第4話魔性の女

中島との成就後も止まらなかった月子の同時交際が板を炎上させたが、それは氷山の一角に過ぎなかった。火の手が上がったことで、創作文芸板の最も深い闇に葬られていた、月子を巡るおぞましい「伝説」が、ついに明るみに出始めたのだ。

​古参のワナビ作家たちの間で囁かれていたのは、中島という「孤高の天才」が現れる以前の、月子の姿だった。

​彼女は、人気作家である「日雇い罧原れつだん」ら数名の男たちと、肉体の奔流に身を投じる狂宴を繰り返していた。彼らにとって、文学とは生と死の極限を味わうことであり、月子は、その文学的狂気を満たすための、最も美しく、最も消耗の激しい触媒だった。月子の肉体は、無秩序な多重交接という形で、彼女の才能を証明し、同時に彼女自身の存在証明を担保する場となっていた。

​彼女が意図的に振りまく色香と、その美貌と才能が生み出す人気に満更でもない振る舞いは、常に男たちを挑発した。この破滅的な自己確認の果てに、彼女は幾度となく生命の痕跡を闇に葬る行為を繰り返したという、板の深奥に眠る悍ましい事実までが、公然の秘密として語られ始めた。

​この放蕩の日々は、一人の作家の死によって唐突に終焉を迎える。月子の最も親密なパートナーであった罧原れつだんの突然の死である。死因は不明瞭なまま、乱交という熱病は一時的に鎮静化したが、月子の心に刻まれた破壊衝動は、その後も燻り続けた。

​中島は、そんな月子の過去を知る古参からの忠告を耳にしながらも、彼女への執着を深めていった。彼女の才能と美しさが、どれほど多くの人間の闇を吸い上げてきたかを知ったことで、彼の愛は凡庸な恋心を超え、芸術的な所有欲へと変質した。月子が誰の肉体を経由しようと、彼女の魂と、彼女が紡ぎ出す才能の光は、最終的に自分のものであるという、狂信的な確信に支配されたのだ。

​中島の歪んだ愛は、その天才性を裏返しにしたかのように、最も陰湿な形をとって暴走し始めた。彼は月子の私生活を執拗に詮索し、オフ会での対人関係を監視し、接触する男たちをリアルな場で牽制した。そのストーカー行為は次第にエスカレートし、彼女の自由を奪い、精神を追い詰めた。

​最終的に、中島は愛という名の支配欲を満たすために、月子に対して、ハンドルネームの引退(コテ引退)を強要した。

​「月子」という名の偶像がネット上から抹殺されたとき、創作文芸板は完全に終焉を迎えた。コミュニティの熱狂は冷え切り、作家たちは四散した。中島は文学板の女神を破壊することで、彼女を独占した。

​だが、彼は知らなかった。月子という女は、ネットの光を失っても、過去の闇を切り離すことはない。彼女は今なお、人知れぬ場所で、罧原の残党たちと定期的に密会しているという。中島が殺したのは「ワナビの偶像」に過ぎず、真の「魔性の女」は、彼の支配の鎖を嘲笑うかのように、今も水面下で、生を謳歌し続けているのだ。

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月子 ponzi @ponzi

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