十四

順英を探っていると、順英という人物が本当に優しすぎる人なのだと思う。

「幼い頃、そんなことを?」

「そうです。街でおばあちゃんが迷っていたのでそのまで案内すると、自分が帰りの途に迷ってしまって…」

それから、天然ということもわかった。

(守らねば…)

あまりにも天然すぎて、守らなければとも思う。

何があるのかわからないのに、こんなにのほほんとしているのはあまりにも危険。

でも元官吏なので、そこは大丈夫だと思うが。

「何かあれば私のところに来るんだぞ…?」

「何かって?」

「いいや。なんでもない」

「だったら、いいんですけど」

「それよりご飯粒、ついてるぞ」

「ふえ?!ご飯粒?!」

家からもって来た握り飯を食べながら話しているが、どうやら自分の唇にご飯粒がついてしまっているらしい。

「す、すみまっ…!」

「はい、取った」

「ありがとう、ございます…」

「今のはなんの意味もない、善意だと思って受けっ取って?李正妃様」

「はい…」

こんなことをしていたら、大好きな義弟おとうとに誤解されてしまうかもしれない。

はっきりと、李正妃に言っておかなくては。




◆◆◆


美艶殿下に、唇についていたご飯粒を取ってもらった。

(優しいな…。義弟の嫁だから、弟みたいな感じで思われているのかもしれない)

「殿下、普段の心旗殿下のことを教えてください」

「普段?」

「兄弟といるときと、私といるときは絶対にちがうでしょう?ご家族といらっしゃるときの心旗殿下は、どんな感じなのか気になって」

「あまり変わらないよ?君のことは心旗は、本当の家族だと思っているみたいだし」

「本当の…家族…」

なんだか照れくさい。

(家族なら、もっと気安くしてくれてもいいのに…)

「あと一つ、伺いたいことが」

「なんだ?」

「心旗殿下の好きなものって、なんですか?」

「心旗の好きなもの?」

「はい、知りたいんです!」

真剣な目で美艶殿下を見つめた。

「そうだな。そなたのことは好きだが、ほかには…。あっ。絵を書くのは好きだったな」

「だった?」

「最近は時間がなさすぎて、絵すら鑑賞できないとごねていたよ」

美艶殿下もだが、心旗殿下も多忙な人。

趣味の時間すら取れないほど多忙だったら、自分はどうしたらいいのだろう。

「思いつきました。私、今度殿下に会うまでにあるものを描いてみます!」

「あるもの?」

「殿下の好きな絵を描くんです。少しでも、気持ちが落ち着くようにって」

「李正妃…!」

「なんですか?」

「心旗に嫁いでくれるのがそなたで、本当によかった…!」

「いいえ。なんの特技もない自分で、申し訳ないくらいです。せめてもう少し、心旗殿下を癒せるような美貌があれば…なんて考えてしまうんですけど、今私にできることは、心旗殿下を癒やす。それ一個なんです」

「そんなことが当たり前のように言える妃は、初めて見た」

「そうですか?私以上に志が高い方、いっぱいいると思いますけど…」

「志が高い奴なんて山ほどいる。それをどれだけ実行しようと思うやつが、本物だ」

「実行…」

「実行しなければ、どれだけ高い志を持っていても無意味。だろう?」

「確かに。美艶殿下が仰る通りです」

美艶殿下の言葉で、少しだけ元気が出る。

実行してこその志。この言葉、胸に刻んでおこう。

「そろから私からももうひとつ、聞きたいことがある」

「なんでしょう」

今ならなんでも答えられそうだ。

というより、美艶殿下の質問にはなんでも答えられる気がする。

そんなに難しい質問は来ないし、会話みたいな感じで進められるのでありがたい。

美艶殿下とは気が合うらしく、仲良くしたいと思う。

「そなたがいつも買っている、化粧品の店は?」

光塁天こうるいてんです」

光塁天は店の名前。

首都の端にあるまだ小さな店だが、品揃えが多いのでよく使っている。

女牧鳳じょぼくほうとか、海蓮かいれんではなくて?」

このふたつも店の名前。

光塁天のように小さな店ではなく、最高級の品を扱う化粧品の高級店。

目の前を通るだけでも、その立派さがわかるほど、大きくキラキラしている。

だけど普段遣いには少しばかり高いので、特別な行事のときにしか使っていない。

「今をときめく鏡殿下の正妃様だ。少しは、贅沢を覚えたほうがいい」

「覚えて…ますよ?いっぱい…!」

まずは心旗のところに来てから、侍女や侍従が増えたこと。

次に、官吏のときには絶対に使わないような衣を着ていること。

あと一番大きいのが、少しの移動だけでも輿こしを使えていること。

ありすぎて、数えられない。

「自分への褒美も、大事だぞ。化粧が好きならな、ついてこい」

化粧は嫌いではない。むしろ好きだ。

ついてこいと美艶殿下に言われたので、ついて行く。

「わかりました」

「好きなんだな?」

「好き、です」

「さっきの間はなんだ?好きの間の。無理して付き合うな」

「いいえ。つれていってください」

「わかった。なら、ついてこい」

「お願いします!」

「ああ!」

美艶殿下は化粧にも詳しいらしい。

美しい人たちがいっぱいいる皇族。

外交には、困らないはず。

(それでか。最近、外交が豊かになったのは)

