二十二
(どんな曲を演奏しようか…)
人生で一番苦手と言ってもいいくらい苦手な楽器。
なのに、大事な皇太子選びで楽器に当たってしまった。
手が、指がぐちゃぐちゃになるあの感覚がいやでもう何年もやっていない。
官吏になってからは暇つぶしでやっていたが、でもその程度。
もう少しきちんと楽器を勉強しておくべきだったとか、いろいろ思ってしまう。
「練習…か」
とりあえず、押し入れから楽器と楽譜を引っ張ってきて練習する。
「ひど…」
暇つぶしで楽器を学んだ程度。
「まあ、こんなもんだよな…」
どうやったらあんなに上手くなるんだろう。
「官吏の仕事以外、そういえば真面目にやったとこないんだよな〜」
今更そんな独り言を言ったところでどうこうなるわけでもない。
「領翠」
こういうときは、プロに教えてもらうのが一番だ。
「どうなさいました?」
「少し、時間はあるか?」
「はい。いくらでも」
「よかった。少し、聞いてほしいんだが…」
引っ張ってきた中から適当に弾く。
引き終わったあと、領翠の表情を確認しようと思って領翠の表情を見たのだが想像以上。
「ど、どんな顔だよ…」
領翠は信じられないくらい、歪な顔をしていた。
「どうやったら、そんな酷い演奏になるんですか…?」
呆れたように枯れた声で言う。
「そ、そんなにひどくはないだろ!!」
「いいえ。私が聞いてきた中で、一番酷かったです」
「そんなに?!」
領翠が言うには違いない。
領翠は楽器も経験していて、しかも朝廷で演奏したことあのあるくらい経験豊富。
きっと領翠の耳はいいから、自分の演奏は危機に耐えなかったと思う。
「そんなにです、すみません」
言葉を飾れないくらいひどかったのだ。
どこをどう練習すべきか、教えてくれるだろうか。
「どこを修正するべきだ?」
そう聞いた途端、また領翠の顔が歪む。
よっぽどひどい演奏だったのだ。
「私が人生で音楽を聞いてきた中で、音を拾えないことは一度もありませんでした。音が頭の中で言葉になって、聞き取れるので」
「紛れもなく天才だな、お前」
その能力がほしかった。
自分は楽譜を見ないと、覚えられないから。
「なのになんで官吏になった?」
一度、聞いてみたかった。
こんなにいろんな才能があるのに、なんで官吏になったのだと。
「官吏になりたかったんです。私は勉強もできた子どもでした。いろんな才能を持っていたから、周りの大人たちに何かを期待されていました。でも自分は、人を救える官吏がかっこいい。なんて思ってしまって…、官吏になったんです」
初めて聞いた。
領翠がなんで、官吏になりたかったのか。
「あなたは?李正妃様。あなたはなんで、官吏になったんですか?」
「私は…街で適当にブラブラしていたら、たまたま出逢ったんだよ。簡吏部侍郎に」
「では、簡吏部侍郎に見初めていただいたと?!」
「そういうことになるね」
「天才ですよ!あなたの方が!」
「違う。私は当時、これでも思想書を書いて食べていたんだ。それが結構売れていたいし、楽しかったからこのままこの人生は終わるんだって、思っていた。そんな大層な志もなしに」
官吏になりたいなんて、ミリも思っていなかった。
「でも簡吏部侍郎が褒めてくれた。俺が書いた、思想書を」
「褒められて自信がついたから、官吏に?」
「それもそうだが、勧められたんだ。これを書ける官吏はなかなかいない。お前、官吏の素質があるぞって」
「私もあると思います。あなたに、官吏の才能」
そのとき初めて、何かになりたいって思えた。
ただの李 順英ではなく、何かの職業の位の李 順英に。
「私を奮い立てせてくれたのは、簡吏部侍郎。だから、簡吏部侍郎に恩返しをしようと思って、吏部に所属した。恥ずかしいけど、理由はそれだよ」
順英が官吏になったとき、人手不足だったから新人は貴重なものだとされ、新人たちは自分が選びたい部署に行けることになった。
人事の仕事をしている吏部に所属したのも、朝廷を一から変えてやろうとか、自分の力で朝廷をもっとよくしようとか、そんな立派な志は持っていなかった。
