第五章 宴

二十四

「お前、正気か?!」

「正気だ、親父」

「李正妃を俺の義息子むすこにするだと?!」

ほかの家から縁談が来ているのは知っている。各殿下の母の実家との縁談が来ているとも。

「だけど、その方は今、何の力も持っていない」

各殿下の母上たちは先月、隠居した。

それで新たに若い妃たちが後宮に入れられた。

自分は何故か皇帝に気に入られている。

いつもそっけない話をするだけだが、それがなんだかんだ言って気に入られているんだと思う。

「私たちの役目は、次の後宮の妃たちに繋ぐって役目。だから私はその役目を全うしたい」

「最初が来た方が権力者。俺らの勝ち目はあるか?」

「ある。陣蘭殿下の母上、美艶殿下の母上、あとの殿下の母上も順英のところまでは縁談が来ていな。もしかしたらあの二人のことだし、直接言っているだろうけど」

「順英と呼ぶのはやめなさい」

「やめないよ。順英は、順英だ」

どんなに順英の名前を呼ぶのが反対されても、自分の中では反対されていない。

どんなに順英が偉くなろうと、順英は順英だから。

「おやじ」

「なんだ?」

「私、親父の言うこと聞けなくてごめん」

「なーに。今さらそんなこと言うなよ〜」

「親父が親父でよかった。さて!そうと決まれば、今すぐ言ってくる!」

これで順英は、自分の義兄あにになるかもしれない。




◆◆◆


庭で練習曲を演奏していると、領翠が近くに来た。

「どうした?」

「お客様です」

「俺に?」

「はい。庭にお通ししても?」

「大丈夫だ」

「御意」

自分に客は珍しい。

正妃になってからみんな遠慮しているのか、町で暮らしていた友だちは家に来てくれない。

「ご機嫌よう。あまり、後宮に来ないから心配したよ?」

「あなたは?」

「私は関貴妃。覚えてないか?」

「覚えて…」

関の姓がつく友だちはいたが、その子が後宮の妃になったとはとても思えない。

皇帝の妃より、武官になるような人だから。

「関貴妃様にお目にかかれたこと、光栄に存じます」

「堅苦しいのはお前だけでもやめてくれないか?後宮で、たくさんの奴に跪かれて毛うんざりなんだよ。皇帝とは、愛想よくいないといけないしな」

紛れもなくあの子。

だが、本当にその子だろうか。

「関貴妃様に来ていただけて、大変光栄にございます」

「だから堅苦しい敬語はよせ。めんどい」

「それでは…お言葉通りに…」

「頼んだぞ」

ぺこりと頭を下げた。

後宮は苦手だが、こんなに優しくて気安い人がいると思うと後宮も面白いかもしれない、なんて思う。

「あなたの活躍は、耳にしている」

「活躍?」

「ああ。立派に、正妃としての役目を果たしていると聞いた」

そんなに立派なことは、何一つしていない。

「宿正妃様ならば昨日、外国と交渉をいたしておりました。それから|王《

こう》正妃様でしたら、宝石商と会談を。正妃様でしたら、この前は新しい書籍をご出版…」

今話していて改めてわかったが、ほかの正妃たちが優秀すぎる。

そんな中で、自分はいるんだ。

「本当に覚えていないのか?私のことを」

「関貴妃様にどこかでお会いしました?」

本当に覚えていない。

幼い、または随分会っていないかのどちらかもわからない。

「まあ養子に出たからな。姓も変わったし、顔も化粧で変わったし。わからないに決まっている。まして私が皇帝の妃嬪ひひんになるなんて、お前も想像できないだろう?」

自分の予想は当たっていたんだ。

この妃が自分の幼馴染、花蓮かれんだってこと。

花蓮の少し凛々しい名前通り、花蓮は武術の使い手。

その技術は中央軍に入れるほどの腕前だ。

将来はその腕を活かして、道龍国初の女将軍になるとか言っていたのになんで、その花蓮がここにいる。

「花蓮?!」

「そうだ。やっとわかったか?」

「なんでこんなところにいるんだ!お前は今頃、道龍国初の女将軍になるんじゃ…!」

なってほしかった。

歴史を、変えてほしかった。

「お前が恋をしたって聞いてよ、会ってみたくなったんだ。そいつに。そしたら養子先のおやじが、そいつの想い人はたぶん鏡 心旗とか言うやつだー、なんて言うからさ、来てやったの」

