第2話:新学期と仲間たち

 覚醒の日から三日が経った。

 リオ・フェルネスはその朝、まだ新しい制服の襟を直しながら鏡の前で深呼吸をした。胸の奥には、あの日の光の感触がまだ残っている。掌の中で淡く輝いた青白い波紋――それが、自分の中に流れる「異能」の証だ。


 「よし……今日からが、本当の始まりだ」


 窓の外では、学園の鐘が朝を告げていた。

 異能学園アカデミア・ディナミス――そこは、地球と異界〈アンスロボス〉を結ぶ巨大な都市の中核にある。異界門の安定化以降、人類とアンスロボスが共に暮らすこの街は、もはや一つの国家のように発展していた。


 廊下を歩くと、さまざまな姿の生徒たちが目に入る。

 普通の人間のように見える者もいれば、角を持つ者、瞳が異なる色で輝く者――アンスロボスの血を引く生徒たちだ。彼らもまた、異能を使う存在。人間と異界人が共に学ぶ、特別な学園。


 「おっ、リオ! 昨日の講堂の話、聞いたぞ!」


 背後から元気な声が響く。振り返ると、赤髪を逆立てた少年が駆け寄ってきた。名前はカイ・バルド。リオの同室の友人であり、覚醒前からの親友でもある。


 「いきなりテラスを倒したって? やるじゃねぇか!」

 「……あれは、偶然だよ。正直、あの時は怖かった」

 「謙遜すんなって! 俺なんか、まだ能力の発動も安定してねぇしさ。ほら――」


 カイが手を広げると、掌から火花が散った。小さな炎が一瞬で爆ぜ、次の瞬間には煙だけが残る。


 「ほらな? 俺の《焔紋(えんもん)》は気まぐれなんだ。感情が乱れると勝手に暴発しやがる」

 「……それでも、炎を出せるのはすごいよ」

 「いや、お前の“空間操作”には敵わねぇって!」


 二人の会話に、背後から柔らかな声が混ざった。

 「おしゃべりはほどほどに、講義に遅れるわよ」


 銀色の髪が光を弾く。アイリス・レンツが静かに立っていた。昨日、講堂でリオを助けた少女だ。冷静沈着な性格で、学園内でも優等生として知られている。


 「アイリス、おはよう」

 「おはよう、リオ。あなた、もう少し自信を持ったら? あの場で冷静に動ける人なんて、滅多にいないわ」

 「……ありがとう。でも、まだ自分の力がよくわかってなくて」

 「それなら、午後の訓練で確かめればいいわ。実戦演習の初日だから」


 そう言って微笑むと、アイリスは軽やかに先を歩いた。

 リオとカイは顔を見合わせ、慌てて後を追う。


 ――こうして、新学期の初日が始まった。


 講義室では、教師たちが各分野の専門を教えていた。異能の制御理論、異界エネルギーの構造、そしてテラスの出現パターン。

 黒板には、異界の紋章のような図が描かれ、クラスの空気は真剣そのものだった。


 「覚えておけ、デュナミスたち。異能は奇跡ではない。“代償”を伴う力だ。使いすぎれば命を蝕む。それを理解しなければ、英雄にはなれない」


 講師の厳しい声が響く。

 リオはノートに言葉を写しながら、心の中で小さくつぶやく。


 ――代償。

 自分の中の力が、もし誰かを守るためのものなら。命を削ってでも、使うことになるのだろうか。


 午後の訓練時間。

 学園裏の演習場は広大なドーム型空間で、そこには模擬テラスが出現するように設定されていた。生徒たちはそれぞれの能力を発動させ、次々に訓練を行っている。


 「リオ、出番だってよ!」

 カイの声に促され、リオはフィールド中央へ歩く。手のひらに意識を集中すると、空気が震えた。淡い青の光が生まれ、空間に小さなゆがみを生む。


 「――《エア・シフト》」


 リオが呟くと、眼前の空間が波打ち、模擬テラスの突進が一瞬止まる。空気の流れそのものをずらし、敵の動きを抑える。

 その隙を突いて、アイリスの光刃が閃いた。模擬テラスは粉々に砕け、フィールドが静まり返る。


 「……完璧な連携だったな!」

 カイが笑いながら駆け寄る。

 「ありがとう、カイ。……でも、やっぱり制御が難しい。今のも、ほんの数秒しか保てなかった」

 「それでも十分だよ。少なくとも俺よりはマシだ」

 そう言って、カイは拳を軽くぶつけてきた。リオも笑顔でそれを返す。


 フィールドの外で見守っていたアイリスは、静かに息をついた。

 「やっぱり……リオ、あなたの力、ただの空間操作じゃないかもしれない」

 「え?」

 「……一瞬、時間の流れまで止まっていた気がするの。もしそれが本当なら――あなたの“異能”は、世界の構造に関わる力かもしれないわ」


 その言葉に、リオは息を呑んだ。

 空間を“ずらす”感覚――それがもし、時間そのものを揺らがせているとしたら。


 その瞬間、警報が鳴り響いた。

 赤いランプが点滅し、教師たちの怒号が飛ぶ。


 「緊急警報! 西区のポータルに異常発生! 小規模テラス群が出現!」

 ざわめく生徒たちの間で、リオは無意識に拳を握っていた。

 胸の奥が熱くなる。――また、あの影が現れた。


 「行くの?」アイリスが問う。

 リオは小さく頷いた。「ああ。……今度は、逃げない」


 こうして、少年たちの最初の戦いが始まる。

 覚醒の意味を知るために。英雄の背を追うために。

 リオ・フェルネスの運命の歯車が、静かに回り始めた――。

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