第3話 模倣者の覚醒
夜が明けた。
廃村の上に朝日が差し込み、雪原が金色に光る。
焚き火の跡から白い煙が上がり、リオンはゆっくりと瞼を開けた。
「……生きてる、か。」
全身が痛む。だが、あの戦いの余韻がまだ身体に残っている。
確かに、あの時――自分はスキルを使った。
「《癒光の障壁》……確か、イリスのスキル名だったな」
リオンは手をかざしてみる。
意識を集中させると、掌の先に淡い光の膜が現れた。
その光はゆらめき、雪を照らす。
「やっぱり……使える。だけど、どういう仕組みなんだ?」
思考を巡らせる。
イリスの血が自分に触れた瞬間、脳裏にスキルの構造が流れ込んだ。
単に奪ったわけではない。
理解したのだ。
その瞬間、外から声がした。
「起きた? 朝ごはん、少しだけど作ったの」
イリスが戸口に立っていた。
包帯の巻かれた腕をかばいながらも、穏やかな笑みを浮かべている。
「ありがとう。……その腕、平気か?」
「うん、浅い傷よ。あなたが守ってくれたおかげでね」
リオンは視線を落とした。
焚き火の鍋から湯気が立ち上る。中には干し肉と根菜のスープ。
ほんのりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「君、料理もできるのか」
「生き延びるための最低限ね。旅をしてると、何でも覚えないといけないの」
イリスの声は淡々としていたが、その瞳にはどこか影があった。
食事を終えると、二人は村の周囲を調べ始めた。
雪の下から、崩れた民家の残骸や焼けた木材が見える。
魔獣の爪痕が石壁に刻まれていた。
「これが、五年前の襲撃の跡……?」
リオンが呟く。
イリスは頷き、指先で壁をなぞった。
「そう。私の両親も、この村で亡くなったの。
私はたまたま旅の修道女に連れられて、助かった。」
淡々と語られる言葉の奥に、深い悲しみが滲んでいた。
「それで、ここに戻ってきたのか」
「うん。失われた人たちの魂を、癒すために」
リオンは拳を握りしめた。
自分は何も持たない無能だと信じていた。
けれど、彼女のように誰かのために生きる人がいる。
ならば――自分も、何かを掴まなければならない。
その日の夕刻。
二人は村の中央にある小さな祠を見つけた。
壊れた神像の前に、まだ淡い光が漂っている。
「……魔素が残ってる。浄化されてないのね」
イリスが杖を構える。
「危険か?」
「ええ。魔獣の死骸から漏れ出した瘴気が、神域に溜まってる。放っておけば、また魔物が生まれるかもしれない。」
イリスが詠唱を始めた。
柔らかな光が杖の先から広がり、祠の周囲を包み込む。
だが、光はすぐに不安定になり、火花のように散った。
「駄目……魔素が濃すぎる!」
リオンは思わず前に出た。
「手伝う!」
「でも、あなたは――」
「できる! 君のスキルなら、俺にも扱える!」
リオンはイリスの手に重ねるように、自分の手を置いた。
その瞬間、温かな光が胸の奥に流れ込む。
《模倣発動:癒光の障壁+浄化陣》
重なった二つの光が共鳴し、祠を包み込んだ。
瘴気が弾け、雪が舞う。
空気が清らかになっていく。
「……成功した、の?」
イリスが驚いたように呟く。
リオンは息を荒げながらも、微笑んだ。
「たぶん……君のスキルを、少しだけ理解できた気がする。」
「理解?」
「そう。俺のスキルはコピーじゃない。
相手の力の仕組みを読み取り、自分の中で再現するんだ。
だから――俺は君の力を奪ってはいない。」
イリスは目を見開き、やがて微笑んだ。
「不思議な力ね。まるで……共鳴みたい。」
「共鳴、か。悪くない言葉だな。」
リオンは空を仰ぐ。
祠の上にかかった雲が流れ、夕日が雪を染めていく。
心の中で、何かが確かに変わり始めていた。
夜。
焚き火の前で、イリスは包帯を巻き直していた。
リオンは彼女の手元を見つめながら、ふと口を開いた。
「イリス。……もし俺が、この力で誰かを救えるなら、俺は無能じゃないよな?」
「当たり前でしょ。スキルなんて、誰かのために使うものよ。」
その言葉に、リオンの胸が熱くなった。
初めて、存在を肯定された気がした。
「ありがとう、イリス。君に会えてよかった。」
イリスは微笑み、火の粉を見つめた。
「こちらこそ。……ねえ、リオン。もしよかったら、この先の旅、私と一緒に行かない?」
「一緒に?」
「うん。この世界を癒す旅。君の力があれば、きっと多くの人を助けられる。」
リオンは一瞬迷い、そして頷いた。
「……ああ。俺でよければ、喜んで。」
焚き火がパチ、と音を立てる。
その光が、二人の瞳に映った。
彼の胸の奥で、新たな鼓動が鳴っていた。
《模倣者》としての覚醒。
それは、まだ誰も知らない未来の始まりだった。
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