十五
表情をつくることは簡単なこと。
相手のそのときの顔を見て、合わせればいい。
あとは、演じればいい。
正妃というなにかを。
「さて、どれがいい?」
「どれと言われても…」
美艶殿下から褒美を受け取れるようなことはまだ、何もしていない。
こんなにも簡単に受け取っていいものなのかすら、わからない。
「美艶殿下から受け取ってもよろしいのでしょうか…」
「私がいいと言っているから、いいだろう?ここは官吏の世界とはちがう。自分自身で、李 順英とはちがう人間をつくらなくてもいい」
心の中を読まれたかのような言葉。
「ありがとうございます」
この中から、李 順英が好きなものを受け取ってもいいのだろうか。
「美艶殿下、こちらなどいかがですか?そちらのお連れ様によくお似合いかと」
「そうだな。この同じ種類で、桃色のはないか?順英はよく似合う」
「順英様といわれるのですね。って殿方?!」
綺白は驚いたのか、目を丸くさせる。
「はい…。実は、そうなんです…」
なんとも言えないような表情で、自分を見てくる。
「こんな綺麗な殿方を見たのは初めてよ…!驚いた。一瞬、わたくしの視える世界が変わったわ…!」
可愛いが、少し透明感のある声で綺白は言う。
「ありがとうございます。そこまで言ってくださる方は、綺白さんが初めてですよ」
「お声も高めなので、つい奥様かと…。ご無礼をお許しください…!」
焦った様子で綺白は謝る。
「いやいや、綺白さんが謝ることはなにもありません。むしろ私がもう少し、男に見えるような顔で産まれていればよかったんです…!ただそれだけのことですから、どうか気にしないで?」
「お優しい…!美艶殿下のお連れ様は、いつだってお優しい方ばかりですわね!」
この人も優しく、温かい人。
綺白と話していると、なぜか元気になるのだ。
初めて会ったのに、全然そんな気がしない。
ずっと前から友だちみたいな感覚で、なんでも話してしまいそう。
「美艶殿下は優しいだけではなく絵にも詳しいので、本当に尊敬しています」
「本当に!美艶殿下ったら、本当に美しい仙境ばかり描くのよ?!わたくし、美艶殿下の絵に惚れてしまったわ!」
「絵にだけではなく、私には惚れてくれないのか?綺白」
「こっちから願い下げよ!こんな政務ばかりしている人を、誰が好きになるもんですか!」
怒っていても可愛い綺白。
くすくすと美艶殿下が笑っている。
「そうか、それは残念だな」
「それで。あなたが買ってあげなさいよ?!こんなに優しい人の旦那様に何も言わずに来たのだから、それくらいはしなさい。まったく〜!」
「心配せずとも、そのつもりだよ」
「ならいいけど…」
綺白はしゅんとする。
少し言い過ぎたと、反省しているようだ。
「気にしないで、大丈夫だから」
初めてな気がする。
美艶殿下がここまではっきりと何かを見つめているのは。
「いつまでも、こうしているだけなのですか?」
「どう…?」
「あなたは才能がある方です。絵を描くことは民を癒やしますし、素晴らしいことだと思います。ですがあなたならば、さらにもっと上を!」
「綺白、ありがとう。だけどいいんだよ。私は端でいるくらいが、ちょううどいいんだ。家族を守れるのならそれでいい。ほかのことはうんざりだよ」
「そのために出世しないと?」
「得るものがある方が、ずっといい。それが朝廷で生きていける、唯一の道なのだから」
「そうですか…」
「君には申し訳ないね」
「…」
綺白は黙ったまま、下を向いている。
「わたくしは、殿下がお元気なのでしたらそれでいい」
くすりと美艶殿下が笑う。
「さて順英、どれが欲しい?」
「私、ですか?!」
いきなり話が変わったので、感情が追いつかない。
首ごと動いたので、頭につけている
「ああ、そうだよ。君にはこの桜色の口紅が似合うと思うけど?」
「私、似合いますか?」
「似合うだろう。綺白」
「いかがいたしました?」
「こちらの商品、少し試せないか?」
「お色を少し、唇に当てる程度でしたら試供品をお持ちいたしますわ」
「助かる」
まさか試すなんて思っていなかった。
いつもは適当に試すだけだから、今日もそうだろうと思っていたのだ。
(さすが美艶殿下…!)
