第3話暴走
中島が月子の心を手に入れた。それは、文学板における才能のヒエラルキーが、現実の成就として具現化した瞬間だった。孤高の才能が、誰もが渇望した偶像を抱いたのだ。
ワナビ作家たちの間には、一瞬、深い沈黙が訪れた。嫉妬や羨望は、尊敬という仮面を剥ぎ取られ、底の見えない憎悪と焦燥へと変質していった。だが、彼らが崇拝した女神「月子」は、彼らの期待した「中島のミューズ」という静的な役割に、おとなしく収まる器ではなかった。
「魔性の女」という言葉は、彼女のためにあるかのようだった。
中島という頂点に立つ才能を手に入れながらも、月子の破滅的な渇望は満たされなかった。彼女は、中島の持つ絶対的な光だけでは足りず、周囲の男たちの炎を一つ残らず吸い尽くそうとした。
水面下で、月子は中島との交際を維持しながらも、かつて彼女に熱烈な視線を送っていたポッポ、神田、さらには掲示板の片隅で燻っていた無名の作家たちとも、次々と肉体的な関係を同時進行させていったのだ。それは、自らの存在証明を他者の愛によって確認する、制御不能な「暴走」だった。
この危険な秘密は、親密なオフ会の場で、酔った誰かの口から一気に漏れ出した。情報は瞬く間に創作文芸板全体へと拡散し、コミュニティは一斉に炎上した。
才能と美貌を崇拝していたはずの聖域は、一転して愛憎の泥沼と化した。「月子は中島の才能に飽きたのか」「これは彼女の創作活動の一環だ」と擁護する文学的な解釈と、「彼女はただのコミュニティクラッシャーだ」「文芸板は終わった」と叫ぶ罵倒が激しく衝突した。板は完全に分裂し、論争の泥はリアルな交流の場にまで飛び火した。
かつては共に文学を志した仲間たちは、月子という名の毒によって、不可逆的な亀裂と裏切りの渦に飲み込まれていく。月子の暴走はネットでもリアルでも止まらなかった。彼女の行動は、すべてのワナビ作家たちの人生と、彼らが信仰した「文学」そのものを巻き込み、破滅的な渦となっていくのだった。
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