十三

(領翠は…自分のことをあんな風に想っていてくれていたんだ)

大好きな部下に想われるほど、嬉しいことはない。

「領翠」

「はい」

「今日は美艶殿下の、絵巻の情報協力のために美艶殿下のところに行くが、その前におまえの茶が飲みたい」

「私の茶…?まずい、と思いますよ…?とても三烈ほどの腕前では…。料理すら、まともにできないので…」

「料理と茶は関係ないだろう!!」

久しぶりに笑った。

たぶん、ありのままの李 順英で。

「関係ありますよ。茶を淹れるのと、料理は少し似ているところがあるので」

「そうなのか?料理は私もできないから、なんとも言えないけど…」

順英が料理をしようとすると、何故か知らないところで手を切っている。

まだ官吏だったのとき、領翠と三烈に料理を振る舞いたくて頑張って料理をしたところ、いつの間にか手を切っていたのだ。

その光景を見た二人は、二度と料理はしないようにと自分に固く命じた。

それ以来、料理はしていない。

「そうですね。というより、やめてください。私の寿命がだいぶ縮みます」

「料理…練習しようかな」

「やめてください!もうあの光景を見るのはいやなんです!」

この通り、固く命じている。

「そんなっ。私だって殿下の正妃。料理ひとつできないなんて、天下の笑いものだぞ」

「いいじゃないですか。ほかのもので魅せれば」

「領翠…」

領翠は自分に甘い。

「それで、茶ですね?」

「ああ。茶を」

「わかりました。激まず…でもよかったら」

「もちろん!私はおまえが淹れてくれた茶なら、どんな激まずでも飲み干すぞ!」

「あまりにもまずかったら、途中で飲むのやめてくださいね…?身体からだに…よくないですから」

「わかっている!」

領翠が部屋から退出していく。

(どんな激まずな茶だろう…。今から、楽しみになってきた)




茶を淹れてきてくれたようで、領翠は渋々順英の部屋の中に入ってきた。

「お待たせいたしました…」

普段ではありえないほどの渋い顔。

「ありがとう!」

「本当にまずかったら途中でやめてくださいね…?」

「いいや。どんなにまずくても、頑張って飲み干す」

「無理は…なさらずに」

領翠が淹れてくれた茶は、道龍国で作られている月琴茶げっきんちゃだった。

順英の好みの茶だ。

(黄茶で有名なのは、どこだっけ…)

お茶にはあまり詳しくないのでわからない。

「領翠。月琴茶は、どこの州が有名?」

「私が知っている限りでは、武金ぶきんの都かと」

「武金の都…?ってまさかっ?!」

「はい。道龍国の東の南あたりに位置する、首都と行ってもいいほどきらびやかな都同然の州です。きん州と呼ばれております」

「琴州…。確か…陣蘭殿下のお母上の実家が琴州だったな?」

「恐らく」

琴州は先々代の皇帝の弟君が始めた州で、歴史はまだ浅い。

けれど特産物である月琴茶が売れ始め、琴州の名前は徐々に広がった。

「なんで武金の都って呼ばれているんだっけ?」

「なんでも、武人であらせられた先々代の皇帝の弟君が戦の最中に見つけた州で、その当時はまだ誰も住んでいなかったんです。その弟君が頑張られて、金の流れのように事が上手くから、武金の都と…」

「詳しいね」

太学たいがくに入る前からの師匠が土地に詳しかったんです。その師匠は学問に詳しかったんですけど、土地にものすごく詳しかったんです。だから私も、師匠の授業に通っている間に、土地に詳しくなって…」

