リオンは剣を構えた。
鋭い爪が迫る。
受け止めた瞬間、腕に激痛が走った。
骨が軋む。血が流れる。
「やめて! あなたじゃ無理!」
イリスの叫びが届く。
彼女は再び詠唱を試みるが、足元に血が滲んでいた。
「……逃げろ」
「嫌だ!」
イリスがリオンの前に立ち、光の障壁を張ったその瞬間――
爪が振り下ろされ、彼女の腕から血が飛んだ。
「イリス――っ!」
リオンの視界が赤に染まる。
次の瞬間、世界が揺れた。
心臓が焼けるように熱い。
イリスの血が、光の粒となって宙を舞う。
それが、彼の胸に流れ込んでいった。
《スキル模倣(コピー)》――発動条件、成立。
対象:イリス=ルヴァン。
取得スキル:《癒光の障壁 Lv1》
「……な、んだ、これ……?」
目の前で光が広がる。
彼の意思に応じて、純白の壁が出現した。
次の瞬間、魔獣の牙がそれに弾かれる。
「これ……俺が?」
リオンは剣を握り直し、踏み込んだ。
光壁を足場に、跳躍。
刃が、月光を裂く。
――ズシャッ。
灰色の巨体が崩れ落ちる。
夜が静寂を取り戻した。
息を切らしながら、リオンは倒れたイリスを抱き上げた。
「大丈夫か?」
「うん……少し切っただけ。あなた……今、スキルを使ったの?」
「……たぶん。君の力を、少し……借りたみたいだ」
イリスは驚きの表情を見せたが、やがて微笑んだ。
「不思議な人ね。きっと、それがあなたの“才能”よ」
リオンは夜空を見上げた。
雪が止み、雲の切れ間から星が瞬いている。
(俺に、力がある。――無能なんかじゃない。)
胸の奥に灯った光が、確かに燃えていた。
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