二十三
(憧れの人だから、どうしてもドキドキしてしまう)
順英は、昔から憧れ。
だけど雲の上の人だということは、充分わかっているはずなのにー
◆◆◆
「お前の才能、なんだと思う?」
「僕には何もありませんよ」
「そんなことないだろ?」
「そんなことあるんです」
心旗に恋をしていると自覚して以来、こんな風に部下と接する事が増えた。
褒めてほしいとか、そういうことではない。
鏡第四王子殿下の王妃として、立派になりたい。
「わかってくれ。お前は天才だって」
「天才ではありません」
「お前は元朝廷楽師だったと聞く」
「…なんでそれを、ご存知なのです?!!」
心旗に少しだけ聞いたことがある。
三烈は官吏になる前、半年だけ。しかも、陛下の前で楽器を献上していたと。
「わかります?!」
「何を?」
「あのとき僕は朝廷楽師をずっと、続けていくつもりでした。だって楽しいんだもの。だからすごく、悔しいんです。もっと…、やりたかったなって…」
「俺も、ずっと官吏をやりたかった」
自分もだ。
何かをずっとやりたかったのに、突然それが途切れた。
そのときの空虚感はまだ消えない。
いや、自分は心旗に埋められたか。
だけど三烈はまだ、何も埋められていない。
「俺は、順英様が好きです。恋愛ではありません。だから順英様のおかげで、少しでも官吏になろうって思えました。だから、順英様がご所望であらせられるのであればいつでも僕の才能を使ってください」
それは、忠誠心の強い部下が上司に使う言葉だった。
「三烈、表を上げて?」
「いいのですか?」
「うん。もちろんだ」
手のひらで、三烈の顔を覆う。
「三烈。俺と共に演奏してくれるか?」
「わかりました。あなた様が、そうおっしゃるのでしたら」
こんなにいい部下はいない。
自分にはやはり、もったいなさすぎる。
「僕にはこんな素敵な上司がいるんですね」
「それはこちらのセリフだよ。さて、演奏の練習を領翠としたいんだ。三烈も一緒にしてくれるか?」
「わかりました。お供いたします」
敬語は使わないでほしい。
「俺はお前と、三烈と仲良くしたい。お前は?」
「僕も、仲良くしたいです…」
三烈は顔を真赤にしながら言う。
「これからは、敬語を外そう」
「えっ…?!」
ずっとこうしたかったのに、勇気がでなかった。
「官吏のときから、ずっとお前とこうしていたかった。なのに勇気が出なかった。済まない」
「いいですよ、これからでも。遅くはない」
「ありがとう…!」
「礼を言うのは僕の方です。ありがとう、ございます」
お互い、にこりと微笑んだ。
「で、さっそくで申し訳ないけど練習場所に移動する」
「はい」
ワクワクしている三烈が、珍しく。
(絶対に失敗できない…!)
領翠の前ではあれを弾けた。
どんなにひどくても、よかった。
でもこんなに期待されては、あんなひどい演奏はできないではないか。
「楽しみです!順英様の演奏!」
「そ、そうか…」
もっと期待されている。嬉しいが、なんだか申し訳ないような気もしてきた。
何の曲を演奏するかすらまだ決めていないのに、練習を頼んでしまった。
自分の演奏がひどすぎなければ、こんな迷惑な頼みはしなくてよかったのに。
(ごめん、二人とも…)
二人だって仕事があるはずだ。
なのに自分に時間を使ってくれた。
だけどせっかく二人の教師がここにいる。
だから、どんどん教えてもらう。
「どんな曲を演奏します?」
「まだわからない。何をどう、改善すればいいのかすらわからない。領翠が俺の演奏を聞いたときわかったと思うけど、俺の演奏はとてつもなくひどいから…」
三烈には申し訳ないけど、聞くときは覚悟してほしい。
そう伝えると、目を丸くする。
「そ、そんなにひどいんですか…?!」
「ああ。だから、殿下と演奏するときくらいにはマシな演奏ができれば…」
「そ、そうなんですね…。任せてください!順英様の楽器の教師ができるんなんて、こんな幸せはありませんから!」
本当に申し訳ない。
このキラメキは、自分の演奏を聞いた三秒には消えると。
「幸せ、か」
「そうですよ!だから、聞かせてください!!」