ただ、簡吏部侍郎に恩返しをしよう。そう思っただけ。
「それだって、立派な理由ではないですか?私はかっこいいって思ったからやってみただけです。きっかけなんて、何でもいいんですよ」
そう言ってもらえて、とても嬉しい。
「ありがとう、領翠」
「いいえ、上司を励ますのも部下の仕事ですし」
(できない上司でごめん…)
なんて思ってしまう。
部下に励ましてもらえなくても、大丈夫な上司だったらどんなによかっただろう。
「それで、楽器の件ですが急にどうしたんです?いつもブツブツと思想書を書いていそうな人が、なんで急に楽器なんて…」
本当のことは情報漏れになる危険性があるので、一部だけを話す。
「今度、朝廷で宴があるんだ。そこで俺は心旗殿下と一緒に、楽器の演奏することになった」
「楽器?!いいな〜。私もやりたい…」
楽器全般が好きな領翠は、音楽の政を行う
「あとから知ったんです、私。太常寺っていうものを知ったの…」
「そうなのか?!君は才能があるから、今からでも移動を…!」
「駄目ですよ。何回、言わせればいいんです?私はあなたに仕えたいって」
「そうだった…」
でも、みんながこんな素晴らしい演奏を聞けないのはきっと悲しむはず。
「君も、私の部下として朝廷の宴に出ないか?」
自分がこんなことを言うのは、領翠と三烈だけだ。
二人の才能はこの国ではとても大事な才能で、どこでも発揮できる才能。
だからもっと、いろんな人に知ってほしい。
「いいんですか?!」
「当たり前だろう。君の才能を、もっといろんな人に見てほしいからな」
「ありがとうございます…!」
「礼を言うのは俺の方だよ、領翠。演奏を聞いてくれて、本当にありがとう」
「李正妃様さえよければ、演奏は私がお教えいたします」
「いいのか?お前だって、忙しいのに…」
顔を歪めるほど聞いてられない演奏を、ずっと聞かされる羽目になるというのに。
「あなたのどんなひどい演奏でも、私は聞きます。聞かせてください…!」
「あんなひどい演奏、お前の素晴らしい耳を失ってしまうけどそれでもいいと?」
「構いません。私は、あなたのそばにいてあなたに仕えることができたら、それでいいんですから…!」
「ありがとう…」
やはり自分には、もったいなさすぎる。
◆◆◆
「来たんですか?なんのために?」
「お前の、才能を取り戻しに」
李正妃ー李 順英が、自分の寝室に来た。
そんなことがあってはならないのに。
「お帰りください。鏡王子殿下に、誤解されては困ります」
困ることはないが、こうでも言わないと帰ってくれない気がする。
「誤解?俺は、自分の部下に才能の才能を取り戻したいって、思っただけだが?」
自分に才能?
「李正妃様、お言葉ですが。私に才能なんて…」
いや、あった。
李正妃の魅力を引き出す才能だ。
今日の李正妃はいつもより、輝いて見える。
それは自分が、今日の李正妃の衣装を監修したからだ。
「李正妃様の魅力を引き出す才能なら、充分にあると思いますが…」
それいがいに、あると思えない。
「あるだろう?」
「ないですよ。というより、こんなところにいないで早く鏡王子殿下に夜伽をして満足させてください。今のあなた様の仕事は、それだけでしょう」
「おしいな。俺は、もう一つの仕事がある」
「なんです?もう一つの仕事って」
李正妃が近づいて来る。
今は李正妃が近づきすぎて、今は壁ドン状態だ。
(マズイ…。こんな、こと…)
ドキドキして、しまう…。
李正妃は顔も身体も、声も何もかもが完璧な人。
「ち、近すぎます…!」
「近い?そうか?」
そんな人に、自分の一番憧れの人に壁ドンでもされたら…。
「王妃には、部下の才能を発揮させなければいけない義務があると思うんだ」
李正妃のー李 順英の、顔がだんだん近づいてくるー。
もう、駄目かもしれない。
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