第八話


 教室に戻り、最後のホームルームが終了すると。

 少しはしんみりした感じが、なくもないものの。


 まだ来月に『謝恩会』があるからなのか。

「はい! 黒板アートとチーズっ!」

 教室は意外と、写真撮影のほうで盛り上がっている。



「ねぇ美也みや! これ見てよ!」

 いや、それれだけではなくて。


「この写真の前にね、『前髪だけは……』とかモジモジしだしてね!」

 わたしの周りで、盛り上がっているのは……。

「めちゃくちゃかわいかったの!」

 『月子つきこのこと』、だったりもする。


「お、俺も。もらえないか?」

「男子はダメだって、そうしないと化けて出てくるらしいよ」

「そうそう、三藤さん本気で怒るとすっごい怖いから」


 ご、ごめんね〜月子。

 卒業式の日の、卒業生のクラスなのに。

 話題の中心がなぜか、あなたになってしまったみたい。



「ねぇ美也。三藤みふじさんっていったい……どんな子なの?」

「えっ?」

「そうそう、今度もっと聞かせてね!」

「う、うん……」

「いい美也、絶対だよ!」


 ま、まぁ……機会があったら、だけれど。

 月子についてのネタはたくさんあるので、いくらでも話すことはある。

 でも話し出したらわたし……もうとまらないかもしれないよ?


 ただね、実は。

 あの子については。

 たったひとことでも、表現できてしまうんだ。



 わたしにとって、三藤月子はね。



 ……わたしの、ライバル。



 それ以外の、何者でもないんだよ!






「……ごめん! 遅くなった」

 美也がやや息を切らせながら、玄関ホールにやってきて。


「お世話に、なりました」

 そういってわたしと夫が、玄関を出たところで校舎に一礼すると。

「お母さん?」

 美也は少しだけ、不思議そうな顔をする。



「あなたはまだくるのでしょうけれど、わたしたちは最後でしょ?」

「ああ……本当だね!」

 屈託なく笑うその顔は、なにかの『区切り』とは無縁の感じで。


「うわっ、大勢いるね!」

 そのはずんだ声はすでに。

 校門へと続く並木道に広がる、在校生たちも加わった人波に向かっている。



「いい学校を、卒業できたな」

「うん!」

 夫に、満面の笑みでそう答えると。

 続いて娘は、若干照れ臭さそうに。


「……ま、まぁ。明日からもまだ……お世話になるけどね」

 そういって、落ち着きなく周囲に目を配っている。


「確か……『謝恩会幹事』でしたっけ?」

「違います! 『放送部員』です!」

 実際のところは、どちらも同じようなものらしいけれど。

「放送部員だから、幹事なの!」

 どうやら本人なりに、こだわりがあるようだ。


 ……まさか美也に、そんなに『夢中』になれるものができるなんて。



「引越し準備とかは、きちんとしなさいよ」

「はーい」

 あぁ、その気のない返事は。

 いまは『探し物』に……夢中なのよね?


 ……頼まれたのだから、しかたがない。


 そもそも話しかけたのは……わたしからですし。



「あのね、美也……」

「なぁに、お母さん?」

海原うなはらすばる君はね。この時間は保護者会のみなさんと、急な会議だそうですよ」

「えっ、お母さん! どうして知ってるの?」


「……先ほど、お会いしましたから」

「な、なんで!」

 なんともまぁ。

 そこまで……必死になるなんて。


「とにかく。見送りできず申しわけございませんと、平謝りでしたよ」

「もう! どうしてそうなるかな〜」


 せっかくの卒業式なのに!

 それはひどいっ!

 絶対『明日』会ったら、文句をいう!



 なんというか、母親ですから。

 ひとりでむくれている美也を。

 なだめる役目はしますけれどね……。


 それにしても、海原君。

 これは……『貸し』にしても、いいのかしら?





 あれは……卒業生保護者会が、半分を過ぎた頃だろうか。


 卒業にあたっての事務的な話しや。

 後援会の紹介や書類の提出などが、ひと段落して。


「例年ですと、生徒を教室で待たせている時間でして……」

「今年はその時間を『送る会』と称して、卒業生たちには楽しんでもらっています」

 抜群のコンビの、鶴岡つるおか理事長と寺上てらうえ校長が。

 ステージ上で、そんな話しをしていると。


「……なんじゃ、その髪型は?」

「まったく……あと、どうしたのそのブレザー?」

 舞台袖に向かって、思わずふたりが声をかけだした。



 ……ぐしゃぐしゃの髪のまま、『その彼』はあらわれた。



「す、すみません。先輩たちにもみくちゃにされているうちに……」

 とても美しい所作の女生徒から、マイクを受け取ると。

「気づいたら……こうなっていました」

 そういいながら彼が、ステージへとやってくる。


「遅れないようにだけは、がんばりました」

 そういいながら、自己紹介する彼。

 在校生なのに、制服のボタンを『すべて』奪われるこの彼が。



 ……美也の『想いびと』なのは、すぐにわかった。



 保護者会代表の、美也と同じクラスの女の子の母親が。

「……従来は、保護者会の主催でしたが」

 急遽全面的に『生徒会』のみなさんにお願いしたのだと補足すると。


「ほ、本日ご卒業された。先輩のみなさまのためにも……」

 その彼は精一杯『謝恩会』の準備をすると、あいさつする。



「ところで、あちらの会場はどうなっておる?」

「予定終了時刻まで……二十三分四十秒くらいですね」

「いや、そんな細かい時間の話しじゃなくての……」

 理事長と、そんな会話を繰り広げているこの高校一年生は。


「海原君。盛り上がるようすをね、スクリーンに投影してもらえるかしら?」

「技術的には可能なのですが……ただ……」

 ともすると、頼りなさそうに見えるのかもしれないが。



「あの……大変、申しわけありません」

 実は、意外な強さも。

 きちんと持ち合わせているようで。


「保護者の目を気にせず。卒業生が在校生たちと騒げる最後の機会ですので……」

 守るべきなにかのために。 

「中継するのは……どうかご容赦ください」

 誠実であろうとする。

 実際は、そんな生徒だった。



 ……美也、なかなかいいセンスしてるじゃないの。



「まぁ……しかたがないわね」

「あ、でもそのかわりにですね!」


 待ち時間が出るかと思って、『念のため』用意しておいたと。

「先輩たちの三年間どころか、ごく最近の姿だけですけれど」

 そういって、彼は。


 ステージからどこかに指示を出すと、大きなスクリーンに。

 わたしたちが普段見ることのなかった、子供たちの日常風景を。

 美しい映像として……まとめてくれていた。





 ちょうど総会の終了時刻に合わせて、映像が終わったものの。

 わたしたち保護者は。

 すぐには……立ち上がれなかった。



 娘が、『丘の上』で過ごしたこれまでの三年間で。

 あの子はあるときから……『いまが一番楽しい』と話すようになった。

 もちろんその『いま』とは。

 美也の言葉を、借りるとすれば。



 ……『放送部員』に、なってからのことだ。



「ねぇ、海原君?」

「はい」

「この映像、いつから用意していたの?」

 寺上校長の質問に、彼は。


「先輩たちが卒業されると。僕たちが自覚したとき、ですかね?」

 そう答えたあとで。


「一応、放送部員ですので」

 ステージの脇と、上のほうに視線を送ると。

「たまには『らしい』ことをしようと思いました」



 ……少しホッとしたような顔で、付け加えていた。





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2025年12月9日 15:00

恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない つくばね なごり @t-nagori

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