二十五

「関家と結ばれば、お前を皇后にできる」

その言葉を聞いたとき、頭が追いつかなくなった。

自分が皇后なんてありえないのに、関家の養子になるなんてこともありえない。

そんなありえないことが、一気に襲いかかる。

「俺に皇后の資格があるって?」

「充分すぎるほどあるな。お前、私たちに黙ってひっそりと思想書を書いていたんだろう?」

やはりもう、とっくにバレている。

「そうだ…」

このことは、領翠と三烈くらいしか知らないはずだったのに。

「読ませてもらった。そうしたら、ものすごく素晴らしくて…!全巻読んでしまった!あれはもう、私が言葉にしたかった通りの思想だ!」

「後宮のお妃様に褒めていだだけるなんて、嬉しいよ」

「今の後宮の皇后様も、褒めていらした」

噂では後宮が一掃されたと同時に、皇后も変わったらしい。

皇帝が変わっていないのに後宮が一掃された事件は、この今の皇帝の代で初めてだ。「そうか」

「そうよ!あれを書けるくらいだから、お前には皇后の才能がある!!早く、あとの後宮の子たちをまとめてあげて!」

「ああ。そうするよ」

にこりと微笑んだ。

心旗の後宮をまとめあげれたら、どんなに嬉しいか。

「なら、決まりだな!今をときめく関家に、養子に来てもらう!そうと決まれば、手続きを急がなくては!あなたのお父様には、許可をもらっているから大丈夫だ!」

「頼んだよ、花蓮」

「頼まれた」

落ち着いた顔つきの花蓮を見て、相当軍で鍛えられたのだと思った。

「立派になったね。花蓮」

「あなたを、守りたかったのよ」

そのとき強い風に花蓮の耳飾りが、ふわりと揺れた。

「俺を…?」

「全部、覚えていないのね」

「覚えているよ?だけど、その耳飾りは覚えていない」

「私が女将軍になりたいって言った理由、あなたよ」

「俺?」

何か、花蓮を変えた言葉を言ったのだろうか。

「すまない、覚えていない」

「それでもいいわ。今のあなた、鏡心旗殿下にゾッコンだもん」

ゾッコン。

この言葉が、しっくり来る。

それくらい心旗に惚れていることを、花蓮は知っているみたいだ。

顔全体が熱くなる。

「何顔真っ赤にしてるの?お熱い夫夫ふうふ様」

ふふっと花蓮が笑う。

「お、お熱い?!」

「噂では、相違相愛だって。もしかして違った?」

どうだろう。

あまり話していないので、よくわからないので黙っておく。

「どうなんだろう」

「今度わかったら、教えて」

「ああ〜!ラブラブすぎてわからないのね…!羨ましい!」

ラブラブ、でもない気がする…。

(今の心旗との関係って、なんだろう…)

恋人、ではないし世間一般の夫婦かもしれない。

「長居しすぎたわね、ごめんなさい。それでは私はこれで失礼するわ」

「今日は、来てくれてありがとう」

「こちらこそだ。縁談の話し、こちらで話しておくよ」

「頼んだよ」

花蓮を門まで送ったあと、自分の部屋に戻って思想書を確認する。

自分の部屋に戻る前、とあることを思い出した。

「領翠」

「なんですか?」

「筆と、すみのご準備を」

「何をなさるんです?」

「いや、ちょっとね」

殿下を守りたいー




◆◆◆


「陣蘭義兄上あにうえ…」

「どうした?心旗」

女装から男物の衣に変わった陣蘭は、いつも剣の稽古をしている。

「よく疲れませんね、そんな連日剣の稽古だなんて。そしてよく飽きない…」

「何かあったのか?」

話すかどうか迷う。

陣蘭義兄上には心配かけたくないし、こんな私情を相談することなんて家でしかできない。

「朝廷で相談することではないですよ」

「心旗っ…!何か困ったことがあれば、いつでも義兄あにを頼ってきなさい。これは、第一王子殿下のお願いでもある。私たちは腹違いの義兄弟。困ったときは亜互い、助け合わなければならない」