「あ、ああ…」
指だけは動くのに、何故か心地悪い演奏だ。
聞いていて心が落ち着かない。
「どうだった?」
「音…自体は合っているんですけど、なんか違いますね」
「そうだろう?俺の演奏は、何か違う」
速さか、原因は何かわからないけれど何かがほかの人とは違う。
「音は悪いけど、いい演奏でしたと」
「言葉、無理に飾らなくていい…」
すごい顔で言ってくるものだから、きっと遠慮してくれているのだ。
「あ、ありがとうございます。演奏はひどいものでした」
そうだ。率直に、言ってほしい。
順英が求めているのはそれ一つ。
「何を、どう頑張ったら少しでも改善する?」
「そうですね。まず、音を覚えましょうか。今順英様は、楽譜だけ覚えていらっしゃるだけという、不思議現象になっているのでそこを直しましょうか」
楽譜だけ見て覚えているということが、バレてしまったようだ。
この曲は楽譜だけ見て覚えた。
それだから、音が変なのだと思う。
「音はやっぱり覚えなきゃ駄目か…」
「何言っているんです?音なしの音楽なんて、つまらないしそれ音楽じゃないですよ」
以外に厳しい。
「でもよく音覚えないでできましたね」
「勘だ」
「さすが、李正妃様。音楽の才能もお持ちでいらっしゃる」
「それはどうも」
見たらどんな曲でも弾けるが、音自体はひどいので音楽の才能はあるのとないの半分くらいかも。
「僕はそうですね。まず、曲を覚えるでしょ?歌詞を覚えるでしょ?音を覚える。そして、演奏。この順番でやっています」
それができたら、苦労しない。
どうせ王妃になるのなら、音楽の才能を持ってくるべきだった。
そうでないと心旗を何かで、楽しませることができない。
「なんで音程音痴なあなたが、この演目に決まったんでしょう。ちょっと確認します?」
「いいや、それはいい」
「でもあなたは詩が得意でしょう?舞だって得意。…かは知りませんが、音楽以外のことだって、宴であったはずです。なんで音程音痴の李正妃様に決まったんですかね〜」
まったくその通り。
できるならば、自分も聞きたい。
なんで自分が天賦の才の音程音痴なのに、演奏に決まったのだ。
(朝廷の音楽に関わる太常寺が間違えたとか?それは、たぶんない…。誰に何をやらせるか、決めるのは誰だろう。それさえわかれば、理由を聞け…)
皇太子、選び…。
「三烈、なんで俺がこれをやらなければならないのかわかった」
真剣な表情をする。恐らく今の自分は、過去で一番真剣な表情をしている。
「皇太子、…選びなんだ」
「皇太子選び?!」
皇太子の妃が、皇太子妃に相応しいかどうかを決めるんだと確信した。
◆◆◆
「各王妃は、これに気づけたかしら?」
「どうでしょう。殿下から何も知らされない以上、気づくのは難しいかと」
「そうね。あなたの言っている通りだわ」
「わたくしは、李正妃なら気づけると思う」
「李正妃…。確かに、真の人材ね」
「わたくしの親戚の正妃は、賢いのですぐに気づくでしょう」
「あなたの親戚の正妃と言ったら、
「そうですわね、
「宿正妃では駄目だな。正妃としての役割は果たせても、皇太子妃としての役割は果たせない」
「まあ。なんと意地悪」
「だって実際、そうだろう?
甘ったるい香水をつけている妃は、自分たちと同じ位の徳妃。
一番苦手な妃だ。
徳妃の家はよく悪事を働く。
おまけに、宿正妃はいつもオドオドしていて腹が立つ。
こうして、いつも喧嘩になるから話すのを避けていたがもう我慢の限界だ。
「あなたもあなたよ!関貴妃!その正確でよく、後宮に入れるわね!」
「先に言っておくよ。私は、李正妃に皇太子妃になってほしい。どんなことがあっても、皇太子のそばにいそうだからね。李正妃の
これがずっと言いたかったので、すっきりした。
「まさかっ…!そんなことがあるはずないわ!」
「確かめてみればいい。もうすぐ、李正妃は関正妃になる」
朝廷がゴリ押ししている妃の、味方をしたい。
それよりも、李正妃が好きだから。
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