「そんな理由で?!今頃女将軍をしているんじゃ?!!」

信じられなかったので、もう一度聞く。

「あー。それ、諦めた」

「諦めた?!」

「聞いてよ。それなんだけど、軍では男と同じくらいに動かなきゃいけないし、ギリギリになるまで頑張ったんだけど、無理だった」

今にも悔しいって叫びたくしている。

「そうだったんだ」

「そ。だから、もういいから後宮に入ったわけ。全部諦めたわ」

「諦めなくてもよかったのに…」

「無理よ、あんなバケモンたちと生活するなんて」

「化物…?」

確かに、軍人は体力がある。

領翠も元軍人だったので、体力が底なし。

(領翠は軍に入った頃、死ぬ気で体力つけたって言ってたな…)

「体力バケモンよ。あの人たち」

「頑張ったんだね、花蓮の中の最後まで」

「そうだな…。でも、楽しかったよ。軍は…」

懐かしそうに話す。

「また会えるといいね、その人たちに」

「そのときは後宮に危機が迫ったときな!」

なんて、冗談で言ってくる。

「そんなことがないように、陛下が頑張ってくれるよ」

「まあそうだな。思い出してくれたとことで、私の頼みを聞いてほしい。というか、これは貴妃の命令だ」

「なんです?」

一応、敬語だ。

「敬語はいらない」

わがままな貴妃。

侍女たちは、本当に困っていると思う。

「私は関家に来てから約二年間、お前の身を案じていた」

「俺の身?」

「そうだ。お前が皇太子に近い、正妃になるかもしれないなんて噂が出てきて、私は心配だった。お前の父親は誰も文句が言えない、立派な高官だし母上は元後宮の女官にょかん夢に描いたような高貴な息子だし、何も文句はない」

今思い返せば、そうなのだ。

父と母は朝廷で出逢ったとか言うし、信じられないほど自分は高貴な身。

母はなんと、そのときの貴妃の侍女だったという。

貴妃に縁談を勧められて、初めてのお見合いが朝廷の書庫だとか。

「そう…なんだよな」

「だけど、心配なのは一つ。もっと高貴な後ろ盾が必要だ」

それもそうだ。

李家は民から親しまれていて、朝廷からも親しまれているがそれでも不安なのが後宮。

後ろ盾は、たくさんあって存はない。

「そうだよな…。後ろ盾、か…。正直、どこの家に養子に出たらいいのかわからない。自分に合っている家なんてわからないし、そもそもまったく知らない人と養子縁組するっていうのもなんかねえ…」

本当によくわからないのが、養子縁組。

「なんかいい伝手ツテない?」

「一つだけ、ある」

「あるのか?!」

さすがは後宮の寵妃ちょうひ様だ。

伝手はあるらしい。

「お前が、賛成するかどうかわからないぞ?」

「それでもいい。心旗殿下のために、教えてほしいんだ」

「了解した」

一瞬で、花蓮の表情が後宮の妃になった。

「どんな手を使っても構わない。だから、私の家の名前を名乗れ」

「お前の…?養子先?」

「そうだ。親父とは、話をつけてきた。話したら、速攻いいよって言ってもらえたよ。人望あるね、お前さん」

「お前の家って確か、関家だったか?」

「そうだよ」

関家といえば、多くの官吏を出している名門名家。

この国で関家といえば、多くの人がすぐに理解できるほどだ。

「お前の養子先ってもしかして…」

ふと我に返ると、とんでもない事実が。

花蓮は関と後宮では名乗っている。

関貴妃は有名で、官位の低い官吏でも知っているくらい。

「お前の養子先は…関家?!」

「そうだな」

あっさり答えられてしまう。

驚きすぎて、言葉すらでない。




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