第五話


海原うなはらすばる君……しばらく黙っていてもらえる?」


 驚いた顔の彼に向かって、わたしは一気に。


「大好き。本当に大好きです!」

 まず一番伝えたいことを、最初に叫ぶ。



 彼の口が動きかけたとか、そんな情報は知りたくない。

 ただ、自分のこの気持ちを伝えて。

 それで前に……進むんだ。



「海原君に、お願いがあります」


 わたしは彼の正面に立つと。

 グッと顔をあげて、それからジッとその目を見て。



「何度でもいいます。大好きです。だから……」

 もう一歩、踏み込んで。


「合格するから、デートして!」


 彼に向かって。

「お願い! 合格したら、デートして!」

 そうやって……思いきって願いを伝えた。

 ちゃんと、ちゃんと伝えた。


 なのに……海原君は。





 ……なにも返事を、してくれなかった。




「ちょっと! どういうこと!」

 こんな『沈黙』は……さすがに『予想外』だ。

 たとえ受け入れてくれなかったとしても、いくらなんでもこの状況で。


 ……『無言』なのは、ありえない。




「ここは嘘でも、はいでしょ! 受験生応援してよ!」

「えっ……」

「ここで、断るなんて。わたしメンタル崩壊するよ!」

「ええっ……」

「ねぇ、そしたら責任取れるの!」

「だ、だって……」




 あ、ああぁああぁ……。

 都木とき美也みや……一生の不覚、です……。

 ご、ごめんね海原君……。




「『黙ってて』って、『わたしが』確かにいいました……」


 でも、でもっ!


「そこは臨機応変っていうか。空気読んでよ!」

「え、ええっ……?」


 あぁ、ダメだ……。

 わたし、なにいってるんだろう?

 そんな『空気の読める』海原昴なんて。




 ……この世にいるわけないんだった。




 わたしは、恥ずかしさのあまり。

 思わず頭を抱えて座り込んでしまう。


「あ、あの……」

「なに? わたしいま、大混乱中だよ?」

「……し、知っています」

「自爆して、メンタル崩壊中だよ。シリーズ史上最悪の精神状態だよ!」

「ええ……なので……」


 そうしたら海原君が……なんと。

 わたしの頭をやさしく『ポンポン』としてくれて。


「ウソーーーーーーーーーーっ!」

 驚きすぎたわたしは、思わず。

「ウヲッ!」

 思いっきり両手の爪を立てて。

 彼の手のひらに、突き刺してしまった……。




「だ、大丈夫? 出血とかしてない?」

「ほ、保健室で。いますぐ消毒したほうが、いいですか?」

「一応わたし、野生動物とかじゃないので……そこまでしないでもらえる?」

「ま、まぁ……って、えっ? 先輩?」

「どうしたの? ……って、ええっ!」


 そうやって、いまさらながら。

 わたしの頭の上で重なっていた『まま』の、お互いの手と手に気がついて。



 ふたりが、慌てて離したのか。

 それともつい、握ってしまったのかは。


 ……まだわたしの心の中に、留めておこう。



 ただひとつ、いえることは。

 彼の手のひらはこの冬で一番。

 いや、いままで知っている中でも一番。



 ……どんな防寒グッズよりも、あたたかかった。





 時間どおりに、並木道にいくと。

 みんなが勢揃いして、大きく手を振ってくれていて。

 同じバスを目指して歩いていた同級生たちは。

 驚いた顔をしながら、そのようすをうかがっている。


 ま、まぁ驚くよね。

 あと騒がしくて、ごめんなさい……。


 でも、あれがね。

 あの子たちと、先生たちが。



 ……わたしの高校生活の……『宝物』なんだ。



「どうする? 胴上げでも・す・る?」

「するわけないでしょ。ここで怪我でもさせたら、どうするのよ……」

「持ち物リストとか、作って渡したらよかったかな」

「それより、やっぱり抱きついたほうがよくないですか?」

「ねぇそれだと、いつもと変わらないよ……」

「じゃぁ美也に、せっかくだからもっとパンあげよっか?」

「いいけど。ちゃんと当日まで、日持ちするかな?」


 みんなが、わたしの周りを取り囲んで。

 色々いってくれるのはうれしいけれど。

 ほとんど勝手なことばかりいっているだけだし。

 おまけに……ちょっとうるさいよね……。



 それからロータリーに、バスが到着すると。

「アンタ、なにもいってないじゃん!」

 由衣ゆいがいまさら気がついて。

「バカなの? なんかいいなよ!」

 海原君に向かって叫んでいる。


「なんだか……恥ずかしい思いをさせて、すみません……」

 近づいてきてくれた海原君は、少し困ったような顔でそういうと。

 今度は急に、真面目な顔に変わってから。

 右手をまっすぐ差し出して……それから。



『またあとで』と。



 ……やや遠慮がちに、いってくれた。




「うん! ありがとう!」

 海原君と握手できるのが、うれしくて。

 笑顔で、わたしがその手を握りしめていると。


「なんだ海原! 合格祈願の握手してくれるのか?」

「えっ?」

「おぉっ! ゴッド・ハンドなのかお前?」

「ウソっ! ちょっと握手してよ!」


 ……周りの三年生たちが、どんどん集まってきた。




 みんなが終わるのを待ってから。

 一番最後にバスに乗り込もうとしたわたしは。

「海原君、もう一回お願い!」

 そういって、彼と握手する。


 爪痕がわからなくなるくらい赤くなった、海原君の右手には同情したけれど。

 でもそれ以上に楽しくて、うれしくて。



 ……もっともっと、海原君を好きになれる気がした。




 バスに乗ると、すでに乗車していた同級生たちが一斉にわたしを見る。


「なんか、ありがとな!」

「俺たちみんなで、合格しようぜ!」


 バスの外では、わたしの自慢の仲間たちが。

 バスの中のみんなに手を振っていて。

 もちろんわたしたちも、大きく手を振り返して学校をあとにした。



 駅に着いて、電車に乗って。

 右手のぬくもりが、ようやく収まりかけた頃。

 わたしはようやく。

 カバンがやけにふくらんでいることに気がついた。


「……なんでだろう?」

 気になって開けてみたカバンの中には。

 例の『あの神社』の大量のお守りと。

 書き込みがものすごい量の寄せ書き。

 加えて、いままでにみんなで撮った写真などが。

 わたしのカバンの中から、どんどんあふれ出てきて。


 そして最後に、カバンの『底』からは……。


「まだこれ……食べられるの?」

 気の毒なくらい、ぺしゃんこになったミニクロワッサンが。



 ……『放送部員』と同じ数だけ、あらわれた。





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