この人たちのおかげで、自分たちは異国の物が手に入る。

この人たちの力だけではないと思うけれど、それでもこの人たちの力も大きいに違いない。




「ここだ」

順英と美艶は国で一番大きな化粧を売っているお店、女牧鳳に着いた。

「ここが…女牧鳳…」

「初めて?」

「はい。海蓮は行ったことがあるんですけど、女牧鳳は値段が怖くてなかなか…」

「怖いよな、ここは。皇族でも怖い」

皇族でも怖い値段を普通に売っている、女牧鳳がすごいと思った。

「さすがって、感じですよね…」

「国の中心、首都で一番の化粧品を売っている店。すごいに決まっているだろう?」

首都一ということは知らなかったが、なんとなくはそうなのだろうくらいは思っていた。

そこでその事実を改めて知る。

「やっぱり、そうだったんですね!」

「そうだな。かれこれ十年ほど、首都一に君臨しているみたいだ。父上が仰っておられた」

「陛下が…!」

美艶の父は皇帝。

そんなに凄い人が褒めるくらいなのだから、この店はものすごくすごいということだ。

改めて、女牧鳳のすごさを実感した。

「ああ。女牧鳳は外観も丁寧に計算されていて、まるで芸術だとも父上が褒めていたな」

そこまで皇帝に言わせるとは、ただ女牧鳳を関心する。

「そんなにすごいお店だったとは驚きです」

「そうだろう?私も初めて聞いたときは驚いた」

「そこの旦那様」

たぶん、美艶殿下のことだ。

「うちの商品、見て下さいな?」

「ああ、見ていくよ」

美艶殿下に声をかけたのは、迫力のある美人。

真っ赤な衣に身を包んでいるので、もっと迫力に見える。

「奥様をお連れで?」

「いいや。義弟の妻だ。少し、気分転換に連れ出した。義弟がもし来たら、このことは黙っておいてくれ。嫉妬されたりでもしたら傷つく」

と、冗談げに話す美艶殿下。

話し方からして、美人と話すのはだいぶ慣れている様子。

さすが、道龍国の殿下だ。

「そうだったのですか。あまりにもお二人がお似合いでしたので、つい…。申し訳ございません」

「構わないよ」

「なんてお優しい。どうぞ、こちらへ」

その美人はこっそりと順英に何か囁く。

「お幸せですわね。こちら、おまけです。お連れ様と旦那様がもし化粧をなさる方でしたら、どうぞ差し上げて」

「ありがとうございます」

迫力美人は順英から離れて、自分の名を名乗る。

「申し遅れました。わたくし、賛 綺白さん きはくと申します」

「もしかして、綺白?」

「あら?どうしてわたくしをご存知…。あなた、もしや美艶殿下?」

二人はとんでもなく驚いた表情をしている。

「お二人は、お知り合いで?」

順英が聞くと、美艶殿下が答えてくれた。

「そうだ。私たちは幼馴染で、昔から仲が良い。私が仕事で忙しすぎて、数年間も会えなかった。文すら交わさずに…。本当に申し訳ない」

それくらい、美艶殿下は忙しい人なのだ。

幼馴染と会えないくらい忙しい人なのに、自分と付き合ってくれている。

ありがたいとしか、言いようがない。

「どうかお気になさらずに。自ら文を交わすことの勇気が出ず、わたくしの方こそ申し訳ございません。ご容赦ください」

「気にしてなどいない。さあ、頭を上げて」

優しい。

美艶殿下が綺白と話しているときの声が。

(美艶殿下はもしかしたら綺白さんのことが好きなのかもしれない)

なんとなくだが、そんな感じがした。

順英の直感は昔から当たりやすい。

「私はお邪魔でしょう。どうか、お二人でごゆっくり」

自分がいると邪魔だと思いどこか、ちがうところの商品を見に行こうとしたのだが美艶殿下に腕を掴まれる。

「今日はそなたの好きなものを買いに来た。少し、付き合ったらどうだ?」

美艶殿下の命令だ。

断れる、はずがない。

「わかりました。よろしくお願いいたします」

ゆっくりと団扇を揺らして、正妃らしい表情をつくる。

表情をつくるという技術は、官吏のときから染み付いている技術。

なので妃教育を受けるときは、困らなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る