さすがにこんなことは頼めない。だが、義兄はこう言ってくれているのだ。

一回、言ってみよう。

「本当に困っているんです…!」

「どうした?何に、困っている?」

「私のよめ、苦手な演奏が今回の宴の演目に決まってしまったんですけど…!それがどうも、かなり苦戦しているみたいで…」

夜中なのに、楽器の音が聞こえてきたりもする。

本番前に身体からだを壊してしまったら、元も子もないのに…。

「夜中の演奏はやめるよう、言ってほしいのかい?」

「はい…。順英は絶対に、義兄上の言葉ならば聞きます。私より、絶対に。あと順英が何か隠しごとをしているようなんです…」

夜中の演奏のことではない、と伝えたら陣蘭は目を丸くする。

「そうなのか…?!まったく、隠しごとなどしなさそうなこなのに…?!」

「そうなんです…!だから、悔しくて!いつか絶対、暴いてみせます!」

順英のためにも。

隠しごとしながらの、夫夫なんて絶対にいやだ。

順英が困っているのであれば、心旗が助けたい。

できる限り。

「そのことも聞いてみる。だから、少しだけ安心しなさい」

「ありがとうございます…!」

持つべきものは、頼れる義兄だろうと確信した。




◆◆◆


久しぶりに、順英の部屋に入った。

「久しぶりだな、順英」

「陣蘭殿下…?!」

最近、やたら順英に客人が多らしい。

「養子先は関家に決まったそうだね。あ、お邪魔するよ」

挨拶を忘れてしまっていたので、あとから挨拶をした。

なんと、礼儀知らずなと反省する。

「なんでもうご存知なんですか?!」

驚く順英に、陣蘭は困った顔をした。

関貴妃から直接聞いた、なんて言えないし偽の情報を渡すわけにもいかないから。

こういうときのせりふを用意していなかったことも、反省した。

「そうだね…。なんて、説明しようか」

「もしかして直接聞いたんですか?」

「そうだよ」

「すみません。陣蘭殿下からも、養子縁組を勧められていたのにこちらで勝手に決めてしまって…」

「気にしなくていい。むしろ、私のような不安定な家ではなくてよかったと思う。関家のように安定した家ならば、李正妃を任せられるから」

「ありがとうございます。ここまで、気を遣っていただいて」

義弟おとうおとの妃を気遣うのは、当然のことだよ。それに私は君が好きなんだ。気を遣うのは、当然のことだよ」

当然のこと。

そんな風に自分は言うが、実際にやってみるのは難しい。

ここまでうまくっていたのに、ちがう家に順英を取られた。

養子縁組の件は叶わなかったけれど、ちがうことで何かできることがあれば協力したい。

「綺麗なかんざしだね」

順英の机の上に置かれていたのは、紅玉こうぎょくがあしらわれた簪だ。

あの話をする前に、少しだけ順英を緊張からほぐそう。

自分だって、それくらいはできるはずだ。




◆◆◆


陣蘭殿下が見たのは、心旗がきのうの夜伽でくれた簪だった。

(一流の職人に作らせたとか。すごいよな、皇族って)

なんだかすごすぎて、よくわからない。

一流の職人ではなくても簪ならばなんでもいいと思ってしまうし、正直のところ装飾品にはまったく興味がない。

「私、もっと簪の勉強をするべきでした」

「簪の?」

「はい。皆さんに、ついていけるように」

「そんな勉強しなくとも、こういうのは慣れだから大丈夫だ」

「慣れ、ですか…」

いつか慣れる日が、本当に来るといいが。

「私、衣の組み合わせとか簪の組み合わせとか、そういうのを考えるの頑張っているんだけど、なかなかうまくいかなくて…」

上級者に教えを求めるのが一番だと、順英は知っている。

「そうだな。私はだいたい気分で決めているけれど、正装のときは自分が好きな色の衣を着るようにしている。そうではないと、正装なんてやってられないからね」

「それだけ?」

意外な答えなので、驚いた。

もっと洗礼されている状態の組み合わせを選んでいると思ったからだ。

「それもいいんだが、李正妃様?」

「なんですか?」

何か訳ありな表情で、陣蘭殿下が言ってくる。

「何か我々に隠しておいでですか?」

「陣蘭殿下たちに…?隠しごと…?」

もしかして、あれのことだろうか。

もしかして、もうバレているとか?



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