領翠はその師匠のことが大好きなのか、いつも以上に饒舌な気がする。

「いい先生だったんだろうな…」

「はい、とてもいい先生でした。あなたのことも知っておりますよ」

「私のことも?」

「ええ。三烈の先生でもありますからね」

「そうだったんだ…!」

「あの勉強嫌いの三烈を好きにさせたあのときは、一生忘れません」

「そんなにっ…!」

「ええ、そんなに。その先生は今…武金の都にいらっしゃいます」

「武金の都…!」

琴州は金持ちばかりが住んでいるところだ。

皇族に息のかかった者か、官吏、元官吏、武官、元武官くらいしか住めない。

順英も武金の都でいつか暮らしてみたい。そう、思っていた時期があった。

「その先生は元官吏なんです。相当偉い方だったみたいで。両親と旅生活をしているときに、偶然出逢ったんですよね」

懐かしそうに話す。

「そうなんだね」

「会わせてみたいです。順英様と、私の先生を」

「また機会があれば会ってみたい」

「文を送っておきますね」

「ありがとう」

領翠が淹れてくれた茶は激まずではなく、激美味だった。

なんでも器用にこなしてしまう領翠は、中央官になればもっと重宝されるにちがいない。

(自分のときよりもっと、重宝される。簡吏部侍郎に書簡を送って、領翠を中央官にと推してみるか?)

だけど順英がどんなに推しても、領翠にはその気がまったくない。

無理矢理に、というのも気が引ける。

また喧嘩してしまいそうで。

「そういえば、今日は床入りの日でしたっけ?」

「そう…だな」

この前の陣蘭殿下が監修してくれた夜伽よとぎの日は、途中で恥ずかしくなって逃げてしまった。

(次は絶対に逃げない。心旗が好きだという気持ちは変わらないから)

次は完璧に、正妃としての役目を…心旗の夫としての役目を果たす。

「茶、ごちそうさま。おまえは激まずって言っていたけれど、美味しかっよ」

「ありがとうございます」

「それで、なんだけど。輿こしの準備をお願いしたい」

「輿…?でございますか?」

「今から美艶殿下のところに向かう」

「…!かしこまりました。少々、お待ちを」

「ありがとう」

妃らしく、微笑んだ。

改めて後宮のお妃様はすごいと思う。

こんな風にいつも微笑んでいらっしゃるから。




「美艶殿下」

ずるずると長過ぎるくんを引きずりながら、美艶殿下のところに向かう。

「おまえか」

「はい。李 順英です。美艶殿下」

「その化粧、すごくいいじゃないか!青の目尻めじり?珍しいな…!」

「私の世話係が、してくれました。領翠といいます。本当になんでもできるんです」

三烈も化粧は得意だが、ダルいから嫌い、などという理由であまりしてくれない。

着替えは手伝ってくれるものの、化粧だけはしてくれない。

手伝ってくれるのは大事な用事があるときと、朝廷の行事くらだ。

「それは今度、私もしてもらわないとな」

「美艶殿下は化粧などせずとも、お肌がお綺麗です」

「そんなことはない。化粧は男女問わず、自分に自身をくれる。それから俺たちの国で化粧は、大事な伝統。楽しいからしているだけだ」

「そうなのですね」

「ああ。陣蘭義兄上あにうえがそなたに化粧をしたときがあったと聞いたが?」

「ええ。神がかった技術であらせられました。陣蘭殿下にお化粧を、習いたいくらい」

「それはよかったな」

この人も、優しい人だと自分は思う。




◆◆◆


(この化粧のほかに、どんな化粧がこの者には似合うんだろう)

自分にはどうも化粧というものが性に合っているらしい。

「今度、よかったらさせてくれ」

「もちろんでございます。美艶殿下にしていただけるなんて、そんな光栄なことございません」

「もっと、崩した言葉で話せ」

「ありがとうございます」

この者は本当に性格がいい。

こんなにいい嫁をどこから連れてきたのやら。

(この者の…正妃の実家は李家。李家は政では末席だが、このところは名を広げている。李家をもう少し、探ってみるか)

「李正妃」

「はい」

「おまえはどこで産まれた?おまえと心旗の日常絵巻というものを作るために、力を貸してほしい」

これくらいなら怪しまれない。

(本当に李家の出身か、調べてやる)

もし違う家に産まれたのであれば、もっと調べを急がないといけない。

今のままでは李 順英を皇后こうごうにしてやることができない。

運よく実は違う家に産まれていました、なんてこと、起こらないだろうか。

「かしこまりました。お任せください」

(すべておまえのためだ、李 順英)

許してほしい。

探るのを。








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