第六話


「……なんだか、いつか見た光景よね」

 三藤みふじ先輩の、感想のとおりだ。


「えっと、わたしってまだ書記だっけ?」

 玲香れいかちゃんがそういいながら、着席する。



 社会科教室の黒板を背に、一列目に僕たち三人。 

 後列に波野なみの先輩と高嶺たかねと……あと。


「ちょっと、千雪ちゆきもこっち!」

「ええっ、由衣ゆい? わたしも?」

 いや、だって市野いちのさん……もう『放送部員』だよね?



「わたし新入りだし、一年生だよ?」

「それなら僕なんて、一学期で部長と委員長だったけど……」

海原うなはらくんも千雪も、いいから座ってもらえるかしら」

 三藤先輩がチラリと僕を見て。

 市野さんも観念したように、高嶺の隣に着席する。


 ちなみに、広い教室の一番うしろでは。

「会場にですか? もちろんいましたよ!」

 そんな程度のアリバイのために。

 藤峰ふじみね先生と高尾たかお先生が、すみっこのほうに座りながら。

 のんびりとオレンジデニッシュを仲良くつまんでいる。



 現在集まっているのは、『第一回 三年生を送る会 実行委員会』で。

 メンバーとしては、従来なら新年度から始まるはずの『部長会』の面々。

 要するに各部活の部長以下、三役たちが集合をかけられた。


 ほぼ開始の時刻になって。

「いやぁ海原、ご苦労だなぁ」

「海原君、なかなか壮観ですなぁ」

 生徒指導部長と副部長が入室すると。


「ひとことあいさつをさせてくれ」

 そう僕に聞いてくる。


 ……先生たち昨日は、司会進行もやるっていってなかったっけ?



 事前の打ち合わせと違わないかと。

 遠くに座る、僕たちの顧問と副顧問を見たものの。


「思いっきり目をそらしているわよ」

 三藤先輩のその声が、なんとなく……この先の展開を予見している。



「みなさん、急な集まりなのにありがとう」

 指導部長がそういって、一礼すると。

「今年は教師側から、放送部に仕切りを全権移譲しました。ではあとはよろしく」

 副部長が続いて一気に話してから、僕を見る。


 えっ……それだけですか?



「……と、いうことだ」

「では、頼みましたよ……」

 ふと気づけば、先生たちは。

 椅子に座ってさえ……いないじゃないか。



「逃げられたわね……」

 三藤先輩が、そういうと。

「海原くん、あとはまかせたわよ」

 容赦無く僕の手元の、マイクのスイッチを入れると。

 自分のそれを、きっちりオフにしてしまう。


「割とお約束の展開だよね」

「えっ?」

「じゃ、昴君。スライドはじめるね」


 玲香ちゃんは、淡々としたようすで。

「ほら、早くはじめよう?」

 僕に説明しろと催促する。



 そのあと、ある程度免疫のできてきた僕としては。

 割と無難に、説明を進められている気がしていたものの。

「ざっとまぁ、こんな感じになりそうです」

 概略を話し終え、一度意見や質問を求めてみたところ。


「なぁ海原。部長会は来年度からだよな?」

「本当はそうなんですけれど……」

「文化祭と体育祭実行委員会もあるんだよね?」

「例年ですとそうなんですけれど。それだけじゃなくてこの先は……」

 僕が学校からの提案としては来年度に計画中だという。

 いくつか追加された、予定行事名を順に挙げていると。


「ウソだろ……」

「部長の仕事か、それ……」

 なんだか一気に。

 みんなの空気が引き気味になっていく。




「生徒会がないんだから、しかたないでしょ?」

 あれ、その声は……春香はるか先輩?

「実は、女子バレーの副部長になっちゃった〜」

 そ、そうなんだ。おめでとうございます。

 先輩の苦笑いが。

 なんだか一気に懐かしく思えてきたところで、今度は。


「放送部だって『まだ』ひとつの部活なのに。仕切ってくれてるだけ感謝しなよ」

 おぉ、栗木くりき若葉わかば女子バレー部長が。

 なんだかいいことを、いってくれている。



「でも、企画から全部だと。結構大変だよなぁ〜」

 野球部さんの意見に、うなずくもの多数。

「目先のことで悪いけど。正直、卒業式の演奏練習できついんだよな」

 吹奏楽部部長も。まさしく本音ですよね、それ。


 ただ、実のところ。

 バレー部のサポート以外、ここまでは。

 ある意味三藤先輩と玲香ちゃんの読みどおりで。

 だから僕は、部長会のメンバーに。


「あの……各部活個々の事情もあるでしょうけれど……」

 ここが肝だと、力を入れて。

「卒業する先輩たちのために、役割を分担したらお願いできますか?」

 そうみんなに、問いかける。



「事前準備と、前日準備と、当日担当をわけて……」

 最近クールな玲香ちゃんが。

「あと、ステージ企画などの参加の取りまとめや折衝はこちらが責任を持ちます」

 スライドを出して、追加で説明してくれる。


「まぁ……はじめてのことなので。とりあえず全体は僕たちで取り組みますので」

「わかった海原君! 女子バレーは前日からは全力でサポートする!」

「力仕事なら、その前からでも柔道部が手伝うぞ」

「文芸コンクールの締切間近なので……当日、ちょっとだけでいいですか……」


 よかった……これで目処はつきそうだ。

 三藤先輩と目が合って。

 ここは短めに切りあげようと思った、そのとき。


「頼むぞ、『会長』!」

 誰かが。

「海原、頼んだぞ!」

「い、いや……取りまとめるだけなので……」


「な、ならさ! 『委員長』でいいかな。海原君?」

 立ち上がった春香先輩が、よくとおる声をあげると。

「よし! 決まり!」

 いっぱい拍手が起こったので。


 ……僕はつい、頭を下げてしまった。 






 ……『また』海原くんが、祭りあげられてしまった。


 確かに時間的な制約もあるので、『送る会』に関しては。

 これが現状ベストな選択肢ではあるだろう。

 ただ、わたしは。

 なにか女子バレー部のあのふたりに。


 ……ともいえぬ『違和感』を感じていた。



 会がお開きとなり、続々と参加者たちが立ち上がる。

陽子ようこ、ちょっといいかしら?」

月子つきこ、どうしたの?」


 わたしは彼女を捕まえると、周囲から聞かれないように。

「あなたなにか……『よからぬこと』を考えていない?」

 少し離れたところで、問いかける。


 陽子は、わたしの質問には直接答えず。

「わたしなりに頑張ってる。それは信じて」

 短く早口で答えると。

「いまはいかないと」

 そういって女子運動部の幹部たちの輪の中に、戻っていった。



「ねぇ……月子?」

「玲香、どう思う?」


 ……またなにかが起こるね。


 玲香はそう答えてから、わたしに。

「ところで副委員長、やらないの?」

 少しだけ、挑戦的なニュアンスを含んだ声で聞いてくる。


「玲香、やりたいの?」

「月子がやらないのかと、先に聞いたのはわたし」

 

 ……ただ玲香は。わたしよりずっと……『大人』だった。



「月子、よろしくね」

 玲香は、小さくそういうと。

 帰りかけていた参加者に向かって大きな声で。

「今回も、副委員長は三藤月子が受託しました!」

 勝手に、そう宣言してしまう。


「お約束だね!」

「よろしく、三藤さん!」

 玲香は、そんな声を満足げに聞いたあと。



「……昴君を、悲しませないで」

 わたしにボソリと告げてから。



 放送室にひとり、先に戻っていった。





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