美意識の高さに、憧れる。
とか思っていたら、ある簪に目を奪われた。
「美艶殿下。こちらの簪、少し試して見ても…?」
「もちろんだ」
目を奪われた簪は桜色の宝石が垂れ下がり、夜の空と星が合わさっているかのような簪。
星の部分は、ラメのような気がする。
「似合いますか?」
「似合う。これにするか?」
この店は化粧品以外にも、簪や首飾りなどを少しだけ売っている。
それも有名らしく、それ目的で来る客もいるらしい。
「はい!」
「これもだが、この口紅も」
「口紅?そんなにいただけません!これだって、すごく高価なはずです!」
「なに。皇族が
「殿下…!」
綺麗な顔立ちなのに男前すぎだ。
それこそ、いろいろな人にモテている気がしてきた。
「ありがとうございます。今までの褒美として、受け取らせていただきますね?」
褒美として受け取っていいのかどうかわからないが、そう答えるしかない。
美艶殿下からの気持ちをを無下にもできず、こう答えたのだ。
「そう受け取ってもらえると、光栄だよ」
「いいえ、自分はまだ王妃としての役目も果たせていません。私に気を使ってくださって、本当にありがとう存じます」
「義弟の王妃を気遣うことなんて、至極当然のこと。気にするな」
にこりと微笑む。
「私、王妃になれて嬉しいです!だってこんなに優しい人たちばかりで!」
「優しいか?」
「お優しいですよ!だって、こんなにも…!」
素敵な人なのだ。
◆◆◆
(困ったな。順英妃は優しすぎるぞ)
この朝廷で優しさは最大の武器。
「ではまた、何か義弟と進展があれば教えてくれ」
「わかりました。教えれる範囲…ですが」
「構わない。今日李正妃が教えてくれたこと、絵巻にしてもいいか?」
「構いませんよ?それから、私のことは李正妃ではなく順英とお呼びください。心旗様のお
「家族だから?」
「はい。家族にはやはり、名前で呼んでほしいんです」
「わかった。検討する」
「すぐには呼んでくださらないのですね?」
すぐにでも呼びたい。だが、心旗の怒る顔が見えるのだ。
大好きな義弟に恨まれたら、つらい。
「呼んでも…いいのか?」
「呼んでくださいと言っています。いいに決まっているでしょう?」
「わかった…。では、順英」
順英の手を取ってしまった。
白くて、まるで姫のような手。
だけどその手はこの朝廷で生きられるような何かを示す、存在が大きな手。
(この者が、
国を安心して任せられる。
そのためには、どうしたらいいだろうか。
真剣に、考えなければ。
◆◆◆
「殿下、失礼いたします」
最近、順英が気を使わずに寝室に入ってきてくれる。
「どうした?」
そのことが嬉しすぎて、高級な酒を毎日準備してしまう。
(こんなに金を使ってと、怒られるか…?順英は普段酒を飲まない…ので、いや飲んでいたな。だが普段は真面目だからそんなに飲まない…か)
だから気づいていない、そうだ。
そうしてしまおう。
「また酒ですか?
と言いながら、一緒に飲んでくれるのだ。
これだから、毎回準備をしたくなる。
「そうだな。次からは控えよう」
と言いながら、また準備してしまうのが鏡 心旗の悪いクセ。
「殿下。今日はその…ご相談、があって来ました…」
「私に?」
嬉しい。順英が、相談をしてくれる。
そのことが、何よりも。
「はい。よろしいですか?」
「なんでも言ってみろ!」
「ありがとうございます。えっと…私は今、美艶殿下の日常絵巻に協力しておりまして…」
「知っている」
「知っていたんですか?!何も伝えていないのに?!」
「義兄上が自慢してきた…」
「自慢、どんな…自慢です?」
順英が不思議そうに見てくる。
それすらも、可愛い。
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